仕方なしに
回る、廻る、周る、囘、廽、マワル。
踊り狂う、光の剣。
光の精霊ホーリィの力で具現化した光の剣は、次々に強靭な鱗を持つはずの蛇の魔族の鱗を切り裂いた。
一端の剣士が振るえばそれは伝説の剣に並ぶ脅威となるはずだ。
だが、このパーティに剣士はいない。
カナメは剣を振るえない。
それならば。
腕力も、膂力も。
見切りも、心眼も、必要ない。
振り回せばいいのだ。
体力も必要ない。
技術だって必要ない。
奇をてらう剣筋も、それを補う腕力も、膨大な魔力で。
――数多の剣で。
――数多の剣筋で。
数を増やして、ただ。振り回せばいいだけの話。
剣、剣、剣。
降る雨を全て躱せる者がいるだろうか。
”光の剣の探求譚”と名付けた技は、圧倒的火力を以て標的を切り裂いていく。
大仰な台詞を吐いていた蛇女も、今では手で顔と頭を覆ってしまう。自慢の武器だったであろう長い蛇の下半身は、的を狙いやすくするだけ。
これで打ち倒せれば僥倖。
ほとんど意識を手放す寸前だったカナメには、もう一仕事残っていた。
ドワーフ達への、”合図”。
「……て。………撃てぇえええええええ!」
なんの才能も持っていなかったはずの、か弱き転生者の号令で銃弾の雨を降らせるドワーフ族。
ふっと意識を手放したカナメと同時に、膝をつく魔術師。
二丁の銃と、冷却時間とうまく付き合いながら銃撃に参加する砂漠の生まれの少年。
一斉掃射が止んで砂煙が立ち消えれば、そこは不気味な色の液体と、岩肌が見えるだけ。
銃を構えたドワーフ達が町の安寧と、同胞の勝利を予感して色めきだつものの、魔族テュフォンネルの姿はそこにはなかった。
魔族はその姿を美しい姿――ただし、血まみれの、傷だらけ――に戻して、ひっそりと暗がりの洞窟を進み、魔族の拠点へと帰還しようとしていた。
「おのれ、虫けら共ッ! その内臓を家族に食わせてやる! 子の臓物を喰らう母の姿を、その父に見せつけてやる! 泣かせてやる! 頭を狂わせてやる! これが因果だと言うのか! このッ、テュフォンネル・ァウデ・ゴラムが……敗走など!」
「――ソウデス」
どのくらいの時間そこで待機していたのか。左の腕を右の腕に添えて、これから来る”その時”まで待機していた者。
「――神は、下等な人間の肩を持つと言うのか……?」
「…… 露炉路ロ炉路ロケット、パンツ」
少しだけ挙動の不安定な機械人形が放った右の剛腕は魔族の腹に、とどめの大穴を穿った。
【賢者の石】の欠片を喰って大技を放ったカルブも、ついには燃料が無くなり、倒れてしまう。
それに、肩車という形で跨っていたドワーフの少女は地面に落ちながらも、その幼さ故に事の顛末などは予測できない。
しかし、螻蛄はもう来ない。
この町が、ドワーフという種族が、町の入り口付近に倒れている勇者と魔術師。銃をもたらした少年によって救われた、という記憶だけが幼心に鮮明に残る。
勝鬨を上げるドワーフ達。
抱き合って喜ぶドワーフ、意識を手放した勇者、慈しむように額を撫でる魔術師、慌てて勇者の元へ駆け寄る少年。
カチャカチャと右腕を拾いに走るものの、途中で稼働を停止する初めての『ともだち』。
まだ文字を学習していない少女には読めない、『たからもの』に刻まれた”エトナ”の文字。
少しだけ。
ぼんやりと思い出す。
誰かが、今より小さなエトナに向けてかけた言葉。
「こいつが、エトナとこの町をずうっと守ってくれるってぇもんだ」
温かいゴツゴツの腕と、ひんやりとした金属の感触。
――やがて、ドワーフの一族で歴代初めての女性族長となるエトナの初めての冒険譚は、”勇者カナメの冒険譚”とともに、その里で長く語り継がれることになる。
***
真っ白な、空間。
異世界転生はここから始まって時折、何かの拍子で招かれる。
招待主はもちろん、女神感のある例の精霊王だ。
「やぁやぁ、ナルシマ カナメ君」
「あぁ、お前か」
「ちょっと、お前呼ばわりはやめなさいよ! 誰のおかげで今回の魔族戦、切り抜けられたと思ってるのよ!」
激戦と痛みを思い返す。
「僕たちは、生きて――勝てたのか……? だとしたらユーミ、ラスター、カルブ、おっちゃん達、町の人、……ホーリィ」
「ね! そうでしょう! その光の精霊ちゃんを統べる者っ! それが誰か言ってごらんなさい」
「あぁ、お前か」
「キーッ! 精霊王様とお呼びっ! 前回は大好き、なんて叫んでたくせに」
『偉大なる精霊王よ、お戯れはおやめください』
おや、と思うと今回は光の精霊ホーリィを同伴しての来訪のようだった。
「やぁ、ホーリィ。ありがとう、助かったよ!」
素直に礼を言う。小さな精霊は少しだけ恥ずかしそうに「いえ」とだけ答えた。
「ちょっとちょっと、私の扱いと違いすぎるじゃない!」
「お前の失敗転生のせいで僕は何回死にかけたと思ってるんだよ! 荒野に裸で飛び出したんだぞ! 聖女様がいなかったらそこで”詰み”だろうが!」
「あ、あー! 過去の事をいつまでも引きずるなんて! それにもともと一度は死んでるんじゃないの。ダッサいわね!」
「ダサいだぁ!? こんのー!」
『まぁまぁまぁまぁ、落ち着いてください、主よ! それに精霊王様!』
むきになってウィシュナにとびかかろうとするカナメと、それにカウンターのパンチを合わせようとするその精霊王。
間に割って仲裁に入るのは小さな光の精霊だった。
『お許しください、主よ。偉大なる精霊王は、理由あって、こうなのです』
「ぁん? 理由?」
『精霊王様も是非、拝聴いただければと……』
「いいわよ、時間はあるしね。言っとくけど、ナルシマ カナメ君? 君の意識はこっちに持ってきたけど。目覚めたら怪我の痛みで頭がおかしくなっちゃうと思って、こうして呼び込んであげてるんだからね!?」
どうやら、ウィシュナなりに考えて、カナメの意識を体から切り離してくれていたらしい。
『まず、――主よ、名を与えてくださって有難うございました。事象に過ぎなかった私は、名を持った事で個として、この世界とはっきり相互干渉することができるようになった、と考えられます』
「その”精霊王の加護”によってね! ありがたく思いなさいっ」
『……偉大なる精霊王よ、少しの間、黙って静かに聞いといてください』
「…………」
偉大なる精霊の王は、ホーリィの威圧に屈して身を小さくする。
『そして、本題です。この精霊王は本来の力の一割も満たないほど、力がありません』
「「そうなの?」」
本人さえもが自らの眷属に間抜けな声を掛ける。
『……日に日に荒廃していく世界を治めようとしたのは精霊王でした。しかし、ジェニー・ハニヴァー然り、各地で起こる異常な現象。それらを鎮めるたびに力を失っていきました』
「確か、聖女様でも打ち倒せなくて、精霊王が水の精霊君をその地に残して封印したと言っていたな?」
『その通りです、主よ。精霊王は自身が力を使ってしまうとその強すぎる力によって世界に異常を起こしてしまうため、力の断片を用いて何とか世界を鎮めてきました』
「お前、役に立ったんだな」
「ちょっと! 随分喧嘩腰じゃないっ。この精霊王パワーを使ってぎゃふんと言わせてやるわ!」
『もう少しで終わりますので、黙れませんか? お二方』
「「はい」」
『……ゴホン。本物の精霊王は、火の精霊を切り離したことで”信仰の力”を失い、風の精霊を切り離したことで”移動する力”を失いました』
ホーリィの話は、昔話をするように、淡々と進む。
『地の精霊を以て治めた際に”存在する力”が格段に弱まり、水の精霊で人々を救った際には、”慈しみ”を。暗闇の精霊を解き放った際に”魔力”の大半を捨て去り。そして、光の精霊である私を切り離した折、”知性”のほとんどを失いました』
「もしかして、精霊君達を開放していけば本物の精霊王並みの力が僕にも使えるのか?」
『わかりません……その証拠に光の精霊たる私を開放した主は、そこまで知性的ではありませんから……』
(くっ、突然ディスられたぞ!)
「ねぇ! 本物本物って、私が偽物みたいに言わないでくれる!?」
仮にも王たるものの言葉を無視して、光の精霊は話を続ける。
『ですが、主の戦力向上にはなりましょう。私も断片的な事象しか記憶にないのです。すべての精霊を集めてその力を復元できれば、この世界の謎も紐解けるのかもしれません』
「そういえは、ホーリィが目覚めたのは光の魔術によって、だったな」
『ええ、そうです。しかし、各々の精霊をどうやって見つけ、力を開放するのかまでは私には……』
「結局、世界を救うには旅をして回るしかないのか」
『どうやら、そのようです』
「なぁ、ウィシュナ――」
「――ああっ、集中して話を聞いていたから、もう精霊王パワーが切れるわ! ナルシマ カナメ君、現実に引き戻されるわよ! このまま体に戻ったら痛みで頭がおかしくなっちゃうかもしれないッ――あまりにも危険よ!」
この野郎、と思ったが考え直した。この精霊王は世界を救うために、信仰されなくなり、この白い世界から動けず、存在感が薄くなり、優しさや魔力も大してなくなり、馬鹿になったのだ。
人々のため、”こう”なったのだ。
同情の目でウィシュナを見ながら、ゆっくりと、暗転していく。
「ちょっと! その目は何!? どういう感情なの!」
喚く精霊王と薄れゆく意識の中で、ホーリィの声が聞こえた。
『主よ、あなたが世界を救おうというのは、”本当に仕方なしに”なのですか』
「……ホーリィ、僕は何となく、この世界が好きになって来たんだよ」
本音を言えば。
カナメは少しずつ、人や町や、この世界が。悪くないと、救いたいと思い始めていた。
そうして、約束された”痛み”の待つ、現実へと戻っていく。




