トビマス
「――があああああああっ!」
ミイラを止めるため必死に走り続けるカナメ達。自分達が追いつくのが先か、ミイラが町に着くのが先か。
距離をおおよそで目算すれば、ゆっくりな動きとはいえ途轍もなく歩幅が大きいミイラは町に着くのにそう時間は要さないように見える。
それに、町に着く時間制限までにあの巨大なミイラを倒す算段もまだない。
転生の際、筋力を増強してもらって強力な装備品で身体強化をしたカナメは言わずもがな、意外と戦闘力のあるラスターも、見た目に反して力のあるユーミも、そろそろ体力の底が見え始めてきている。
「なぁっ、ユーミ! 空を飛べる魔術とかスクロール、ないかねえっ?」
「な、ないよっ! あったらもう飛んでるってば!」
「だよなあっ!」
巨大なミイラは不気味で耳障りな雄叫びを上げながら、ゆっくりとアザラールの町へ歩いていく。少しずつ追いついては来ているが、近づくほどにその巨大さに怖気づく。
「……きっと僕が、僕がミイラの封印を解いてしまったんだ……」
遺跡で宝石をとった瞬間の事を思い出してラスターは後悔する。
「落ち付けよ、ラスター。水の精霊君もそう長くは持たないところだった、って言ってる」
「ですが五年、十年は持ったかもしれません! その間に町の人は水が枯れてほかの町に移り住んだかもしれない……でも僕は、町を移った人たちを、笑っていました……」
「……そんなこと」
ラスターは必死に走りながらも、砂漠では貴重な水分をその目から垂れ流した。
「ばかですよねえっ! 町を救いたくって、雨を降らしたくって意気揚々と遺跡に入っていったのに! 結局、町を危険に晒してしまっているんですッ!」
「…………」
「町を、人々を……マーシュを救いたいッ! 困っている人を助けたくって、いろいろなものを作ってきたけど! ……何も、何一つ、救えないッ、助けられない!」
泣きながら、しかし走り続けた。
「ラス―――」
「うるさいなぁっ!」
言葉を掛けようとしたカナメを遮って、そうなじったのはユーミだった。彼女もまた涙を目に溜めながら続ける。
「あのでっかいのを何とかして! 雨を降らせればバッチリ解決じゃない! ほっといたらこのままひからびちゃうかもしれない町を救うために、そのためにミイラの封印を解いて倒す必要があったんだよ、って! もう、水の心配なんてしなくていいんだよ、って! ……カナメならそうするよっ」
「あ、いや、あの」
「あまり僕に期待しないでください」と言おうとするカナメを無視して激を飛ばす。
「諦めるんだったら、そこで見ていればいいじゃない! あとでわたしたち、たっぷりお水を飲んでお風呂に入るんだから! それをうらやましそうに見ていればいいじゃない! 自分は何もできなかったって、後悔して笑ってればいいじゃない!」
「簡単に言わないでよッ! ……そんなこと言ったって……僕に! 何ができるっていうんですかぁっ」
「……頭のいいラスターが自分でわかろうともしないのに! わたしたちがわかるわけないじゃない!」
自分一人で魔術を使う事ができないユーミは、頭がよくて自分で武器を作ったり、色んな知識を持っているラスターが少しうらやましいのだろう。それでも、ユーミは頑張ってきていた。
強くなりたい、なかなか言い出すこともできず悔しい思いもしてきている。カナメの力で魔力を発動できるようになった今も同じだ。
「おいユーミ、落ち着けってば! 飛んで行けるわけでもない、走るしかないんだ! あ……そういやカルブ、おまえ空から飛んでこなかったか?」
ふと、空から落ちてきて着地満点の登場を思い出す。
「…ナメ トビマス?」
「は?」
飛びます? と聞いたのか? 聞き返す間もなく。
カルブはチャカチャカとカナメの方へ方向転換して走っていき、背後から両足首をがっしりと掴んだ。
「ぶぅふっ!」
走っている最中に両足首を掴まれれば当然、顔面から地面に倒れる。この異常な事態でも物理法則はきちんと仕事するようだ。
足首をがっしり掴んだ手は離さない。
カルブの背後パネルが割れて噴射機の様な装置がせり出して何らかのエネルギーを噴射する。夕焼け空へと。そのまま――。
――飛び立つ。
「ええ!? なんでぇぇぇぇぇぇぇーーーー……… 」
数々の危機を乗り越えて、数々のものを救ってきたきたカナメは、咆哮を上げながら。
今日も今日とて巨大なミイラに挑むというのか。
「ひ、ひぃぃぃっ!」
何らかのエネルギーで大地を飛び立ったカナメは、飛翔体に足首を掴まれた格好で滑降中。
放物線の最高点はすでに通過している。
『翔んだ』のではなく『跳んだ』のだ。
背後から足首を掴まれたため宙づり。進行方向へ後頭部を向けており、前方は見えない。
ミイラとの距離感は?
「かる、かるぶ、どこ、どこっど!? いま?」
パーティで今一番ミイラに近いのが自分達なのは確かだ。簡単には意識を放棄することなどは状況的に許されず、現状を確認する。
「…ナメ ソウデス」
「ふぇっ?」
捕まれていた足首をぐいっと引き寄せられる。
と、その時。
強烈な衝撃を伴って何かに衝突した。恐らく地面ではない。
「オオオオオオオオ」
耳と空気を劈く悍ましい咆哮からして恐らくミイラに衝突したのだろう。
「ぐげえ!」
紳士的なロボットが足を引っ張り、自身が先に衝突することでカナメに与えられる衝撃をある程度緩和してくれたようだった。
それでも人間の身では脳を揺らす振動と体の痛みは強烈。うめき声をあげながら落下し、砂を舞い散らせながら地面へと降り立った。
「ぅぐっ! ふぇええ、痛えええ! でも、だけど……生きてるっ!」
「ソウデス」
「そうですじゃねえ! 危うく死ぬとこだ! まあいい、生きてるし許す! けど、こっからどうする」
砂のクッションと、カルブに抱かれて着地を助けられ、何とか怪我は回避したようだが状況はよくない。
見上げると十階建ての建物ほどもある巨大なミイラ。先ほどはその顔面に強烈な体当たりをくれてやった。
しかしダメージはさほどない様子だ。渇いたミイラはカナメの体が持つ水分が魅力的に見えたのだろうか。ゆっくりとその手を近づける。
「ヒィィッ!」
全力で走ればその手は避けられる、しかし何度も逃げ回っていればじり貧、いつか体力が尽きるだろう。
(どうする、どうする、どうする)
かつてちっぽけと言われた脳でこの状況を打破する秘策を考えながらも襲い掛かる巨大なミイラの掌を躱す、カナメ達。
「ぶはぁあ、もう走れねえぞ! 捕まったらきっと食われてカラカラになっちまうんだろうなぁ!」
逃げ惑う潤いの方に顔を向けて逃さない真っ暗な双眸は吸い込まれそうなほどに渇いている。
捕まった後の事を想像してどっと冷や汗をかく。しかしその水分さえもミイラからすれば魅力的なのだろう。
カルブも攻撃はせずに一緒になって走り回る。疲れは知らないのだろうが、魔石の燃料が尽きれば果たして。
「カルブ! おまえはまだ、走れるのか?」
「ソウデス デスガ …ウゲキ マデハデキマセン」
「そうかい」
ふらふらと足がもつれだすカナメに、水分を欲するミイラの渇いた手が迫った。
「もう…だめ……ぽ」
体力の限界は思考を鈍くさせていく。
ついには足を止めてしまうカナメ。その目線の先にはミイラの真っ暗な眼窩。
しかしミイラはカナメの方は見ていなかった。
視線の先にはふわふわと空中に浮く水球があった。渇いた彼は飛び回る人の頭ほどの水にご執心している様子。
「水の精霊君か! 来てくれたんだな? どこにいるんだい?」
辺りを見回すとグラシエル王より賜った腕輪に宿ったらしく、ぼんやりとした涙型のシルエットが腕輪の近くで浮かび上がる。
( )
「ありがとうな! まだ、水を出せるか? 君にはどんなことができるんだい?」
( )
光の精霊の時のように、はっきりと言葉では伝わってこない。
しかし精霊王に与えられた力のせいかおおよその事が意識に刷り込まれてくる。
どうやら、あの水球のほかにもう少しだけ水を出現させることはできるが、光の精霊がそうだったように、この精霊も力が弱っており、本来の力は出せないようだった。
それに――。
ふわふわ逃げ惑っていた水球は、ついに捕らえられ、吸収される。
「オオオオオオオオ!」
咆哮を上げる巨大なミイラ。
「そうかい、美味かったかい! そりゃよかった!」
自嘲気味にぼやく。
(水で引きつけている間に町の人を避難させるか……だけどユーミ達、追いつけるか!?)
少し水分補給して落ち着いたのか、さらに大量の水分を欲し、カナメではなく町の方を見て歩き出す巨大なミイラ。
(まずい! どうする、どうする! 手持ちのカードは水の精霊君と聖剣、光の精霊君……)
ふと、カナメの頭上で豆電球が点灯したような気がした。
「ミイラは、見ていた……見えるんだ! 確かに水玉の方を見ていたぞ! こっちには光の精霊君だっている!」




