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勝てるから

 グウェーブが町の入り口で、大きな声を上げる。


「魔族が来るぞっ、逃げるか、隠れろっ!」


 初めは半信半疑だった町のドワーフ達も、直後になって洞窟の暗がりからのっそりと蛇女が姿を現せば、すぐに冷静さを失っていった。


「魔族だぁっ」「逃げろ!」「子供たちを守れ」


 皆が逃げ惑い町は混沌に包まれる。

 結局は砂漠の町と同じように、人々に恐怖を感じさせないまま救うことは叶わなかった。


 その魔族、テュフォンネル・ァウデ・ゴラムは青い顔をしてカナメ達へと視線を向ける。

 瞳は赤に染まり。先の金属弾のダメージが効いているのだろうか、と考えることも不可能ではないが。


 そうは見えない。


 なぜなら、上半分とはいえ先ほどまで端正な人の容姿をしていた魔族は筋肉をみるみる隆起させ、下半身の蛇は鱗が痛々しく、鋭く。

 綺麗な金色の髪は数百匹ほどの蛇に、変貌した。


 そしてその表情は醜悪。ゴブリンキングなどとは比べ物にならないほどの、狂気に染まっていた。

 牙が伸び、目はなんの慈悲も感じさせず。肌は青白く。

 おまけに人の容姿をわずかに感じさせた上半身でさえもがもう一対、にょきりと伸びた腕によって、この世のものではない悍ましさを周知させる。


 それでいて、発せられるその声は銀鈴のか細いまま。


「虫けら共よ。死にたいな? 生きたくないのだろう。神なる者は無慈悲だな、かように惨めな生命など、初めから持たぬ方が――」


 彼女から発せられる殺気は、それだけで町のドワーフの何人かを失神させた。


「カ、カナメさん、勝てそうですか……」


「ラスター。馬鹿言え」



「――幸福だったろう?」



「勝てそうになくたって、勝つしかないんだよッ!」


 カナメとラスターは左右に飛び上がって、尻尾の一撃をすんでのところで躱す。

 中央にいたユーミだけが攻撃を見切って、その腕力で以って杖の一撃をお見舞いしたが。


「ほう、小娘。妾に触れるとは。――ヒヒッ! 罪業である」


 無傷。


 洞穴の奥でラスターとカナメを尻尾の一撃に吹き飛ばされたのが、堪えたのだろう。或いは、その鍛えなおされた鋼鉄の杖が手に馴染んだのか。


 叩いていなし、飛び上がって躱しはするもののその全ての一撃が、まともに喰らえばただでは済まないと思われた。


「ユーミ! スクロールは使えそうか!?」


「だめっ、躱すだけで精いっぱいだよ!」


 尻尾での直接攻撃以外にも岩を弾き飛ばしたり、建造物を弾き飛ばしたりと様々に攻撃を仕掛けてくる。


「これならどうです!」


 ラスターが自慢の武器を構え発射するも、ユーミに夢中になっていたテュフォンネルは、肩口に迫る金属の銃弾を見るや咄嗟に弾道を読んで躱す。


(銃まで躱すなんて、ありかよっ! だけど、……嫌がった!)


 効かないなら、避けない。

 今の化け物に変化する前に喰らわせた金属弾は、しっかりと魔族の脳裏にも焼き付いたという事。

 銃なら効く。だが当てられない。


 ――充分に引きつけて、一斉掃射できれば。


「ホーリィ! 聞こえるか?」


『ええ、主よ』


「銃を持ったドワーフ連中に伝えて回ってくれないか? 何とか魔族を引きつけるから、合図をしたら一斉に銃撃だ。それまで物陰に隠れとけって」


『心得ました!』


「それとカルブに……」


『ええ、承知しました』


「悲願を邪魔する虫共め、何をこそこそと――虫唾が走るというもの」


 しかし魔族は、目ざとく何かを企むカナメに目を付け、まさに瞬足。攻撃を仕掛ける。


「カナメっ、危ない!」


 ユーミの声も虚しく、飛び退いたカナメはしかし、鋭く尖った鱗が掠めて足を切り裂かれ、流血する脚を見てさらに血の気が引く。視覚情報の後追いで尋常ではない痛みが襲い掛かった。


(畜生! 痛ぇえええッ)


『主よっ!』


「いいから、行け! ラスターにも伝えてくれよ!?」


『すぐに戻ります!』


 パタパタと翅を動かして淡く光を放ちながら、光の精霊ホーリィが飛んで行く。


「いい加減、死ぬがいい――神にでも祈ってのう」


「……そいつがいねえから、こっちは大変なんだっつうんだよ!」


 正に虫でも叩き潰すかのように振り下ろされる蛇の尻尾。

 だが、いつもどおり少女が助けてくれる。


「カナメッ、足が!」


「助かったよユーミ。大丈夫だ、まだつながってるし指の感覚もある。……一応ね」


 カナメをお姫様抱っこしながら、縦横無尽に叩きつけられる蛇の尻尾をその瞬発力で躱し続けるユーミ。


 一発、二発……三発。――四発。


 まだこの姿は腹が出ていないとはいえ、男一人を抱えながら猛攻を躱すユーミは明らかに疲労が積み重なっていく。

 時折、移動をしながら銃で援護するラスターも汗でびっしょりと濡れている。上半身に来る銃撃は避け、蛇の体への銃弾は尻尾で打ち払っていた。


 血を流しすぎたためか、カナメはだんだんと視界がぼんやりと。

 ユーミの汗が、カナメの頬にかかる。


「ごめんな、ユーミ。僕が走れれば、ユーミがこんなに汗をかかなくていいのにな……」


「カナメ! 大丈夫だよ。勝てる、勝てるから!」


 少しだけ涙を流しながら、口元は笑みを作りカナメの顔を覗き込む少女。

 言いながら、息を弾ませながら、魔族の攻撃を躱し続ける。


「なぁ、ユーミ。勝ちてえな……つよく、なりたいな、――僕も」


 いつだかユーミが言った一言だ。


”つよく、なりたい”


 いつも自分一人では何もできないカナメはつよく、そう思った。


『主よ!』


 舞い戻って来たホーリィは、その不思議な力を使ってほんの少しカナメの足の痛みを緩和する。


「ホーリィ、こんなのが主で悪い。……でも、まだ助けてくれ! 僕もユーミもラスターもカルブもドワーフ達も、みんなを助けてくれっ!」


 ここまでぐしゃぐしゃに泣くのはいつぞやの荒野に捨てられた時くらいのものだ。

 だが、惨めさに泣いたあの時とは少し違って、今は悔しさの方が強い。


「カナメは……」『主は……』


「負けないよっ」『負けませんっ』


 事前に打ち合わせもなくタイミングの良い声を上げる少女と精霊。

 それどころか、身を隠しながら援護射撃をしていたラスターもが、同じタイミングでカナメさんが負けるものですかっ、と叫んでいた。


 何の根拠があるんだよ、と考える間も、痛え、と知覚する間もほとんどなく。


 ――頭痛が襲う。


 起死回生の一手は、いつもこの頭痛が起点となった。


 大きくホーリィの体が光って、何らかの力がもたらされる事を予感する。


(光ひかりヒカリHIKARIひかりヒカリ、光……の、――剣)


 ”ひかり”という音の響きとイメージが頭の中をぐるぐると巡り、落ち着いた先は”光の剣”


 カナメのイメージでは光る剣や、光という存在そのものをその場に留めた剣の様なものを振るい、悪を滅する勇者。

 そんな英雄像が浮かんでいた。


〈カシャン〉


 そんな軽やかで優雅。どことなく高貴な音が聞こえたと思うと、地面に落ちたのは、正しく”光の剣”だった。


 急に目の前に現れた光の剣を目にしたユーミは咄嗟に掴み取って、蛇女に投げつけた。


 咄嗟に尻尾で撃ち落とす事を選択した蛇女は瞠目する。尻尾を振るってみたが、結果的に光の剣を打ち払うことは出来ず、代わりに鱗を切り裂いて何色とも言えない血液を流していた。


 少しぼんやりとその光景を見ていたカナメは、目を見開いて勝機を見出す。


 己の限界に――。


 激痛ともいえる頭痛に頭を掻きむしりながら、涙と涎と鼻を駄々流しにしながら、軽快な音を響かせながら光の剣をカシャンカシャンカシャンといくつも地面に降らせる。


 魔力を持たないカナメの能力。

 ――スクロールをユーミの前に、数十本の剣と同じ数だけ描いて。


「ユーミ、勝とう……」


「うんっ!」


 膨大な魔力を持つという少女が魔力を込めると同時にカナメが叫ぶと、それらは舞った。



「”光の(メリゴ・)剣の探求譚(サンダースネイク)”!」

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