渇き
「カナメっ!」
勇敢に飛び去ったカナメの後姿――顔はこちらに向けていてなんともひどい表情をしていたが――を見送るしかなかったユーミ。
ラスターはユーミに言われたことを思い出して反芻する。
「カナメさん……僕にできることは……」
「追いかけなきゃ! カナメは一人じゃ魔術を使えないんだから!」
「だけど、今から走ったところで間に合うか……」
「どうして先に諦めるの! カナメとカルブは戦ってるんだよ!」
距離、力の差、質量に大きさ。
数々の問題に焦るユーミとラスター。
ふと、背後の方でバサバサと何かが飛んでくる音が聞こえ、そちらの方を振り返ると、夕焼けの太陽の中にシルエットが浮かぶ。
そうして、億劫そうに飛来したそれは、二人の頭上の辺りで羽ばたきながら愚痴をこぼす。
「何者かが【ジェニー・ハニヴァー】の封印を解いたと思うて来てみたら、全く……呆れた男じゃのう」
* * *
「実際にはなくたっていい、有ると思わせることができれば足止めできるかもしれない!」
カナメは精霊たちに話しかける。
「水の精霊君、水を出して、広げてくれないか! 光の精霊君は、光を屈折させてくれ!」
うまくいくかは分からないが、これしかない。やってみるしかない。
砂漠の上で平らに広げた水。
「大した量は出せないけど、大した量に見せてやる!」
広げた水のその上、ミイラまでの直線状、光の精霊の力で水面上の光を屈折させて、【蜃気楼】を作り出すと、巨大なミイラは突如現れた蜃気楼のオアシスに喜び、咆哮を上げる。
「オオオオオオオオ」
光の演出でキラキラと水面にゆっくりと沈んでゆく太陽を映すオアシスにすっかりと魅せられたミイラは少し町から外れたルートに向かって歩き始めた。
「そんなに長い時間は持たないけど、この間に、町の人を避難させるんだ」
しかし、散々逃げ回ったカナメは足が木の棒のようだ。
走れる気がしない。
「くそっ! 動け! ばかやろう!」
「…ナメ ハシル?」
カルブの提案を、今度はありがたく受け取らせてもらう。
「助かるカルブ! 早く町へ! 頼む!」
そういうとカルブはカナメの襟元を掴み、この世界の俊足の馬ほどの速度で町へ駆ける。
「引きずることはないだろうがあああああーーーー…… 」
町の入り口へ着いてピタリと急停止したカルブ。同時に襟元を掴む手を放してくれたが、慣性の法則によりカナメは吹っ飛ばされる。
突然現れたなんだかよくわからない人型の物体を見て、町の人々は驚いていた。
――今日はアゼラールの千年祭。
町の人々が集まり、入り口からほど近い広場では薪が組まれ大きなかがり火が灯されている。その炎にごろごろ転がって突っ込んだカナメは服に引火し燃え上がってしまい「あち、あち」と悶えながら急いで服を脱ぎ棄てた。
薪は飛び散ってすっかり厳かな雰囲気は霧散してしまっていた。最後の力を振り絞り魔石の燃料が尽きたのか、カルブはその場で座り込み、沈黙してしまう。
(なんか雑じゃないか、こいつッ!)
「――だけど、町に着いた!」
息を切らせながら周囲を見渡すと、まだ町は無事だ。そして、カナメの背後から聞き覚えのある声が掛けられた。
「あ、あなたは……」
「君は、マーシュちゃん! 皆さんも! 早く避難してください! この街にミイラがくる!」
何をばかなと言わんばかりの目で、人々が訝しみながらカナメを怪しんで見ていると、不意に蜃気楼を作った方向で衝撃音と共にがらがらと建物が崩れる音がする。
――人々の視線の先には、蜃気楼の水を飲み干して町へ迫る巨大なミイラ。のっそりと動いているがその一歩一歩がかなりの距離を進んでくる。
「本当だ……」「伝承のミイラ!」「逃、逃げろ!」「きゃあああ!」
祭りの広場は混沌に支配され、人日は散り散りに逃げる。
「どうして、あんな大きなミイラが……ラスターは。ラスターはどこなんですか?」
マーシュは姿の見えない、幼い頃から世話を焼いていた少年を気に掛け、焦りを見せる。
「ラスターは後から追いかけてくる。僕達で何とかするから、君も逃げるんだ! 早く!」
「わ、わかりました!」
「オオオオオオオ!!」
ついに町に到着してしまったミイラは建物を壊しながら、建物に貯蔵されている水分を摂取しながらも、逃げ惑う水分達を追いかける。
(早く……ユーミ!)
再度、水を作り出そうとしたカナメの願いはしかし、先ほどの蜃気楼に使った水で最後だったようで、叶わなかった。
(大量の水で精霊の力を取り戻さないと……!)
「きゃっ!」
声のする方向をみると先ほどまで町人の避難を手伝ってくれていたマーシュが、逃げ惑う人にもみくちゃにされ、倒れていた。
「マーシュちゃん! 大丈夫か!? 走れるかい?」
駆け寄って手を貸す。
「痛たっ――走るのは、無理かもしれません……」
彼女の足首は捻挫、だろうか。血が出ているし、赤く腫れあがっていた。
(何とか戦うしかない……!)
地響きを起こしながら、着実にミイラはこちらに迫ってきていた。 逃げ回る水分より、動かない二つの水分に狙いを定めたのだろうか。カナメとマーシュに大きな影を落とし、その手を伸ばす――。
くそ、とこぼしながら右手に聖剣を、左手に世界樹の枝を握り、その身一つで抗う決意をする。
――だが。
爆発音が響き渡り目前に炎熱が広がるとたまらずに顔をそむけてしまい、再び目を開けた時には、水分を失ってガサガサした巨大な手には大穴が開いていた。
飛び散った乾いた干し肉のような破片は黒い霧に変化したかと思うと、ミイラの手に戻り、穿たれた傷をたちまち修復する。
「マーシュ!」
銃口から煙を上げ、幼馴染の名を呼ぶ。
「ラスター! 何が起きているの!?」
「カナメッ!」
仲間の声だ。ホッとしながら声のする方向をみると、白い竜に乗ったユーミとラスター。
それに――。
「聖女様ッ!?」




