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精霊ちゃん

 友達だと思っていたものが、急に禍々しく黒いオーラを撒き散らし、もともと青銅のような色合いだったカルブは、掌を太陽に向けた時のように赤い血潮を体に滲ませる。

 誰しもが幾何かの魔力を内包するこの世界では、小さなドワーフの少女でさえ、爆発的な魔力の波動を感じられた。


(……カルブ、お前さんは一体何者だってんだ……?)


「エトナ スイッチ ヲ オシテクダサイ」


「え? お、おうってもんよ! こ、これか?」


「ソウデス」


 ガタガタとエンジンのように強烈に体を振動させるカルブ。


「お、おすぞ」


 カルブの首の辺りに、透明な蓋でカバーされている血のように赤いスイッチを見つけ、恐る恐る蓋を開けて指を伸ばす。

 カルブ本人では手が届かない場所に付いている。安全対策かもしれない。


「ぽ、ぽちってもんだ――――」


「――――”終末の破壊光線(オメガ・ブラスター)”」



 すると、カパッと開けたカルブの口から、まるで神の雷のようにおびただしい光の本流が溢れ出た。眩しさから直視することができなかった三人は腕で目を覆い、この光に呑まれて世界が終わりませんように、と祈る。


 その光量もさることながら、膨大な熱量により洞窟を削りとる()もまた、人体には有害と言えた。

 目を、耳を、巻き上げられる砂塵で鼻と口を。振動から立っていることもできず、ついには頭を覆って地に伏せるドワーフの、親子。


 音と光の狂騒曲が止み、恐る恐るまだ世界の終わりではないことを、ここが死後の世界ではないことを確かめるグウェーブとノーゲル。エトナはカルブの背後から、がっしりとその破壊の主を抱きしめてかろうじてやり過ごしていた。

 眩んだ視力が回復すると、すっかり景色は変わってしまっていた。


 胴体から上をきれいに舐め溶かされた螻蛄の女王は、ややあってから大きな大きな魔石を産み落とした。

 どうやら彼女はモンスターだったが、その卵からかえる螻蛄はモンスターには当たらない、ということなのだろう。


 カルブの口の位置から斜め一直線に、従来の洞窟とは別の全く新しい洞窟が作られており、太陽の光が差し込んでいた。

 その真新しいまっすぐ地上に延びる洞窟の岩肌はキラキラと輝いて、新しい鉱石の採掘場になることが予想される。


 洞窟の創造主といえば、先ほどの姿勢のまま”ゲェェェ、ゲプッ”と口から音を出していた。


「……かるぶ」


「ソウデス」


「そうじゃねえ、……ありがとうなっ」


「……ウェーブ ……ゲル ノ セイゾン ヲ カクニン」


「ああ、大丈夫だカルブ、一体全体、こいつはどういうわけなんだ?」


 グウェーブはすっかり腰を抜かし状況を飲み込めず、もう”一人の親父”は泡を吹いてすっかりと気を失ってしまっていた。



***



「――死ね」



 発言を誤ったカナメはこの妖艶な蛇女の言う通り、死を覚悟する。

 凄まじい速度の尻尾の攻撃――この魔族にとっては、攻撃などとは呼べない、些細なものかもしれないが――。

 キュッと目を閉じると、風圧がカナメとユーミの髪を跳ね上げるが、それだけだった。

 同時に洞穴、いや、大地全体が振動したかと思うと、魔族は何かに驚いている様子だった。


「なんじゃ? 大螻蛄が消えたぞ。だが、なんということ。――守護聖印ディフェンシブの結界が解けておるっ」


 嬉しそうに口角を上げて、どこからか取り出したか不明な扇子を開いて口元にあてる。


「”虫けら”共よ。妾は今、機嫌が良い――今日の所は不問としてやろう」


 変わらず、大仰な口ぶりでどこかへ行こうとする。


(ディフェンシブが、結界が解けたって――町に攻め入るつもりか!)


「ま、まて!」


「待て、じゃと? この芥ごみめ。 まあよい。さっさと王の悲願を果たして彼方へ戻るとするかの。この寝所は暗くじめじめとしていて居心地が良い――名残惜しいが」


「くそっ! 行かせるか!」


 必死に震える膝に力をいれ、ユーミの眼前に岩石を飛ばすスクロールを描く。


「せっかく拾うた、細やかな命じゃというのに――やはり下等よの、人間」


 嬉々としてドワーフの町へ向かおうとする『テュフォンネル・アゥデ・ゴラム』。彼女に攻撃をしようとしたことで不興をさらに買ったらしい。

 強力な尻尾の一撃を鳩尾に喰らってカナメは一時、呼吸が不可能になる。


「カナメッ」


 その速度に反応することができなかったユーミは一瞬で後方に吹き飛ばされたカナメのもとへ駆け寄る。


「上々、上々。螻蛄が増えずに業を煮やして居ったが、何の因果か忌まわしい守護の結界が解けるとは、の――あぁん、王よ……」


 まだ会ったこともないという王に思いを馳せ、恍惚とした表情で寝所から出ていくテュフォンネル。

 彼女のふふふ、という笑い声洞穴に響いた。



「カナメっ、大丈夫!?」


「かはっ」


 どうやら意識はあるらしくヒューヒューと不器用に呼吸をする。

 尻尾の一撃はどうやら打撃だけではなく、鋭くはじき出す衝撃と鱗の摩擦で、裂傷をも伴い、血が流れている。

 その傷はお世辞にも軽傷には見えなかった。


「ごめんね? カナメ、わたし、またなんにもできなかったよ……」


 いつものようにべそをかいてカナメに寄り添う魔術師。

 かなめは徐々に呼吸のリズムを取り戻し、ぺっと血と折れた歯を吐き出してから笑って見せた。

 この世界に差し歯はあるのかと、心配する。


「ああ、ユーミ。僕が油断したんだからしょうがない。それに、『またなんにもできなかった』って……」


「そうだよ! わたしはいつだってなんにもできない……」


「あーあーあーあー、まだなんにも終わってないでしょうが。なぁ、ラスター! 起きてるか?」


「ぐ……起きてる――生きてるんでしょうか? 僕」


 少し小さめな声で先に吹き飛ばされて土を被っていた頭のいい少年が返事をする。


「生きてるみたいだな。トロッコでぶっ飛ばして、町に先回りしよう」


「ですがカナメさん、その傷でトロッコの振動に耐えられるとは――」


 よたよたと歩いてきて膝をつき、血の気が引いて顔を白くしたカナメの様子を気に掛ける。


(正直、意識がぶっ飛びそうだ。だけど治療術は自分に使ったら、それはそれで、またぶっ倒れちまう)


「ああ~……、まぁ、ね?」


「むちゃだよ!」


 必死な顔でその傷では、その状態では無謀だ、と抗議の声をあげる。


「どうしたんだよ、ユーミ。ドワーフの町を助けたくないのか?」


 今のはユーミにとって、かなり意地悪な質問をしてしまったな、とカナメは後悔した。自分とドワーフ達と、どっちが大事なんだ、と聞いているのも同然。


「……ぅぐうぅううぅ……かなめのばかぁ~……」


 ユーミは歯を食いしばって、顔を下に向けて泣き出してしまった。


 カナメはユーミの頭に二回、ぽんぽんと手を乗せ、立ち上がろうとする。

 どくどくと流れる油汗が目に入って、染みる。しかし、足に力は、入らなかった。

 バランスを崩して再び仰向けにごろりと転がり脂汗で滲んだ目をこする。


(畜生! 畜生! 誰か、誰か、助けてくれないか)


 カナメは必死に祈り、だれか状況を打破してくれないかと、祈る。


(         )


 すると光の精霊がぽわぽわとカナメの胸の辺りを舞い、まるで蝶の鱗粉のように光の粉を落とす。

 傷口に落ちた光の粒子はちかちかと光りながら、少しだけ痛みが引いていった。

 傷が塞がったわけでも、流れた血が復活した様子もないが、少しだけ顔に血色が蘇り、持ち直す。

 これなら少しだけ動けるかもしれない。

 カナメはそう思っただけだが、ユーミとラスターには奇跡としか思えなかった。


 ――しかし無論、それだけではなかった。

 それが奇跡だとしたら、この世界の”それ”はその程度ではない。


(         )


「あぁ、本当に助かったよ、ありがとうな、光の精霊君。ははっ、いつかユーミが言ってたな。いつまでも”光の精霊君”じゃああんまりにも他人行儀だ。こんなに何度も助けてもらっちまって。うーん……そうだな? 君の名前は、『ホーリィ』だ」


 膝に手を当てながらよっこらしょ、と立ち上がりながら、なんとなしに言った言葉が大きな意味を持った。


 『ホーリィ』と名付けられた光の精霊は薄暗い寝所の中にいてさえ目を手で覆わねばならないほど一際眩しく光を放ったかと思えば、徐々にその光を収斂させ元の大きさに戻ってゆく。

 呪いの剣から聖剣へと生まれ変わった、()()()と一緒だ。



『――精霊”君”ではなく、精霊”ちゃん”でございます、主よ』



 姿を現したのは、姿かたちが”精霊王ウィシュナ”に瓜二つ。

 ただし、サイズが全然違う。

 小さなトンボの様な翅を生やした、さながら妖精のイメージにぴったりの、

 手のひらサイズの世にも可愛らしい『光の精霊()()()』だった。

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