千年一夜物語
目を覚ますと、体が気怠い。
あんなに魔力を使ったのは、いつ以来か――
はっと、思い出す。
ミイラは、カナメ、皆は――。
目を見開いて上体を起こすと、ベッドの上。
テーブルには、ラスターとマーシュ。
ベッドの傍らでは、カナメが驚いた表情で飛び起きるユーミを見ていた。
「おはよう、ユーミ。調子は――」
「……ぶぇぇええええんっ!」
(逆パターンでも泣くのかよ!)
へらへら笑いながら今度ばかりはカナメも涙が出そうになる。一晩中起きていたから目の下にはクマができており、ユーミにバレないように目をこする。
「ユーミ、調子はどうだ? どこもおかしなところはないか」
「うん、カナメ。元気だよ! 魔力だって……うん、回復してる」
ユーミは、ラスターの雨を聖なる雨へと変えた時のことは覚えていないようだった。
まるで別人のようだった時のことなど。
「おなかが、すいたよ」
「そうだな、腹減ったな。ラスター、飯屋なんてあるかね?」
「ええ、こんな町にもありますよ。行ってみましょうか!」
「マーシュちゃん。 宿のお礼に僕がお代は出すよ」
「お礼だなんて! そんなこと言いだしたら、私達こそ雨のお礼に相当な年月ご飯代をださなくちゃ!」
四人で笑いながらマーシュの家を出る。昨日の雨の影響か、少し涼しく感じられた。
せっかく溜めた雨の蒸発を少しでも抑えてくれるだろう。
家の外では、町の人々は賑わっていた。
「ようラスター、昨日の祭りは散々だったからな、今日の夜にやり直しだ! たまたま行商のキャラバンがさっき町に来てな!」
「買い占める勢いさ! 酒や食べ物、煙草に服、雑貨品をな! ははは!」
「行商達は喉が渇いていたからねえ、支払いはもちろん、『水』さ! ラスター、お前さんには頭が上がらんねえ」
ゆく先々で、ラスターは声を掛けられていた。一躍、人気者になった彼を見てマーシュは少し寂しそうに、でも嬉しそうに笑っていた。
飯屋があるという場所の近くに行くと、そこは昨夜世界樹が根を張った場所だった。堂々と葉を揺らすその木の傍には人だかりがある。
「おーい! どうしたんです?」
ラスターが近づくと、人だかりが割れて奥を見せてくれる。
見れば木の近くには巨大なミイラの頭ほどの、オアシスができていた。
そして、白いひげをだらりと伸ばしている老人が声を掛けてきた。他の町人が老人を呼んでいるのを聞くに、どうやら長老のようだ。
「おぉ、ラスターよ、見とくれ、このオアシスを……。昨夜から何度も町人が水を汲んで行ったが、水位が下がることがない……奇跡の泉じゃあ!」
しゃがれた声を必死に張り上げながら奇跡を主張する。
「ラスターよ、奇跡の泉……、お前さんが作ったこの泉に名前を付けとくれ」
「そんな、僕は何もしていませんよ!」
「雨を、雨を降らせてくれたじゃろう!」
「それは、僕じゃなくてこの――」
〈――スパァーン〉
皆が見るとラスターの後頭部をユーミがひっぱたいていた。
(ちょっとユーミちゃん、君、自分で思ってるより力持ちなんだよッ!?)
カナメは焦るが、ラスターは命には別条はない様子だった。
鼻血が出ただけで済んでいる。
「ラスターが、雨を降らせたんだよ! そんなに嫌がったらせっかく降ってくれた雨が可哀そうじゃない!」
(なかなか面白い発想だけど……)
「ラスター、僕が降らせたんだって、走り回って自慢して来いよ!」
カナメが茶化す。
「そうだね……枯れない泉……まるであなたの“夢”みたい」
マーシュがボソッと呟くと町の人達もラスターとマーシュを冷やかしにかかる。ラスターは照れて顔を赤くし、ポリポリと頭をかいている。
(くぅ、眩しい! 青春の光は、僕に効く……ッ)
「なあ、ラスター! この泉に名前を付けてやれよ!」
カナメにはこの空気は毒だ。さっさと話を次に進める。
「そうじゃ、ラスターよ。 君が降らせた雨で生まれた、奇跡の泉に名前を付けとくれ」
「……わかりましたっ! そうですねぇ……」
ちら、とマーシュの方を見たラスターは命名する。
「シャマーシュ……、この泉は【シャマシュ】の泉です!」
* * *
飯屋に入った一行は、少し豪華な食事に皆、舌鼓を打っていた。
「先ほども町の人が言っていましたが、行商のキャラバンが来て色々仕入れができたらしいですよ?」
「ああー、ヘビや蜥蜴じゃない肉なんて久々だな! うまい!」
「おいしいねぇ」
「確かにまともなお肉や、野菜なんていつぶりだろう? たまたま行商が来るなんて、本当に幸運」
久方ぶりのまともな食事に一行はご満悦だ。スープまでついている。
そして会話の内容はこれからの事へ。
「ラスター。あの時の“お願い”って、本気なのか?」
カナメはあの時切り出された願いについて意思確認をする。
「ええ……本気です! あなた方がこの先どんな奇跡を起こすか見てみたい。そして色々な事を学び、経験して、この街をもっと豊かにしたいと思うのです」
ラスターの意思は固いようだ。
肉を喉につっかえてどんどんと胸を叩き、隣に座るお似合いの少女に水を手渡されている。
水はカップに満ち満ちている。
「奇跡なんかそう起きないと思うぞ? 僕らはたまたま幸運が重なってうまくいっていただけだ。マーシュちゃんも、ラスターはこんなこと言っているけど、いいのかい?」
焦って水を飲む幼馴染を心配しながら、声を掛けられ返事をするマーシュ。
(カナメさん、それを奇跡と呼ぶんです。きっと、人は)
「嫌です。……でも、彼は、夢を見ていないとカラカラに乾いてしまうようなので」
「……そっか」
ユーミはひたすらおいしそうに食事を楽しんでいた。おかわりを頼んでもきゅもきゅと口を動かしている。頬っぺたにはソースの飾りつき。
「ラスター、出発はいつにする?」
「今日はお祭りを楽しんで、明日の朝出立しましょう。雨の影響か、少しは涼しいですから。それに時間を置くと決意が鈍ってしまうかもしれません」
送り出すといったマーシュを心配したのだろうか。それとも、自分の決意の事だろうか。
「少し休んだら、旅の準備をしましょう!」
「おうけい」「ああ」「…………」
* * *
食事がすんだあと、日暮れ前にカナメとユーミは町の近くのモンスターをその鉄棒で屠り、いくつかの魔石を補充してきた。
マーシュの家で放置していたカルブに食べさせるためだ。祭りの準備があるというマーシュに一人にされ、手持無沙汰なラスターも一緒に来ていた。
魔石を食べたカルブはどこも故障はなく(?)動き出した。
「ジャジャーン」
「カルブは元気だねえ。ごめんね、おなかがすいていたんだね?」
「お前は気楽そうでいいなあ」
カナメは何となく苦労のないように思われるカルブをうらやましく思う。
「本当ですね、生まれ変わるならこんな人生を歩んでみたいものです」
カルブを取り囲んで、何となく失礼なことを言っていると、玄関の扉が開かれた。
「そのお人形、本当に動くんですね!」
そう言って入ってきた家主はお昼時までの質素な幼馴染の少女ではなく、綺麗に着飾った麗しい踊り子の姿をしていた。
「おおおおおっ」
カナメはその姿を目に焼き付けようと眼を見開くが、ユーミが鉄棒をいじくり出したので自重する。
「あ、この服は、お祭りの巫女の衣装です。昨日祭事に登壇する予定の子が怪我をしたので……。お人形さん? 私はマーシュです」
灼熱の炎のように顔を真っ赤にしているラスターを尻目に、着地ポーズを決めているカルブに話しかける。
「ハロー ……ルマーシュ」
カナメ達と初見の時のように軽く挨拶をするロボ。相変わらず言語回路は故障中のようだ。
「あはは、変なの。 皆さん、もうすぐお祭りが始まります。おいしそうな出店もたくさんありましたし、ラスター、売り切れちゃう前に私の分も買っておいてくれない?」
「もちろんですよ、何が食べたいのですか?」
「うーん、なんでも、構わないよ!」
「…………」
ユーミはよだれをたらしている!
「私の出番は、最後です。雨ごいの儀式で舞い踊る巫女の役。変ですね、雨はもうこんなに降ったっていうのに!」
砂漠の太陽のように眩しく笑う少女。
「明日、出立するんでしょう、皆さん。楽しんで行ってください。私の舞は見ても、見なくてもいいですよ、恥ずかしいですからね!」
カルブは燃料の節約のため申し訳ないが家でお留守番してもらった。出店する、ちょっとした食べ物の店を食べ歩いたり、なんだかよくわかならない戦士達が、巨大な敵を打ち倒す劇の様なものを見たりして楽しむ。恐らく、昨日の死闘を後世に残すため即興で作ったのだろう。
今夜くらいは、と酒に手を出したカナメは、――この体はまだ、酒に耐性がないのだろう。べろべろだ。
長老がこの街の歴史を話し、町人が話が長いと野次を飛ばす。
なんだかほのぼのとしたやり取りをしていると、宴もたけなわ、最後の催しが始まる。
それは――。
町人に久々の雨をも色あせて見せ、カナメの酔いも吹き飛ばした。
食べ足りないと出店をもう一周しようとするユーミの食欲を忘れさせ、明日旅立つ、奇跡の少年の心に鮮烈に刻み込む。
――舞。
月夜に、音楽に、舞。
ずっとこれをつまみに酒を飲んでいたいと、娯楽にあふれた前世で生きていたカナメにも思わせ、見惚れて酒のコップを取り落とす。
たった一人に。
これだけ人が、物があっても、たった一人だけのために舞うからこれほどまでに美しいのかもしれない。
すると。
ぽつ
ぽつ――。
雨が降り出す。
祭りのさなかに雨が降れば、普通ならば疎まれる。
だが、この町は違う。
「ははは! 雨ごいが、成ったぞ!」「巫女の舞が、天に届いたんだ!」「奇跡が、奇跡を呼んだぞ」
祭りの参加者は歓喜に濡れていた。
出店が品切れになりとぼとぼと寂し気にカナメのもとへ歩いてきたユーミと、久々の酒に呑まれていたカナメはここで退場した。
出番を終えた踊り子は、その最愛の人のもとへ駆け寄る。
「えへへ、すごいね、本当に雨が降ってきたよ?」
「マーシュ、君だって、奇跡を起こせるんですよ」
「偶然でしょ」
そういって麗しく舞った踊り子は彼の頭に腕を回す。
「きっと奇跡なんてどれも、そんなものですよ」
赤く燃えたかがり火は次第に勢力を増していく雨に反比例して、その勢力を失っていく。
消えかけた火を背景に、ずっと一緒に過ごした二人は、口づけをする。
唇を離したときには、月明かりだけが町を照らしていた。
雨が地面を叩く音はその二人の心にしっかりと刻みつけられ――。
一言、二言の言葉を交わして、先ほどまで一つだった二人は離れていく。
酔って道端で寝る者。
太陽が昇るまで、ずぶ濡れになりながら道端で酒を飲むもの。
明日を夢見て家路につくもの。
舞を踊って想い人を見送るもの。
明日、離れていくもの――。
だれもが、明日の幸せを祈る。
神のいない世界で。
* * *
「(カナメさん、ユーミさん!)」
まだ太陽が昇らない暗がりの中で、ベッドで寝息を立てるユーミと、床の敷物の上で寝ている酒臭いカナメを何者かが揺らして起こす。
「んあ? ラスターか……ん? 早すぎないか、真っ暗だ」
「行きましょう!」
「らすたー? まだ眠いよ……」
カナメとユーミは予定より随分早い出発時間に静かに抗議する。
「いきましょうよおお!」
彼は暗がりで判らないが、声がはっきり泣いている。
会えば、旅立つ決意に水を差すかもしれない。
それが怖いのだろう。
「ああ……わかったよ、ユーミ、準備しよう」
「むにゃあい」
寝ぼけて可笑しな返事をするユーミに旅立ちの準備を促す。
「……僕は、町の北口で待っていますね」
「なぁ、ラスター」
「はい……?」
「本当に、会わないで行くのか?」
「……きっと笑って再会しますから大丈夫です。偉大な発明を引っ提げて、です!」
「そっか」
「ソウデス」
ラスターはカルブをつれて幼馴染の家を出ていった。
カナメはとにかく、ユーミの着替えを見ようとしていたが月夜に煌めく鋼鉄の杖から血の匂いを感じ、先に荷物をまとめて世話になった家を出ていく。
すっかり雨はやみ、今宵も抜群の月夜。
「待たせたな、ラスター」
「カナメさん。ユーミさんは?」
「もうすぐ来る。準備はいいか?」
「ええ!」
「お待たせっ!」
少し遅れてユーミが来る。
「それじゃ――行こうか!」
カナメ達はさらに北を目指す。
聖王のおひざ元アルジエナはまだまだ遠い。
物陰から大好きな彼を黙って見送った踊り子は、もう一つオアシスができるのではないかというほど涙を流していた。
枯れることのないシャマシュの泉を誇る【オアシスの町アザラール】ではこの年以降、大雨が降った二夜を記念して、『千年一夜祭』が催され、行商や旅人が美しい舞に魅了されることとなるのだった。
砂漠の章はここで終わりです。
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