虫けらと虫けら
「おいおいおいおい! グウェーブ、見て見ろよ!」
「うるせぇ、騒ぐなノーゲル、俺にだって目ん玉ついてんだ、ちゃーんと、見えてらぁ……」
決して少なくない時間を歩いた二人は、その後螻蛄に出会うことはなく、ここへたどり着いた。
洞穴を歩いてきて、どうにも広い空間の様な場所を見つけ、カンテラで慎重に照らしてそっとのぞき込むと、ドワーフ一人と同じくらいの大きさの白い色をした文字通り卵型の物体が、五十か六十、所狭しと地面や床にへばりついている。
生理的に決して気持ちの良くないこの場所は、冷静に待機するという選択肢を忘れさせるには充分だった。
「卵だ……卵だろ? こいつはよぉ」
思わず、といった様子で早足に広間に入るとノーゲルは見たままの光景を漏らした。
「卵、だな……見て見ろ、いくつかは割れとる――孵化したんだろうな」
ノーゲルに顎をしゃくって見せ、数個の穴が開いた卵へと視線を促す。
「これだけの数……町に攻めて来おったら」
「ああ、いくらこの”銃”がとんでもねえ威力でも一巻の終わり、ってもんよ」
「卵が孵る前に燃やしちまえれば……」
「そうだな、根絶やしにできりゃあ最高だ」
互いに顔を見合わせて、螻蛄が孵化する前に根絶やしにするという案を了承しあった所で、ぱきり、と背後で軽快な音が聞こえた。
卵が孵ってしまった、と咄嗟に考えて、グウェーブは銃に弾込めをし、ノーゲルはカンテラを音のする方へ向ける。
――卵にひびが入る。
結果的に、その発想は間違いではなかったが、誤算があるとすれば。卵を燃やしても”根”絶やしではない。
『卵を産んだ存在』こそが根。
びっしりと埋め尽くされている卵の陰から、今まで相手にして来た螻蛄よりも一回りも、二回りも大きな螻蛄が姿を現す。
上半身の外骨格は褐色ではなく漆黒に染まり、前腕もほかの螻蛄より巨大で鋭く、とげとげしい。
下半身は肉食の獣の様に筋肉が発達していて、こちらもまた真っ黒で短い毛に覆われている。
ここまで黒色に徹底されてしまっては、暗がりでドワーフたちが気付かないのも仕方がない。
螻蛄に”女王”がいるのはこの世界ならではなのだろうか。
いずれにしても、大事な産卵場所へ侵入した二匹の”虫けら”に大層ご立腹のようだった。
黒の全身に二つだけ赤い部分。
双眸がはっきりと怒りを告げていた。
「おい、グウェーブ、見て見ろよ」
「見えてるって、言ってんだろうが」
「勝てそうか?」
「馬鹿言え」
どこか他人事のようにぼそぼそと喋っていると、さらにぱきぱきと音を立てて卵の殻が割れる。
中から少し白っぽい色の前腕、続いて頭がのっそりと現れると、粘液の様なものを絡ませながらはっきりとドワーフたちの方を見ていた。
怖気を感じて反射的に銃を撃つと狙いを外してほかの卵に着弾し、どろどろとした液体が零れる。
――当然に、怒り狂う産みの親は形容し難い咆哮をあげていた。
「「逃げるぞぉぉぉぃッ!」」
今来た道に咄嗟に入り、短い脚で必死に駆けだす男二人。
どうやら追ってくる気満々の怒れる女王は子供たちが掘った穴に頭を突っ込んでくる。
「入れねえのか!? ほんなら、こいつでも食らいやがれ!」
ノーゲルが自慢の銃を構え、女王の眉間に弾丸をくれてやる。
しかし、がちんと音を立てるのみで跳ね返ってきた跳弾が足元に着地、あわや足に怪我をするところだった。
「どうしろってんだ!」
勝ち筋が見つけられず大の大人が地団太を踏むと、女王は強靭な前腕で洞穴を削り取ってこちらへと迫ってくる。
「逃げるしかねえだろうが!」
グウェーブが声を張り、再び撤退を始める。
ドワーフの足は速くはないが、普通の螻蛄一匹分の幅の洞穴は『女王螻蛄』にとっては非常に狭く、前腕でゴリゴリと壁や天井の岩肌を削りながらの追走のため、なんとか追いつかれずに逃げていく。
「罠でも張ってりゃあ、よかったなぁ!」
「うるせぇ! 黙って走れ、追いつかれんぞ!」
二人のドワーフは、がりがりごりごりと背後から音がする中、振り返ることもできないまま一生懸命に、敗走を始めた。
***
薄緑にぼんやりと明かりが灯る、洞穴の奥。
”虫けら”と声を掛けられ自分たちの目的を見失いそうになる。虫けらを何とかしようと暗い洞穴を進んできたのはこちらの方ではなかったか。
声の主を見上げると高座の上にどこから持ち込んだのか豪奢な敷物を置き、頬に手を添えて侵入者を見下ろしていた。
薄暗い空間の中でも、はっきりと女性であることが分かり、そして美形であることに間違いはない。
衣服は身に着けてはおらず、しかし長い金髪が代わりに乳房を隠す。
端正な顔立ちに紫色の唇が若干のけばけばしさを演出するが、煽情的な様は多くの男たちを魅了する事だろう。
ただし、頂けないのは下半身。
腰から下、美しい曲線を描く骨盤辺りから下はびっちりと”鱗”に覆われている。
――腰から下が、蛇。
前世ではよく目にしたモチーフだったが、実際に蜷局を巻いた姿を目の当たりにしてみれば、画面や絵では伝わらない恐怖や悍ましさを感じさせる。
(……魔族……ッ)
魔術師は杖を構え、発明家は銃口を向ける。
カナメは首の向きをちょこちょこと動かし、しきりに髪に隠されたその向こう側を覗き込むことに集中していた。
「下等な人間……『虫けら共』めが……妾の寝所に忍び込んでくれるとは見上げた根性――命が要らんか?」
細く美しい声が鼓膜へ届けば、外見の悍ましさと相まってカナメたちの肌を粟立たせた。
「あ、あなたが『おけら』を使ってドワーフさんの町を襲っているの!?」
強い恐怖感を抱えながらもユーミは問いかける。
「口を慎め、小娘が。貴様の命など妾の鱗一枚ほどの価値もない――と、切り捨ててもよいが」
尻尾の先をちょろり、と動かして見せ、口元にほんの少しの笑みを浮かべる。
「この『テュフォンネル・アゥデ・ゴラム』は寛大じゃ、答えてやろう――”そう”じゃ」
「なんの目的があるのです!」
「そこな童も死にたがりか。いいだろう。塵や芥にも等しい貴様らの命ひとつと引き換えに、質問に答えてやる。魔族の王、――さりとて、お会いしたことはないが――。あのお方よりの命で、人族の武器庫、ドワーフの町を滅すために、遠路はるばるここまで来たが。ドワーフの匠と人族の王が共謀して作ったらしい”守護聖印”に阻まれ魔族が近付く事が叶わん。そこで螻蛄を使うた」
「ディフェンシブ……?」
ラスターが独り言のようにつぶやいた瞬間。
ヘビの尻尾が、巨人の振るう”鞭”の様にラスターを弾き飛ばし、彼は衝撃で壁の岩肌に叩きつけられる。
蛇の魔族は凄まじい速度で敷物の上から移動し、高座の中断ほどにいた。
「ぐぅ……ッ」
「これこれ、童。発言を許したか? それにしても妾の寝所に汚い血を流すでない。――便所にでも流しておれ」
盛大に吹っ飛んで血を吐くラスターを見て、その瞬発力と膂力、攻撃力。
――すなわち、暴力。
冷や汗を流すカナメとユーミは以前、城で相対した魔族より格段に強い相手と悟る。
普段のユーミなら仲間を傷つけられたことに発狂して、この魔族に向かっていったことだろう。
過去のカナメなら腰を抜かして失禁していただろう。
恐ろしい姿の魔族を想像していたカナメはその美貌を見て、少し楽観的になってた。しかし仲間を襲ったその攻撃を見て、氷点下まで肝を冷やす。
(質問に答える代わりに、命を獲る。僕はまだ、何も発言していない……)
がたがたと膝を爆笑させながら、意味ある一問を考える。
起死回生の。魔族打倒のヒントになるような。
(ラスターは生きている、ユーミも冷静でいてくれてる……僕の質問や発言で終わる……)
過去にも魔族や、ゴブリンの王。巨大なミイラに対峙したことがあるからこそ、冷静に考えていられる。きっと過酷な状況はこの間違いで生まれた転生者をいくらか強くしたのだろう。
『髪の毛を切った方が素敵です』と言わなくてよかった、と考えられるくらいには冷静でいられる。しかし、冷や汗は止まらない。
攻撃を仕掛けても、当たるだろうか。
正直、当たったとしても。致命傷を与えられるか。
逃げ切る隙を作れるか。
頭の中では、三、四回これまでの人生を繰り返してもここまで回転させることはないと思えるほどに思考を巡らせていた。
そうして、”とっておきの冴えた発言”を考えていると、頭から煙が出るような気がした。
(言え、言え! 何か言わなきゃ……こういうタイプは、待たされるのも気に喰わないと言って殺しに来るぞ!)
「さて、黒髪の貴様。貴様は質問はないかの。いい加減、不愉快じゃ――下等な生物を視界に入れるのは、の」
「……髪の毛を切った方が素敵じゃないでしょうか」
「――死ね」




