友と親父と女王と
一気に町の空気が変わる。
ドワーフの血を吸った螻蛄は前腕を蟷螂のように身構えて次の獲物を狙った。
「え……おけら? なんで」
エトナは記憶にある限りでは初めて眼前で命を失った同族を目にすることになり、その衝撃で、あれ、なんで、などと漏らしながらもその場にへたり込み、何もできないでいた。
「……ソウデス」
カルブは集積回路で演算する。
残りの燃料と、攻撃の機会。
もう二回くらいは前腕を発射できるだろう。
二回。
その二回だけ文字通りの必殺技を放てば停止する。あとに続ける攻撃手段はなく、生き物のように火事場の馬鹿力を発揮する。そういった可能性はない。
作られたカルブは機械的に計算するだけ。
計算に基づいて行動を返すだけ。
与えられた指令は、
――それじゃあ、カルブ。 何かあったら、町を……エトナを頼むぞ――
二回の攻撃回数だけでは、町に現れた、十匹前後の螻蛄には圧倒的に不足している。
門番の二人いたドワーフ、その一人はもう駄目だろう。
生き残ったドワーフは銃に弾込めをして砲撃し、一匹の螻蛄の尻の辺りに風穴を開ける。少しだけ這いずった後に目の光を失くしたが、まだまだ後続が襲い掛かる。
町の奥から銃を持ったドワーフが走ってくるが、射程距離まではまだ僅かに、届かない。
それでも、町とエトナを守らなければならない。
【約束】は守らなければならない。
どういうわけかカルブとエトナの方へ向かってきた三匹の、醜悪な姿をした螻蛄を倒さなければならない。
主砲の前腕は二回しか撃てないため、ジェット噴射で機敏に距離を詰めるのは、あまりいい行動ではない。
まずは、優先事項”。目の前に迫る螻蛄ではなく、エトナの方へ近づいてくる螻蛄”に向けて。
「ロ、ロ、ロロロケット、パンツ」
轟音を伴って射出された前腕は螻蛄の横っ腹に、ドワーフがすっぽり通れるくらいの大穴を穿つ。
機能停止した螻蛄は液体を飛び散らせながら地面に腹を付けた。
エトナの束の間の安全を確保したカルブが周囲の状況を解析すると、どうにも、指令をクリアするにはかなり不利な状況であると判断できた。
ひとつの要因は、門番の一人はカルブが主砲を放つ束の間に、もう一発銃弾を放ったものの当てられずに、鎌の腕によって殺されていた事。
もうひとつは、カルブの腕は螻蛄の胴体に大穴を開けた後も威力を殺しきれず、後ろの岩に跳弾して、さらなる螻蛄に直撃したが肉に食い込んで地面に落ちず、回収できない事。
さらに残りの螻蛄が、町の奥から向かってくるドワーフ達と、エトナの方へ向かってくる二匹、二手に分かれた事だった。
「…トナ ニゲテ」
カルブは言語回路の故障のためうまくエトナの名前を呼ぶことができなかったが、その声はエトナには届いたようだった。
町の門で繰り広げられる殺戮を目の当たりにしながらも、はっと我に返り、気丈にもペンダントを首から下げてカルブの方へと駆け寄った。
涙を溜めながらもはっきりと目を見開いて、唇を嚙みながら駆けてくる。
「……オッテ クル」
カルブの集積回路は余分にエネルギーを消費しながら演算を続け、どうやらこの虫達はエトナを追ってきているのではないか? と仮説を立てる。
「……トナ、ノリマス?」
ぎりぎりのところで、偶然つまづいて転んだため鎌の一撃を躱せたエトナを肩車のように乗せて、洞窟の奥を目指して駆ける。
切り裂こうとした螻蛄も、町のドワーフを何人か切り裂いた螻蛄も、カルブの予測通りにこちらへ向かってくるようだった。
「ナゼ オウ?」
カルブの回路はいくら演算をしても答えを出すことはできない。
可能性の多い少ないを客観的に判断するだけだ。
導かれた演算結果は、『エトナを乗せて、町の螻蛄を引きつけながらできるだけ走る事』だった。
その間に魔石を食べることができれば状況を打開できる可能性が高まる。
不思議なことに『指令の達成は困難なため、諦める』という演算結果ははじき出されなかった
ガチャガチャガチャと音を立てながら生身ではないカルブは走り出す。大きな螻蛄に追いかけられて、幼いドワーフの女の子を肩ぐるまして逃げ惑う機械人形。
その光景だけ切り取ってみれば滑稽にも見えるが、当の本人にとってみれば一生懸命ガムシャラ必死に走っていた事だろう。
――彼に心があったとすれば、だが。
エトナの涙に頭を濡らしながら、凄まじい速度でカルブは走り、螻蛄はそれを追いかける。
すると、前方から大声で、『馬鹿を言え』、と声が聞こえてくるのだった。
***
「は は はっ おいい、穴を抜けても追いかけてくんぞおっ!」
必死に鼻水を垂らしながら、短い脚で走るノーゲルはすでに限界を迎えるところだった。
「うるせえっ、は は はっ おめえが、話しかけてこねえだら、もっと走れただろうぜっ」
息を切らせて走っているグウェーブは、嘘をつく。
相方が頃合いをみて声を掛けてくれたから、走ってこれたのだ。一人きりでの逃走であれば、心細くて既に諦めてしまったかもしれない。
――友というものは、いつだってそういう物だ。
しかしながら、螻蛄の女王はよっぽど卵を銃撃されたことに怒っているのだろう。細い洞穴を出てからは、岩壁を削り取る手間がなくなってかなり速度が上がっている。
卵なんか何十個もあっただろうに、一個くらいいいじゃねえか。そう考えながらもグウェーブは走り続ける。
「は はッ おい! ノーゲル!」
グウェーブは唐突にまじめな声を掛ける。
「な な なんだよ、話しかけンな、っておめえが言ったんじゃねえか!」
ノーゲルはおどけながら返答する。汗でびっしょりとしていて、途中で装備を捨て、兜を捨て、何とか走ってきた。
「俺があいつを引き付ける、おめえは逃げてくれ……」
友を逃がすために自分は、ここで少し時間を稼ぐというのだ。
「ッッ馬ぁぁぁぁぁぁ鹿を言ぇええええいっっ!」
その吐き出した空気があればあとどれくらい走れたのだというくらいにノーゲルが大声を上げる。器用に後ろを警戒しつつ走りながらも、友が発した怒声に答える。
「おめえはもう体力がねえだろう! 俺が時間をかせげりゃ、走る速度を落とせる!」
「馬鹿を、言ってんじゃあねえよ、頼むよグウェーブ! 一緒に生きて帰ろぉやぁ」
眉間の皺を生まれてこのかた一番深く刻み、涙ながらにノーゲルは言う。
「俺がいつ死ぬって言ったんだ、馬鹿野郎! ちょっくら”女王”と”親父”の意地の張り合いをするってぇだけだ!」
そうして、グウェーブは走りながらも鞄を放り出し最後の最後まで残していた、腰に下げた愛用の斧を取り出す。
初めて自分が叩き上げた、思い出の斧。
そしてついに足を止めて、もう十数秒で追いつかれるであろう巨大な女王と対峙する。
「おい、グウェーブ! 前を見ろ!」
「うるせぇっ! いいから走――」
「――――前を見ろってぇぇッ!」
逃がそうとした友の悲痛な叫びに首だけ振り向くと、確かに視界に入った。
「父ちゃーーーーん」
何より大事な娘と、そいつを担いで死地に飛び込む謎の人形。
そしてその後ろに続く数匹の、螻蛄だった。




