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笑いごと

 家に戻ると――いや、結果的にラスターの家はなかった。巨大なミイラに潰されてしまったようで、屋根は潰れて壁は倒壊。思い出深い様々な装置は粉微塵となっていた――戻れなかった。


 ユーミを負ぶったカナメと、途中でカルブを拾って運んでいるラスターは呆然としていた。


「どうしましょう……家を無くしました」

「そうみたいね」


 カナメとラスターは顔を見合わせ、「あらあら」とどこか他人事のように家だった物を見ていた。


「――ラスター!」


 声と、バサバサ羽ばたく音がしてその方向を見れば、足を怪我した幼馴染が聖女様とともに純白の竜に乗っていた。


「マーシュ。無事だったんですね、よかったです」

「本当にラスター、あなたが、雨を降らせたっていうの……」

「マーシュちゃん。本当にラスターが降らせたんだよ、変な装置と変な宝石を使ってね。そのためにはあのバカでかいミイラを倒す必要があったわけで」


 巨大なミイラが町を襲ったことは申し訳ないが必要だったと少しだけ弁明する。


「おかげで、代々受け継いだ僕の家はこの通りです。あっはっはっは」

「笑いごとじゃないでしょう! 危ないことばっかりして……ばかぁ……」


 心配していたのだろう。不死系の魔物が闊歩する遺跡や宝石泥棒、そして巨大なミイラと戦うなど、下手をすれば命を落としていてもおかしくはないのだから。

 マーシュは顔を両手で覆って泣き出してしまった。


「いえいえ、マーシュ。笑いごとですよ! 見てください、町の人たち! 慌てて体を洗ったり、大口を開けて雨を飲もうとしてる人。あはは、あんな小さな子まで桶を運んばせて! 皆、渇いていませんよ、生き生きしています! これほどの【笑いごと】はしばらく見た記憶がありませんっ!」


 少年はこの状況に比べたら、命の危険も、家も財産も無くなったことさえ笑いごとなのだという。


「おっ、ラスターじゃないか!」


 町の人達が声を掛けてくる。


「見てたよ、ラスター。お前のへんてこな装置が雨雲を出すところをよ!」

「そんなばかな! ……本当かい?」

「ああ、瞬く間に小さな雲が広がっていってな……」

「うちは婆さんが歩けないから逃げられないでいたからね、家から見ていたけど本当だったよ」

「たいしたもんだねえ……仕事もせんで変な事ばっかりしよると思ってたら……悪かったよ」


 噂を聞いた街の人が次々にラスターへ過去の態度の謝罪と雨を降らせたことへ感謝を告げに来た。町の人とラスターのやり取りを見ていた幼馴染はさらに涙を流し、嗚咽を上げた。


「そうじゃの。封印のミイラが消滅したんじゃから、暫くこの街の付近は潤うじゃろう。砂漠が森になるようなことはないが。おっと、勘違いするなよ、儂がミイラを封印してから町ができたんじゃからな? 水の精霊の加護、オアシスに集ってな?」


 聖女様が弁明する。

 ミイラを封印したために町が渇いてきたのではなく、ミイラを封印した際、水の精霊の力の余波でできたオアシスに旅人が集い、町になった。

 ミイラの渇きは絶えることがなく、精霊の力を上回ったために町が枯れていったのだという。

 尤も、そんな昔の話は誰も確かめることなどできない。


「まぁ、マーシュといったか? 娘。人間どもは風邪をひくじゃろう? お主の家に滞在させてくれ。儂は雨が嫌いじゃて」

「――聖女様ったら!」


 皆で笑いあいながら、マーシュの家に皆で滞在させてもらうことにする。



 天から降る大いなる恵みに人々は歓喜し、底が抜けていないものは靴でも帽子でも何でも引っ張り出し、雨水を溜めていた。変わり者だと笑われた、少年が降らせた雨を。



 * * *



 マーシュの家――。


「よく考えてみれば、『黒の聖女様』。貴女様への数々の無礼をお許しください。また、助けていただいて感謝いたします」


 現実主義、堅実なマーシュはしっかり聖女様へ礼を伝える。


「よい、儂が仕損じた厄災じゃ。消滅してくれてしこりが消えたというものじゃ」


 家主がこの大雨で水を溜めて作ったお茶を全員に入れてくれて、聖女様はその味がお気に召したようだ。


「この茶は、良いな。腕がよく香りが飛んでおらん、それに、《水》もいい」


 ラスターはぐっ、と涙ぐむ。

 聖女様はこのお茶に使われた水がどうしてここにあるかは知っている。


 マーシュのベッドを借りてユーミを休ませてもらっている。持ち主である彼女は今夜、どこで眠るのだろうか。


「のう、娘。この家には、お主ひとりか?」

「ええ、聖女様。両親はもう何年も前、私が小さな頃に別の土地に出稼ぎに行くと言って、まだ、戻ってきてはいません。年が移り変わる時期には毎年帰郷すると言っていたんですが」


 ふふ、と口元だけで笑みを作って、マーシュは答える。


 カナメも気になってはいたが言い出せなかった。

 両親はきっと。


 ラスターはうつむく。


「すまぬことを聞いたのう」


 黒の聖女は表情は変えないものの、素直に謝罪してお茶のカップを口に運ぶ。


「そうだ! 聖女様、カナメさん、ユーミさんも眠っていることですし、今夜はこの家をお使いください。この家はむさくるしく狭いですが、三人と、その、一体? でしょうか。でしたら不自由はないと思います。両親が使っていた布団はまだありますので!」


「儂はよい、ホレ」


 聖女様が顎で窓の方を促すと、さっきまでの土砂降りはすっかりなりを潜め、美しい月夜となっていた。


 砂漠の町はその姿を濡らしてキラキラと輝き。そこらかしこ何でもかんでも溜められた雨水。その水面に月が浮かび、数千もの月が見える夜となっていた。


「ラスター!」


 少しの間、窓から見える景色に見入っていたマーシュは幼馴染の名を呼ぶ。


「ねえ、久しぶりにテントを出してみない? 小さい頃みたいに!」

「あはは、懐かしいですね。今では狭いのではないでしょうか」

「いいじゃない、ね? 昔みたいに町のはずれの砂場にテントを立てて」

「わかりました、カナメさん、聖女様、マーシュの家は自由に使ってください。寝るときは鍵は閉めなくて大丈夫です。盗まれるような財産もありませんので」

「ちょっと、ラスター! あなたが言うことじゃないでしょう! でも、本当に自由に使ってくださいね!」


 収納からごそごそとテントや簡易的なコンロ、食器などを取り出して、賑やかに出ていく二人。


(いい感じの二人だ、雨降って、地固まる、ってことかねえ)


 本来であれば三十歳手前の成人男性だったカナメは二人の関係にもじもじしてしまう。青春というのは過ぎた者からすれば眩しすぎるのだ。


「さて」

「聖女様、行ってしまうのですか……?」

「いや、裸。貴様と話がしたいと思ってな?」


 黒の聖女ははっきりと、奇跡ばかり起こすこの少年が気になっていた。



 * * *



 聖女様とカナメ。

 すっかり眠り込んでいるユーミを除いてテーブルについている。


「聖女様。今回も本当に助かりました、ありがとうございます」


 テーブルにおでこが付くくらいに頭を下げる。


「礼なんぞ、よい」

「ですが……」


 頭を上げると、聖女様は黒いお召し物のスリットからはだけた足を組んでこちらを見ていた。


「――金じゃ」

「え……」

「礼なんぞ、いらん。腹の足しにも魔力の足しにもならんもんは、いらん。金をよこせと言っておる」


(そうだった、この聖女様、“がめつい”んだったッ!)


「全財産を、とは言っておらんじゃろうが……半分でよい。持っているのは魔術で調べがついておるんじゃ」


 ゴブリンキング討伐の報酬でそこそこのお金はあるが、旅を続けるためには資金が必要だ。


「ぼ、僕達、世界を救うために……ッ」

「裸。貴様……、儂を題材に【面白い絵】を作って売っていたのぅ……? 法的には不問としたが、許すと言ったか? “儂本人”が許す、と言ったのかのう?」

「――アリガトウゴザイマス、すぐにお支払いします」

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