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賢者の石

 聖女様の抜群に効く恐喝に恐れをなし、すぐさま謝礼を支払ってから話を続けた。


「貴様には聞きたいことが山ほどあってのぅ……なぜ、精霊王の名を知っているのか――。貴様の能力はギフト……か? 徒党を組んでいるとはいえ、あの“厄災の木乃伊(ジェニー・ハニヴァー)”をどうやって退けた? そしてあの世界樹――」

「待ってください! 聖女様、いきなりたくさんの事を聞かれてもちっぽけなこの脳では処理できません。そうだ、僕も聞きたいことがあったんです。交互に質問していくと言うのはどうでしょうか?」

「儂に交換条件を持ちかけるとはの。偉くなったもんじゃ――この家に隔絶の術式を掛けた。聞き耳はされん――まず、なぜ精霊王の名を知っておる」

「お話しします――」


 自身が別な世界で死亡し、精霊王に(……の暴走により誤って)転生の機会を与えられたこと。そこで精霊王の名を聞き、世界を救うという使命を(無理やり)与えられたこと。

 能力がない代わりに【精霊王の加護】を与えられたこと。うっかり者に転生場所を間違えられて、聖女様にあった荒野に裸で放り出されたこと――およそ信用されるとは思えない者の、ありのままを語った。


「本当に、そのようなことが……(なるほど、面白い……それで因果を外れておったのか……)」

「次は僕の番です。(……あー、聞かなきゃと思うと出てこないもんだ……)――精霊王とは、何者なのでしょうか?」

「ふむ。人間の身に教えてよいものじゃろうか……まぁ、よい。人には言うな。世界の均衡が崩れたら面倒じゃ。精霊王というのは簡単に言えば――この世界で力を持つ作られたものに属さない、もとよりこの大地に息づいていた精霊。それらを統べる王じゃな」


(あ、すごい簡単に言うもんだから、逆に何だかよくわからないやつだ……、ずるい!)


 すかさず、聖女様が次の質問に回る。


「裸、貴様どうやって“ジェニー・ハニヴァー”を退けたのじゃ?」

「……正直、分かりません。ユーミがいつもと違う様子になって、光の魔術を使いました。光の精霊君と水の精霊君、それになぜか僕にも、力を貸して、と。そうしたら不思議な雨が降ってジェニーは小さくなっていきました。あの木はその時に勝手に生えてきました」

「聖なる雨……じゃと……」

「聖女様。魔族の王を打ち倒せば、『世界を救う』ということになるのでしょうか?」


(本来は、そうなのじゃろう……人と魔族。それに均衡はとれていたはずじゃ、儂らで。どこかで狂ったのか……)


「その質問は変えくれ……人間に教えてはならぬ度を超えた話かもしれん」

「ずるい!」

「うるさい」


(そもそもこの小僧を人間として勘定してよいのじゃろうか……)


「あ、それじゃあ、これはなんだかわかりますか?」


 大事に持っている袋(――あれのことではない)から赤い小さなかけらを取り出す。

 ゴブリンキングと巨大木乃伊が消滅と同時にドロップした、なにか膨大な力を感じる石。


「ほう……これは! ……もらってもよいのか?」

「ばかな! 質問しているのですよ!」


危うく奪われそうになるが切り返す。


「知ってはおるが、教えたくはないの。それを知れば、人は奪い合う。戦争をするじゃろう。場合によっては大事な人間を殺してでも奪い取って損はないかもしれんな。それは【賢者の石】じゃ」

「賢者の石! それって……」


 いろいろな物語で語られる石だ。だが、それがこの世界で何を意味するか、聖女様は教えてくれそうにない。


「こちらの番じゃ……貴様――」

「だめです! 聖女様。さきほど『もらってよいのか』と聞きました! 答えは『否』。まだこちらのターンです!」

「小癪な……汚い人間じゃ。矮小で、浅はかなり……最後の質問にしてくれんか、ちと調べたいことができた」


(そこまで言わなくても……聖女様だってずるいじゃないか!)


「最後の質問、というか約束です。……お名前を教えてください!」

「……【アヴァリーザ】、じゃ。おいそれと人に言うな」


(アヴァリーザ、様――)


「わかりました」


 名を人に言いふらすなというと聖女様は家を出ていく。


「貴様らがどのように世界を巡っていくのかは知らんが、まあ、うまくやることじゃな」

「お達者で! またお会いましょう」

「うむ(貴様らが生きておれば、の) ……そうじゃ、これを」

「これは……?」

「儂からの手紙じゃ。 本当に窮地が訪れたとしたら、読め。それ以外は大事にしまっておれ」


 そういうと『黒の聖女アヴァリーザ』はさっさと去っていった。



 ――しかし、家の外から声が聞こえる。



「おい、竜! どこへ行った! おい! テンバーリーク! あの戯けめがッ……! 飯抜きにするぞ!」



 * * *



 砂漠の町のはずれ。

 砂漠と、町の境界が曖昧な場所。


 小さい二人がよく遊んだ場所。


 家に居づらかった少年が、幼馴染と一緒によく遊んだ場所。


 簡単なテントを立てて家出をしていた。

 ――つもりだった。


 町の人々も少年少女がそんな場所で遊んでいたことなどは知っていた。朝になり、暑くなったら家に帰る。そんな遊びをしているのだと。


 本人たちは家出をしているつもりだった。


「やっぱり、狭いですね。十年かそのくらい経ってしまったんでしょうか? 身長も伸びましたし」

「そうかなぁ、ラスターはそんなに伸びていないと思うけど……」

「ばかな! 伸びましたよ! こうして寝っ転がると頭と足がテントについてしまいます!」


 小さなころのように屈託なく、笑いあった。


「ラスター……今まで、ごめんなさい」


 お湯を沸かして、お茶を入れながらマーシュは、雨を降らせた少年に謝る。


「なにがです?」

「雨を降らせるなんて神さまじゃないんだから、とか。変な物ばかり作ってないで仕事をして、とか」


 カップの一つをラスターへ手渡す。


「いいんですよ。当然の反応だと思いますし、雨は降りましたし」

「ラスターが降らせたんじゃない」

「あの人たちが降らせたんです。僕は降らせたい、と思っていただけです。あの人たちが僕と装置を動かしたんだと、思います」


 受け取ったカップは沸かしたて。喜んで雨に打たれていたうちに低くなった体温に染みわたる。


「もっと、自分を誇ってもいいじゃないの……」

「いえ、マーシュ。僕は本当は何度もあきらめかけたんですよ。「僕に何ができるっていうんです」なんて言ったら、ユーミさんに怒られました。『頭がいい僕が考えようともしないのに、わたしたちが分かるわけないでしょ』って。あの人達だってわからないのに必死だったんです。僕たちの町を救うために――信じられますか? あの人たちは来たばっかりの何の縁も所縁もない町のためにあんなミイラに立ち向かったんです」


 マーシュはラスターの表情を見て何も言わずに何度か首を縦に振ってから、そっとカップに口を付ける。


「雨は降りました。聖女様はこの町はしばらく潤う、とおっしゃっていましたよ? 僕はカナメさんとユーミさんが行く先々で、どんな奇跡を起こすのかこの目で見てみたいと、そう思ったんです」


「…………」


「ねえ、マーシュ」


「聞きたく、ない」


「聞いてほしいんです、マーシュ。 僕は、あの人達について――」


「どうして! どうして、みんな……私を置いて行ってしまうの! ……私が、なにをしたの……?」



 両親に置いて行かれ、寂しくて似た境遇の少年を放っておけなかった。少女だったマーシュはラスターの世話をしながら、傷を舐めあっていると思っていた。

 ある時、ラスターが夢を見始めてから、置いていかれたような気がして、気が気ではなかったのだ。独りぼっちになってしまうと。


「……マーシュ。カナメさんとユーミさんは世界を救う旅をしているんですって! 笑っちゃいますよね!? でもきっと叶えてしまうでしょう。なんだかそんな気がするんです」

「そんなの……」


 分からないと、言いかけて、やめる。


 ラスターの目は、雨を降らせると言ってキラキラと目を輝かせたときの、あの時と一緒だった。

 そうして、雨を降らせたから。


「この町は多少、潤いましたが、まだまだいろいろなものが足りません。世界中で、色々なものを見て、学んで。また町の役に立つものを作りたいな、と思いました」


「…………」


「カラカラに渇いた街が、発展していく様を、見てみたいもんです。雨くらいであんなに騒ぐ町の人達、どうなっちゃうんでしょうか!」


 これからの事を夢見てカップのお茶に落ちたお月様のように目を輝かせながら、少年はけらけらと笑う。

 小さなころから何も変わってない。町の人、町の人、そればかり。自分の事は棚に上げて。


「だから、町を発展させるために、色々な装置を作るから。いろんなことを学んでくるから」


「…………」


「町の人が幸せになったら、その次にさ、マーシュ。……その時は、僕と、結婚してはくれないでしょうか!」


 突然の告白に、マーシュは何も言えずにいる。

 応えなんて決まり切っているのに口から物を言えない。嗚咽がぼろぼろ出てくるだけだ。


 言葉がでないから、壊れたおもちゃのように何度も何度も首を縦に振る。


「留守の間は、僕の財産をなんとか守り切ってくださいね」


「…………家も、変な装置も崩れちゃったじゃない」


「マーシュ、君をです」



 少年は少女の目にも大粒の雨を降らせた。

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