笑いもの
「父親は富を持っていましたが変わった男で、僕が幼い頃、指折り雨の少ない年だったそうで病によって死にかけたらしいのです。その頃から、この乾いた街を太古の昔みたいに緑でいっぱいの町にしたい、などと言い出して、仕事で稼いだお金は生活費をぎりぎりに切り詰め、行商から植物の種や木の苗などを購入しては街の片隅に植えていました」
そう話すのは砂漠の町で生まれ育ったラスターという少年。遠い目をしながら懐かしそうに、しかし記憶を掘り起こしながら父との僅かで朧げな思い出を紡ぐ。
「……砂漠に苗を植えたところで、雨が降らなければ成長しませんし、種が砂に根を下ろすことなど難しいでしょう。でも、来る日も来る日も種や苗を植えて、休むことはありませんでした」
時折、言葉に詰まりながら、愛情とも憎しみともとれない、複雑な表情を浮かべた。
「ある日、町から少し遠い砂漠に苗を植えに行くといって、それっきり戻ってきませんでした。何か月か経って、砂を掘っていたら出てきた「これが父親だ」と言ってミイラを見せられた時には涙も出ませんでした。そして父の亡骸を見た時から、母親は狂ってしまいました。水を飲むことができず、無理に飲ませようとすると吐き出してしまいます。この街では十分に水分がとれる食べ物もありませんから、もちろん母はカラカラに乾いて亡くなりました」
両親を亡くした経験などないカナメには駆ける言葉は見つからなかった。そしてそれらの経験から生まれた彼の、ラスターの目的は明らかになる。
「この街に潤沢な水があれば。そう思ってある装置を作ろうとしていると、町の人が僕を、人体錬成しようとしているとか、禁忌を犯している、などと噂をし始めたのです――さっき出て行った彼女は、『マーシュ』。僕と同い年で、ずっと僕の事を気にかけてくれています」
「ラスター、君が作ろうとしている装置っていうのは――」
「そうですね、内緒にしようとしたのですが……。【雨を降らせる装置】です」
話し終えたラスターは外気温のせいで一層ぬるくなった水で喉を潤し、少しの間沈黙した。
「雨を降らせる装置……簡単ではないわな」
カナメはうろ覚えの理科の知識を総動員して雨について考えるみる。
(たしか、海面なんかから水が蒸発して、雲になって、水蒸気が集まって重くなり、とかなんとか)
そのくらいの知識しかない。魔素や魔力などといった奇天烈な力さえあるこの世界ではその知識通りに事が運ぶとも限らない。おおよその原理は合致するだろうが。
「難しいからと言って、諦める理由にはなりません」
「……そっか。そうだな! それで、遺跡はどのあたりにあるんだ?」
「町から、南へ。岩に囲まれていて、入り口は砂に囲まれていたため見えませんでしたが、先日の大きな砂嵐によって砂が払われ、顔を出しました。町と町の交易路からは外れているので誰も見つけなかったのでしょう。僕が見つけられたのは偶然です」
「それで入ろうとした時に門番のに襲われたってことなんだな」
「ええ……正しくは門に入ろうとすると、道を阻まれた、という感じです。入り口から離れようとすると、追ってはきませんでした」
「それは……、ゴーレムか?」
「ゴーレムかもしれません。ですが、精度がまるっきり別物、です」
「強力、ってことか……」
「そういうことです」
「まあ、逃亡可能ならチャンスは何回かあるかもな」
「ですが、攻撃をするとどうなるかは分かりません。できるだけ初回に突破したいものです」
「ふうむ……」
「僕の武器はもうすぐ完成しそうです。カナメさん達の準備はいかがです?」
「僕らは大した準備なんてない。ラスターの準備が整ったら、向かおう」
「承知しました! まあ、待っていただきながらこう言うのもなんですが、町でもプラプラしていてください。明日には出発できるでしょう」
「おっけー」「おうけい!」
返事をして時間つぶしのために町をうろつくことにして外に出る。湿度は低いとはいえ照り付ける太陽はさんさんと降り注ぎ体力を奪う。人々の活気はまぁまぁだがこれから催されるお祭りの準備一色で、それが終わってしまえば渇いた毎日と虚無が襲い掛かる。そいった予感めいたものも感じられた。
「魔術品の店はおろか、面白い物なんかはないな」
――嘘だ。カナメはビキニトップに、透けているズボン状の衣服で描かれている踊り子。恐らくダンスステージのような見世物があるのだろう。そこに行きたくてしょうがない。
「そう……だね」
「でも、町の千年の創立記念日が近いってもんで、町の人たちは賑やかにしてるな。」
「うん。アザラール千年祭だってね。お祭り、見てみたいね。……あ。ね、カナメ。あそこ」
ユーミが指さす方を見ると、赤毛で少し褐色の女の子。ラスターの家で言い合っていたマーシュだ。
向こうもカナメ達に気付いたらしく、一礼をしてこちらに駆け寄って来た。
「あの、こんにちは。私はマーシュ、といいます」
「こんにちは、僕はカナメ、こっちはユーミだ」
カナメが挨拶をして紹介するとユーミもこんにちは、よろしくねと人懐っこく挨拶を返した。
「あなた達は、ラスターの家に滞在しているのですよね……お願いです! 変な物ばかり作るのはやめて、仕事をするようにとあなた達からも言ってください!」
変な物を作る手伝いをする予定だ、とはとてもじゃないが言い出せない。
「だけど、とても立派な信念を持っていて、この街のためにと頑張っているように思うけど……」
「それはそうですけど……雨を降らせるだなんて、そんな、神さまでもあるまいし。まれにですが雨は降ります。それを逃さずに溜める施設の建造や、水脈を掘り当てる仕事などについた方が町の人は喜びます」
確かに雨水は溜めておく必要があるだろう。マーシュという現実的な女の子の言うこともわかる。
「それに……町の人がラスターを見る目は――それが私には辛くて……」
こちらがマーシュの本音だろう。大事な人がそんな目で見られるが辛いのだ。
カナメは歴史の天才や偉人が、どのようにして歩んだかを学校やメディアで見てきた。体験したことはないが、どのようにして成ったか。その内容を知識としてくれてやることは可能だ。
「なあ、マーシュちゃん。偉大な発明家はいつもそうだ。「そんなことできるわけない」、そう言われて、笑われて。頭が可笑しな人だと思われたりすることもある。だけど完成してしまうとそんな声はピタリと止んでしまうよ」
(実際は失敗のままに終わる人も多いだろうが、彼はまだ若い。二十歳くらいになって急に考えが変わることだってあるんだ。挑戦しないで後悔するより今は、若いうちは一生懸命やった方がいいだろう)
「それでも、私は……」
マーシュは言い淀むと、踵を返して走って去って行ってしまう。
(難しい問題かもしれないけど、まだあの子たちは若い。現世でもこんな話はよく聞くもんな。夢見る彼と現実的な彼女。まあ青春だ、存分に苦悩してくれ!)
ひとしきり町を見て回って日が落ちると、カナメたちはラスターの家に戻った。
* * *
「おかえりなさい! どうですか、この町は。何にもないでしょう?」
御座なりにノックをしてから扉を開ければ笑いながらラスターが出迎えてくれる。
「何にもないことはないだろ、町があるんだから」
「いいえ、何もありませんよ、必要最低限のものが不足していると心に余裕が生まれないんです。みんなカラカラに乾燥していますよ! ここを移って豊かな町に移住しようとする人も大勢います。モンスターに襲われて砂に帰ってしまう人のほう多いですがね」
自嘲気味に言う。
「そろそろ武器の調整が終わります。試運転は上々ですよ、カナメさんの助言のおかげです」
「ああ、まあ大したことは教えてないけど、ラスターの頭がいいからできたんだろ」
「それもありますがね!」
三人笑いあって、それでは食事にしましょうとラスターが提案してくれた。
使える水は限りがある。スープなどはもってのほかだ。砂漠にいる蛇を焼いたもの。穀物を少しの水分で噛めるくらいに柔らかくしたもの。カップに少しの水。多肉植物のピクルスの様なもの。
食事をご馳走してくれるのはありがたいが、「おいしい」というのは難しい話だ。
「雨がたくさん降ればこんな食事とはおさらばできる、はずです……野菜に魚、果物。町の人も喜ぶでしょう」
嬉しそうに笑うが、その町の人たちからは冷たい目で見られている。彼はどんな気持ちなのだろうか。
「明日、遺跡に向かいましょう。今回の武器は自信作です!」
「なあ、ラスター。どうして遺跡には雨を降らせる装置の部品がある、って思ったんだ?」
「ああ、それは何となく、勘もありますが。古来、この辺りは森があって水も豊かだった、と父が言っていました。それで木を植え続けていたらしいです。その後、オアシスは辛うじて残っていたといいますが、枯れました。この町の昔話、聞いたことはありますか?」
「それなら、食料品の店で教えてもらったな。ミイラになっちゃった、ってオチだろ?」
「そうです。数百年前のことであまり記述がありませんが、そのオアシスのあった場所が今、遺跡の入り口の場所の辺りと僕は踏んでいます。その遺跡でうまく使える部品がなくたって、何らかのヒントがあればオアシスを復活させられるかもしれない。それならそれで、十分じゃありません?」
彼の言う通り、町に水をもたらす事が目的ならば、特段「装置」だけに頼る必要もない。
「まあ、そうだな」
「明日は、期待していますから! よろしくお願いしますね。成功したらこの発明品たち、すべてカナメさん達にあげ――」
「いや、それはいらないや」
食い気味に断ると、ラスターはやや不満そうにカップの水を飲み干す。
「それではひと眠りしたら出発しましょう。夜はモンスターが活発になります。暑いですが半日歩けば遺跡にはたどり着けます。僕の武器は弾薬に限りがあるので無駄打ちはあまりしたくありません」
「ああ、わかったよ」
ユーミは隣でうへえ、と言っている。寒い夜に移動すると言ったら、それはそれでうへえ、というのだろう。
そうして、三人は寝苦しいほどの暑さの中眠りについた。
明日は乾いた街のアザラール、その【千年祭】。




