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聖なる雨

 まるで人が変わってしまったようなユーミはゆっくりと言葉を紡ぎだす。祈るように胸の前で手を組み、鋼鉄の杖はその前、少し離れたところで地面と垂直に浮いている。


「光の、水の精霊よ。そしてそれを使役する者、認められた者、カナメ…… 今のわたしに力を貸してください」

「え? おい、ユーミ?」


 少女の変貌にカナメははっきりと困惑した。いつも幼い少女の様なあどけなさで元気に話す、ユーミとは程遠い。


「水の精霊の力により邪を祓う水を作り、光の精霊の聖なる力を用いて増幅しましょう……」

「どうしちまったんだ? おい?」

「聖なる大地に聖なる雨を……カナメ? あなたはこれからも奇跡を起こすでしょう」

「ちょ……」



「――――【ホーリィ、ホーリィ】!」



 目を閉じ、組んでいた両手を広げて聖なる魔術の名を唱えると、ユーミを中心に光のドームが広がっていく。町を包み込むほどに光が広がったかと思うとそれを受けた雨粒は、その一つ一つが輝く粒となって降り注いだ。


 木乃伊は、その呪いの体に聖水の粒を受けると白い霧を出しながら火傷のような傷をつくる。

 聖なる雨で溶かされては、その傷を修復していく。しかし傷の修復を繰り返すほど、巨大な体が小さくなっていく。


 呆気にとられながらジェニーを見ていると、カナメは再度、頭痛に見舞われる。


(痛え! ……なんだ? 世界樹の枝が!)


 杖にしていた世界樹の枝、地面に突きたてていた部分から“根”が伸びていく。


 一枚だけつけていた葉は、聖なる光を受けてその数を増やし、みるみる高く、強靭に育つ幹は大地にしみ込んだ聖なる水を吸い上げ、さらにあり得ない速度で成長をしていった。


 精霊たちは舞い踊りながら、世界樹の根と葉に水と、光を与え続ける。


「ど、どういうことだ? 何が起きてんだ!」


 目まぐるしく状況が変化し、戸惑うカナメ。

 雨は降り止む気配がない。


 元の巨大なミイラの大きさほどに世界樹が成長したときには、すでに【ジェニー・ハニヴァー】は人間とそう変わらぬ大きさになっていた。


「ね、カナメ? あなたの、答えを――」


 聖なる光を発動させた彼女は、カナメにそっと促すとゆっくりと目を閉じ倒れ込んでしまった。光の精霊が慌てて聖剣のもとへ舞い戻ってきたかと思うと刀身に宿り、眩しいほどに煌めく。


「なんだかよくわからないけど、とどめを刺せってことね、オーケー……僕だって、そのくらいはしないとな――うおおおおおおお!」


 剣術の心得などないが、たいして巨大でもない弱ったモンスターに走って行って刃を突き立てることくらいできるだろう。

 ヘロヘロの足を何とか回転し、人で在れば心臓があるであろう場所へ狙い通り聖剣を突き立てると「オオオオ」とうめき声をあげながら、その体が崩れ始める。


 さすがに足に限界が来て尻もちを付けば、崩れ去ったミイラの立っていた場所へコロンと小さな赤い石が転がる。


 最後に白い霧が立ち上るとカナメには、それは哀れなミイラの魂が天へと昇っているのかもしれない、と感じられた。


 上空から、竜に乗った『黒の聖女』様が降りてくる。逃げ回る町人を捕まえて何かあった際に、と防御結界の魔術を施してきた。

 しかし、大きな光を感じて戻ってくると彼女ですら想像もできなかった状況が広がっていたのだ。


「一体全体、何をしたんじゃあ、こいつら……“ジェニー”は消滅したようじゃが……」


 そこには尻もちを付いたカナメ、ばったりと倒れたユーミ、天を仰いで雨を全身に浴びようとする少年。

 それに――。


「――世界樹、じゃと!?」


 先ほどまでは、確かになかったはずの、金属的な部品をその身に宿す一本の木がそびえたっている。


「あ、聖女様! また助けていただいて……」

「おい、裸。貴様は何者なんじゃ……? この木……そして、ジェニーは一体どうやって消滅を……」

「そうだ、ユーミッ!」


 はっと思い出して地面に倒れ込んでいるユーミのもとへ駆けようとするとするも足がもつれて転げるカナメ。


 しかし、ふわふわと不思議な力で体が浮き上がり、ユーミのもとへとすっと音もなく降ろされた。

 どうやら釈然としない表情を浮かべながらこちらを見つめる聖女様が移動させてくれたらしい。


「ユーミ! ユーミ!」


 肩をゆすって名前を呼ぶが目を覚まさない。


「心配せんでもよい、なんだか知らんが、力を消耗したんじゃろ? 魔力がカラカラじゃ。魔力切れなら時が解決するじゃろ。それより、日が暮れるし雨もふっとる――珍しくな。風邪をひくからどこぞの家に入れさせてもらえ」


 そういうと竜の頭をポカリと杖で叩いて飛び立っていく聖女様。

 恐らく結界で守っているという町人を呼び戻しに行ったのだろう。



 枯れ行く町を救った、雨を降らせた少年は、その一粒一粒を慈しむように、両手を広げて雨との再会を喜んでいた。


 * * *


 ユーミを見ると、意識はないようだが、しっかり呼吸をしている。聖女様が魔力切れ、と判断したので恐らく間違いはないのだろう。


 【ジェニー・ハニヴァー】に突き立て、その消滅とともにカラリと上品な音を立てて地面に落ちた聖なる短刀を見た。


(はじめは禍々しい剣だった。聖女様の目を騙してしまうほどに。この剣は、なんなんだろう?)


 しかし、考えたところで応えは出ない。

 今も狂喜乱舞そのもの、天から降り注ぐ雨を熱心に身体に浴びている彼の元へと歩み寄った。


「ラスター」


 声を掛ける。


「カナメさん! 見てください。雨ですよ! 雨が降っているんです!」

「知っているよ。おまえが降らせるのを見てたんだから」

「……僕がだなんて。おこがましい事です。僕一人ではこんな結果にはなっていません」

「でも、ラスターが降らせたんだ」


 ラスターは肯定をしなかった。その代わりぐずついた空を仰ぎ、少しだけ満足げにカナメへと問いかける。


「……いつまで、降るんでしょうか」

「さぁな。止むまでは、降ってるんじゃないかな」

「…………ありがとうございました」


 ラスターは笑っていた。


「なにが?」

「……なにが、って銃についての助言や、遺跡でのこと、ミイラに、雨に――」


 礼を言われても、今、空から落ちて来る水滴がどうして降っているのかと言われれば、カナメだけの功績ではない。だから言った。


「――ラスターが行動したから、結果があるんだろ。なんにもしないでいたらそのどれも始まってもいないんだから。ラスターのもたらしたもんだよ、全部。それに雨がやまなければそれはそれで災害がおきるぞ。今度は太陽をのぞかせる装置でも作らないとな」


 少しだけきざったらしい台詞を吐いてしまい、恥ずかしくなったので最後に茶化す。


「ま! 夜は寒くなるぞ。ユーミが風邪をひいちまうから家を貸してくれ。お前も早く戻って、たっぷり水を飲んで風呂にでも入ろう!」

「はい…………カナメさん。お願いがあります――」



 町には人々が戻って来始め、それぞれ、顔を天に向け雨を飲もうとする者や、家族総出で小さな子供にも桶を持たせて家の外いっぱいに雨水を溜める者、半裸で手ぬぐいの様なもので体を拭くもの。

 様々な者が雨を堪能していた。

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