雨と木乃伊と精霊と
「マーシュ! 大丈夫ですか! 怪我は?」
白い竜が降下して地面に近づくと良く見知った少女の窮地を救った彼は駆け寄って声を掛ける。
「うん、足を挫いただけ……でも走って逃げるのは、無理かも」
ユーミは、いつも怪我をしているカナメの背中を見ると、今回は大丈夫そうだと安堵して涙ぐんだ。
「カナメっ! ぐすっ」
「大丈夫だから! ユーミ、泣くなってば。まずはあれを何とかするんだ!」
あれとは勿論、穿たれた手をすぐさま修復して、再度集まってきた水分達に目の色を変えるミイラの事。
泣き出しそうなユーミを諭し、敵に向き合う。
「おい、裸」
変わらぬ美貌に、これまた美しい漆黒のお召し物を身にまとう『黒の聖女』様。なぜかユーミとラスターをここまで連れてきてくれたばかりか、あわや危ないところを救ってくれた。
一点、腑に落ちないとすれば。
(確かに火が燃え移ったから、服を脱いだがまだ下着は付けている。裸じゃあ、ないはずだ)
「嫌ぁな予感がしてきてみれば。また渦中には貴様かぃ……厄介なものを目覚めさせてくれたのぅ……?」
そう言って杖を振り、強烈な爆発音と熱気を伴った爆炎の魔術でミイラの頭部を消し飛ばす。
首から上がすっかり何も無くなってちりちりと音を立てるが、巨大なミイラは倒れることはない。
「あ、あのミイラは一体……」
「ありゃ、確か【ジェニー・ハニヴァー】と呼んどった。千年と少し前に、儂がこの地に封印したんじゃ」
「聖女様が!?」
消し飛ばされた頭部はしかし、黒い霧をまとって決して短くはない時間で復元を始める。
「砂漠で彷徨う一人の木乃伊がな? 同じように行き倒れ、砂に埋まって木乃伊になった同族をどんどんどんどん、吸収してああなった」
「どうやって倒せばいいんです!?」
「ふむぅ……わざわざあれを目覚めさせてくれたうえに痛いところを突くのう。儂の魔術を以て三日三晩こうして――」
手にした杖を華麗に繰りながら魔術を発動させる。
ぼむ……と破裂音をたて、再び復元しかけていた頭部が消し炭となった。
「――燃やし続けたんじゃが、何度も復活してしもうての。どうしたものかと思っとったら、精霊の王が水の精霊を以てして封印を手伝うてくれての」
「ウィシュナ、が?」
「人間がなぜその名を知っとるか知らんが、これをどうにかしようと思うたら本物の“聖女”か“精霊王”しかよう勝たん。浄化してやらなぁ消滅せんじゃろなぁ」
(本物の……聖女? それに精霊王……だって?)
「知っとるか知らんが、儂は本来は魔女上がりでな。聖なる力なんぞ持っておらんで、相性が悪い。精霊王も現世に姿を現すことはできんじゃろ」
三度、爆炎を以てミイラの動きを止める。
だが何もないはずの首から上は黒い霧が立ち込め、ズルズルと頸椎が伸びてきて頭蓋骨を実らせる。
「しっかし、焼け石に水。ちょいと儂は散り散り逃げ回っとる町人を集めて結界を張ってこよう。また戻ってくるから、ちょいと時を稼いどけい」
そう言うと魔術だろうか。
ふわふわと、驚くマーシュを浮き上がらせ、竜の背に乗せる。
「もうひとっ飛びじゃあ」
聖女様を乗せてきた、伝説の生き物を促すが、竜は一度、聖女様に視線を合わせたかと思うと、ぷいっとそっぽを向く。
『ぱかーん』と手に持った杖で竜の頭を殴り、再度命令する。
「飯抜きにするぞ、戯けが」
颯爽と気怠げな竜に乗り込みながら、行きがけに杖を振るいミイラの頭部と両手を爆炎で吹き飛ばす。
「さて、どうしたものかのぅ……」
小声で呟きながら飄々と去っていく聖女と竜を見送る。
「す、すごい魔術――質も、範囲も、けた違いだ……黒の聖女様は本当にお強い……」
同じ、魔術を扱う者としてユーミは感嘆と呟く。しかし今は。
「ユーミ、今はまずあれの足止めをしよう、聖女様が戻るまで時間を稼ぐんだ」
黒い霧によってたちまち、吹き飛ばされた頭と手が修復されていくジェニーを見上げる。
(あんなに強烈な魔術でもこんなに早く修復する……僕とユーミの魔術では火力が足りるかどうか)
「けど……ユーミ、やるしかないないんだ」
「お、おうけいだよ、やってみる!」
ユーミの前にスクロールを出現させる。今持つ最大火力はこれしかない。不死属性のモンスターには火の魔術が効果的だろう。
「【二人の冒険・砂漠の思い出】」
キラキラと光を散らしながら数多く光のスクロールを消費し、火を、炎を、立て続けにぶつけていく。
凄まじい熱波がカナメ達にも到達し、聖女様の放つ魔術を見た後では見劣りがするものの、顔面は黒く炭化し煙を上げている。
――だが。
「よけろぉっ!」
ユーミがカナメを“お姫様抱っこ”して木乃伊の手を飛び退いて躱す。
(……これじゃあ、逆だ! あ、いい匂いがする)
「くそっ! 日が沈んじまってるから光が足りないんだ、全然火力が足りない」
「僕の弾薬ももう残り少ないですっ!」
ラスターはたまに失敗しながらもまだ完成したばかりの銃で援護に回るが、先ほどは手に穴を開けたものの、穴程度ではすぐに修復してしまう。
(蜃気楼で……足止めするしかないっ)
だが、水の精霊はまだ水を補給しなければその力を発動できそうにない。
そう考えている間も、渇いたジェニーは執拗にこちらを捕獲しようと暴れまわる。渇きの禁断症状だろうか、徐々に暴力性が増しているようにも思える。
「……! そうだ、ラスター!雨を降らす装置は!?」
「持ってはいますが、成功するかは分かりません!」
「わからなくても、やってくれ!!」
「ですが!」
「ユーミ、危ない! 右だ!」
お姫様抱っこされながら、カナメはユーミに指示を出して逃げ惑った。
「どうせ雨を降らせるんだったら、後でも今でも変わらねえだろ! 銃だってちゃんと作れたじゃねえか!水がいくらかあれば、多分あいつを足止めできる!」
「……ッ わかりました……やってみます!」
膝を地面に着けしゃがみ込んだラスターが取り出したのは四角錐のカタチをした謎の装置。前世では見たことがないような不思議な装置だ。魔力を源に起動させるのかもしれない。
ポケットから遺跡で入手した水色の宝石を取り出し、装置の裏に取りつ調整を始めた。
そうして、祈るように両手で装置を天に掲げると淡く水色にラスターの手元は光り、ばしゅんと音がする。装置から光が放たれ、まるで打ち上げ花火のようにひゅるひゅると天に向かって伸びていく。
上空に打ちあがった光は小さな小さな、雨雲となった。ラスターは歯を食いしばりながら雨雲を見る。
「雨ッッ! 降らさんかいいいいいいいい!!」
ラスターの叫びが響いた、瞬間――。
申し訳程度に少しだけ稲妻がほとばしり、周囲に渦を巻きながら雨雲が増幅していく。
みるみる周囲は真っ暗になり、やがて。
ぽつ
ぽつ、と。
「――もっとおおおおおお!」
カッと光ったかと思うとゴロゴロと重たい音で雷鳴が鳴り響き、さらに雨雲は大きくなっていく。
やがて砂漠の空では滅多に見られない雷雨が辺りを包み込む。
「あ、雨ぇ~~………ッ!!」
ラスターは自分で作った装置などそっちのけで両手を天に広げ、雨を浴びていた。その目はキラキラと輝いていたが、雨か涙か定かではない。
「オオオオオオオオ……」
そして同じように天を仰いでその雨を全身に吸収しようとするジェニー・ハニヴァーと呼ばれた木乃伊。
(違う……)
ユーミに地面に降ろしてもらいながらカナメは思う。
(時間稼ぎじゃ、だめだ)
「この雨は、ラスターが町に降らせたもの……お前に飲ませる雨じゃねええええ!」
水の精霊はジェニーに負けじと雨を吸収して、その力を取り戻す。
世界樹の枝を杖代わりに辛うじて地面に立っていたカナメの傍らで、光の精霊と水の精霊は踊りだす。
「なんだ……? ぐぅっ!」
また――。
カナメの脳に電撃が。
こめかみから千枚通しを貫くような痛みが走る。
「痛っ……てえええ」
ふと、手に持った世界樹の枝が温かみを持っていることに気付く。
じんわりと。脈動さえ感じる。
「ね、カナメ……」
声を掛けられ、異世界を一緒に旅してきた少女の方を見る。
明るく元気ないつものユーミと様子が違う。淡く光を身にまとい、胸の前で祈るように両手を組んでいた。
「ユー、ミ……?」
顔を見ると瞳の色が普段とは違っている。
彼女から発せられる空気はどこか清らかで、荘厳。
まるで――。




