ルート
町を出たパーティーは、来た時と同じように、夜動き、昼休む。夜の寒さはまだ何とかなるが、依然としてモンスターが襲い掛かる。
大きなサソリに、サンドロックゴーレム、砂ヘビ。今となってはどのモンスターも、巨大ミイラや遺跡の門番と比べるといささか拍子抜けに感じる。
それに――。
「ババババババ」
自身で効果音を出しながら左手からバルカン砲のような銃撃をするカルブは、お世辞抜きに戦力として優秀。ただ、魔石を食わせる必要があるため、売れば路銀となる魔石をなかなか貯められない。
「ラスター、次の補給地はどの辺だ? 大きい町なのか?」
頭のいいラスターに世界地図を渡して案内役に任命したカナメはすっかり、荷物持ちだ。パーティーの最大火力である魔術は、魔力消費も大きいため温存していた。
「次にたどり着く町――いくつかルートがあるようです。聖王国アルジエナを目指すのでしたら――」
「――おいしいごはんがある町がいいなっ!」
砂地から突然現れる砂ヘビを鉄棒の一撃で沈めるユーミは砂漠の乾燥した食事に飽きていた。
「そうですね……北の険しい山脈をまっすぐ抜けていくか、北西に抜け海沿いの町を通って山脈を迂回して東に抜けるか。もしくはこのまま東に進み、海路を通るか、です」
「選べる……か――ひぃぃっ!!」
初めて進む道を選べるとなるとなかなか判断がつかない。
そんなカナメを砂ヘビが襲う。
間一髪、鉄棒がぶん回され、砂漠のヘビは砂へと帰っていった。
「カナメはあんなに大きなミイラはへっちゃらなのに、普通のモンスターはこわいんだね?」
鉄棒の主はへへへと笑いながら魔石を拾ってカルブに食べさせる。
「しょうがないだろ、突然でてくるんだから」
「そろそろ日が昇ります。まあ、どこを経由するにせよ、あと三日は砂漠の中です。休みながら考えましょう?」
そういって適当な岩陰を見繕い、太陽から隠れた。
「どのルートへ向かうにせよ、危険は伴うでしょうね」
テントの準備をしながらラスターが言う。
「ま、そうなんだろうな」
「海沿いの町は隣の国と小競り合いが起きています。海産資源を要する港の町と、鉱山を要する隣の国が互いに領土を広げようと躍起になっていると、行商人から聞いたことがあります」
「海産資源……て、さかな?」
食べ物の話には食いつくユーミにラスターは面倒見よく肯定してから話を本筋へ戻す。
「それだけじゃありませんよ。海からは塩も取れます。海藻や、魔石に代わる新しい動力資源が見つかるかも。といった噂もあります。それに――」
「なんだよ?」
「神が賢者の杖を叩きつけた、世界を二分した震源地。そこには海からしか行けないと言われています」
(絵本で読んでもらった話だな。イヤイヤ期の神さまが杖を叩きつけて、大陸を真っ二つにした、っていう――)
「あの絵本のおとぎ話って、本当の話なのか?」
「本当は隣国の目的はそれだと、まことしやかに噂されています。隣国、『ガーリラウヤ』は信仰深い国ですから」
「この世界にも宗教があるのか?」
「なんですか、この世界って。あなただってこの世界の住人でしょうに」
「…………」
「――”彼が落とした七つの心の破片。それらを集め、賢者の杖を彼の地に捧げれば、神が復活するだろう”――」
「”ハリルナルク教”の、教典の一節だねえ」
「なっ! ユーミまで知ってるのか!」
「むぅー! なんでそんなに驚くかな!」
(そうだった。ユーミは意外といろいろなものを知ってるんだった。つい、ただの天然魔女っ娘だと思ってしまっていたな)
ラスターは食事に使うお湯が沸くまで寝転がって待つつもりのようだ。
鞄を枕に頭の後ろで手を組んで倒れ込む。
「すなわち、聖女、魔女。……一対の竜。地獄の王に、魔族の王。魔物…つまりモンスターを統べる者、それらの力を集めれば……」
「本当かよ……」
「知りませんよ。少なくとも魔族の王はどんな存在か、も。モンスターを統べる者、でしょうか。そんなものも聞いたことがありません」
「それに絵本の内容じゃ、そのほかにも賢者の杖は飛び散って……そうだ、ギフト……」
「そうです。神さまの力は七つの大いなる力という教え。それ以外にも散り散りになっているという説もあります」
「なにが本当なんだ? だけど、どれもが、本当じゃない可能性もあるよな……」
「あいにく僕もそれほど信心深くはありません」
そういってラスターは起き上がると、干し肉をナイフで切り、先ほど沸いた湯に入れ、粉や液体を少し。乾燥させた草の様なものをバリバリ割って入れる。
匙で味見をしてうんうん、と頷いて、椀によそってカナメとユーミに手渡してくれた。
ユーミも椀を受け取ると鞄から乾燥した堅いパンを取り出し、二人に渡す。
「なんであれ、食事に感謝するというのは悪いこととは思いませんよ?」
「そりゃそうだ」「そうだねっ」
「「「いただきます……」」」
自分の分を食べ終わると椀を布でふき取り、片付けながらラスターが問いかけた。咀嚼しながらも考え事をしていた様子のカナメが気になったのだろう。
「どこへ向かうか考えていたんですか?」
「ああ。決めたって程じゃないけど、山脈へ向かうのはどうだ?」
「道はとても険しいですよ?」
「でも、人と人の争いは、なんだか見たくないんだよなぁ」
「……そうだね」
「そうだ、東の海路ってのは?」
「ああ、やめておいた方がいいです。東の島国は、黒い髪と黒い瞳。変わり者が多いと言いますよ?」
***
そうして、日が暮れて動きやすくなれば、一行は北へ進む。
「もう一日ほど歩けば分岐点となるでしょう。どこに行くか決めなければなりません」
「ああ、どこでもいい気がしてきたよ、いい加減この砂にはうんざりだ」
カナメは靴を脱ぎ、中に侵入したたっぷりの砂を大地へ帰す。
「しっとりしたご飯がたべたいよぅ……」
「まあ、大丈夫だろ。山でも海でも。それなりに美味いもんはあるはずだ。砂漠よりはな」
「違いありません」
肥沃とは言えないが、いい思い出ができた砂漠に文句を言っていると――。
砂地を震わす振動音が聞こえる。
「なんだ?」
カナメは聖女様に初めて会った時の、あの巨大なモンスターを記憶から引っ張り出す。
こんな時、異世界で『もしかして』は大抵、『もしかする』。
大地が爆ぜ、砂が飛び散って姿を現したのは巨大な”虫”の様なモンスターだ。
「ゴ、ゴライアスサンドワームですッ! 砂漠では渇きよりも恐れられるというモンスター!」
状況を説明しながらもラスターはきちんと仕事をする。
鞄に入れていると砲撃までの時間がかかるため肩ひもを取付け、荷物とは別に肩に下げていた”銃”を弾込めし放つ。
爆音と風切り音を残しながらも、虫の体をかすったに過ぎなかった。
「くっ、思ったより俊敏です!」
飛び散る緑色の液体に正真正銘嫌悪感を現しながら、ユーミが鉄棒を用いて攻撃態勢に移ろうとする。が――。
「大丈夫……ミールワームだ、魚の餌だよ」
そういってカナメはユーミの目前にいくつかの光のスクロールを描く。
(数を打つ必要はない。水の精霊君の力を借りて……焦るな、凍らすんだ、できるぞ、できる)
自分に言い聞かせながら、弾は氷で準備して、大きく、鋭く。スクロールを上にストックするのではなく、三つほどを重ねていく。
氷を作って、圧縮し、回転をかけ――。
ユーミは何度も助けられたその”Enterキー”に疑うことなく魔力を込めて。
――解き放つ。
放つ数量を減らすことで速度と質量、すなわち威力に焦点を置いたその攻撃は、砂漠の虫などたやすく射貫く。
「 ”二人の冒険・芋虫コロリ”」
(決まったああああああ!)
カナメは巨大なモンスターを屠る攻撃うんぬんではなく、聖女様が放った台詞を言ってみたかったのだ。
「すごい、ゴライアスサンドワームは灰銀級の冒険者パーティーが二、三組で討伐可能と言われているモンスターですよ……」
「大したことはないぞラスター。ミールワームだよ? 魚の餌なんだ」
「…………」
ラスターはカナメの膝がぷるぷる震えているのを見逃してはいなかった。
「よ……よし」
ごとりと落ちた大きな魔石を前にやや前傾姿勢、顔だけこちらに向けているカルブに食べていいぞと、声を掛ける。
「ま、まあ、このくらいは――」
砂漠に響く振動音。
「ひぃぃっ! なんだ、何匹来たところで……」
「カナメさん、ユーミさん! なんだか様子が――」
あのくらいのモンスターならば、ユーミの魔力が尽きることがなければ訳はない、そう思った矢先。目の前の砂地がきれいに窪んだかと思えば、渦を巻きながら徐々に大きくなっていく。
「あの虫の巣穴に砂が吸われているのかもしれません! これは、多分――」
「――知ってるよ、『流砂』だっ!!」
足を動かしても、手で掻いても。まして祈ったところで体をのみ込もうとする流砂に抗うことはできない。
次第に、顔を埋め尽くしていく砂に視界と空気を奪われて、候補に挙がっていたいくつかのルート、そのどれでもない真下の方向へ進むことになったカナメは思う。
(ルートを選べるなんて思った僕がばかだった、頼む、みんな無事で――)




