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聖剣

 いよいよ地鳴りが大きくなり、砂煙をあげて近くの地面が爆ぜる。


 地面には大穴が空き、人の背丈の数十倍はあろうかという虫が姿を現す。

地に隠れている分を合わせたら相当大きいだろう。

 巨大な図体をうねうねと動かして芋虫のようなそれは口から液体をたらし、地に落ちた体液は岩を蒸発させている。


 身の毛もよだつ光景に、カナメは意識を放棄する寸前。もちろん失禁も忘れてはいない。

 騎士達でさえ慌てて互いに声を掛け合っている。


「聖女様をお守りしろ」「神官、守護の祈りを」「ここまで巨大化した個体が……っ」

「よい。ミールワームじゃ。魚の餌よ」


 しかし聖女様だけは冷静沈着に、心底嫌そうに侮蔑の目でワームを見ていた。


「気色の悪い……目に付くものは選り好みせずに喰らう荒野のミミズ。ふむ……体液が飛び散るのは嫌じゃなぁ」


 ぶつぶつと独り言ちながら、長い杖を振るう。


 突然、ワームは黒い巨大な球体に包まれ、バチバチと数秒間、雷電のような音が響いた。

 あっけにとられていると球体は姿を消し、先ほどと同じ姿勢のまま、煙を上げて黒焦げのワームが出来上がっている。


「うえ……気持ち悪い」


 ずうん、と音を立てワームが倒れたかと思えば、紫煙を挙げて姿が消えていく。

 残ったのは、怪しく光る大きな水晶にも似た、石。


「おい、裸。これが魔石じゃ。魔物が絶命すると魔素が血肉を吸収して結晶化し、残る。これは様々な使い道があるから、金になるんじゃ」


「は、はぁ」


教え子に教鞭を振るうようにこの世界での常識を教えてくれているが、ただ返事をすることしかできなかった。


「これだけの大きさならば相応に金になるじゃろう。裸、お前にも報酬をやろうかの」

「聖女様、何もそこまで世話を焼かずとも」

「パーティーの釣り役には危険に見合った報酬を出すのがルールよ。この裸に、何か服をくれてやれ。粗末――あいや、みっともなくてかなわん。それと、武器じゃな」


 聖女様からの突然の贈り物提案にしどろもどろしていると続けざまに聖女様は質問を投げかけた。


「おい、裸。剣や槍。武術の覚えは?」


 もちろん、現世で武器を振り回した経験などない。こんなことになるなら剣道でも習っていればよかったと後悔するも後の祭りだ。誰も異世界に転生するかもしれないから武道を嗜もうとは元の世界では考えない。


「いいえ、ありません」

「それならば短剣がよいかの。軽くて取り回しがよい。護身にもぴったりじゃろ。おい、荷物にあったじゃろう。持ってまいれ」


(聖女様は強くて、美しく、心が広い。どこぞの精霊王さま(笑)に見せてやりたいな)


感慨にふけていると、ひそひそと話す聖女様達のやり取りが聞こえてきた。


「この短剣ではいかがでしょうか。ワイバーンの牙を加工した逸物です」

「ばかたれが! 亜竜の牙なんぞ高級品じゃろう、成人の議を行う貴族にでも高値で売りつけてこい!」

「服はこちらでよいでしょうか。子爵の不正事件の際に取り上げたものですが……」

「たわけめ! かような裸男に貴族の服などもったいないわ! 奴隷の服があったじゃろ、おととい奴隷商が殺された事件でいくつか拾ってきたじゃろうが! おぉい、短剣なんぞ、ある程度折れずにちょっとくらい切れればよいじゃろう! そういえば、スケルトンの群れが持っていた珍しく錆びていないのを拾っていたわ! あれでよい。報酬の体裁がとれればそれでいいんじゃ!」


「…………」


「――さて」


 聖女様と騎士たちは威風堂々とこちらに向き直った。


(話が聞こえていないとでも思っているのか……滅茶苦茶ケチじゃないか、聖女様……)


「報酬をくれてやる。この《旅人の服》と、《グラディウスⅡ》じゃ」

「アリガトウゴザイマス……」


 感情を込めきれない様子で礼を言い、慇懃に頭を垂れ‟ぼろきれ”と‟まがまがしい短剣”を受け取ると、ふと、ざわりと周囲の空気感が変わるのを感じた。


「む? スケルトンの呪いが残っておったか……?」


(何だよ呪いって……そんなのばっかりかよ……でもこの感じ、不思議と悪い感じじゃない。なんだかあったかい……この短剣が反応しているみたいだ)


 突如カッと眩く周囲が光って、短剣に収束していく。カナメには微かに囁き声が聞こえたような気がしたが、勘違いかもしれない。


「精霊が舞っておる……幾重にもこびり付いた偽装の術式? それを剥がしているのか……? ――なんと! まことに聖剣じゃったか!」


 最後に一瞬、一際強く輝いたかと思うと、右手で持っていた短剣は禍々しさなど微塵もなく、ずっと眺めても飽きないほどに美しく精巧な……この世界の国宝と言われても疑う余地のない、立派な短剣へと変貌していた。


「裸男……貴様、精霊使いの素養があるのか……?」


初めて見せる聖女様の驚愕の表情に、少しばかり気分がよくなり、そして言い放つ。


「――精霊なんてものとは、無関係です!」

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