乾いた街の少年
広大な砂漠の中を、砂に足を取られながらも町を目指して歩くカナメとユーミ。
過酷な環境を何夜、歩いただろうか。
水筒の水は底を付き、補充してきた携帯食料も残りわずか。それもパサパサしていて食べると余計に喉が渇く。
サボテンの様な植物から水分を取り、道中ではトカゲや蛇を捕まえながら焼いて食料としていた。
初めこそヘビなんて食べないと駄々をこねていたユーミだったが、ひとたび無理くり食べさせると「ヘビいないかなー」と進んで探すようになった。味はお気に召したようだ。
しかしテントを広げて日除けを作れば多少は和らぐものの、暑いことには変わりない。寝ているときの方が汗をかいているのだから水分補給は早急に何とかしなければならない問題だ。
自生している刺のある多肉植物をナイフで切って、半分ユーミに渡す。刺を取り除いて握りつぶせば多少の水分は摂取することが可能だ。しかし。
「おええ、苦い」
「うううえ……」
そろそろ太陽が昇る。
明日の日中はこのここで休もうと考え大きな岩石にぱしっと手を置く。と――
地鳴りのような音を響かせてゆっくり“それ”は動き出す。
暗がりで判りにくかったため。疲労と渇きで判断が鈍ってしまったため。そのどちらだったとしても、もう遅い。岩石だとばかり思いこんでいたゆっくりと立ち上がるそれの正体は安易に予想できる。
「「ゴーレムだ!」」
(やっぱりこの世界にもゴーレムがいるんだな)
岩と岩をつなぎ合わせる部分、関節はどのような構造で動いているかは分からない。
ただ、巨大な質量を持ち、重力に任せて叩き下ろされる腕は脅威的、正に落石だ。
だが――。
「ゴブリンキングほど怖くはないな!」
「うんっ。カナメ! ちょうだいっ!
「オッケー!」
カナメは光の精霊に手伝ってもらいながら光り輝くスクロールの魔術、“少女を導く奇跡の敏腕”を起動した。
「食らいやがれ!」
「「“二人の冒険”!」」
しかし、この砂漠地帯の空気中にある水分量は乏しいのだろうか。
それとも過酷な環境から氷を作ることをうまくイメージすることができなかったのか。数十発の米粒の様な大きさの氷弾はゴーレムには全く効かなかった。
「あああん! なるほどねえっ!」
「……カナメっ、どうしよう!」
二人そろってやんやと言いながら次々に叩き込まれるゴーレムのいかつい前腕から逃げ惑う。
「それならっ! ユーミ、もう一回できるか!?」
「おうけい!」
(今度は別の、何か……そうか、砂を集めて凝縮、できるか!?)
「岩には岩をだ! 食らいやがれ!」
“言語”を再構築し、水分ではなく固形物、すなわち石弾――砂粒を固めて少しの水分を与え凝縮、硬度を確保出来たら先端を尖らせた、要するに当たったらただでは済まなそうな石礫――を射出するように書き直した。
「撃てぇぇえええええええい!!」
「ええええーい!」
ユーミが眼前でスクロールした文字の終盤に現れた【Enterキー】に魔力を注ぎ込めば、破裂音を伴って、思い描いたことが魔術が発動する。
最初の着弾はゴーレムの外装を少し削るだけだった。二発目もそう変わらない。
ただし、それが毎秒何発と放たれ数十秒続くことで目に見えない傷が小さな傷を作り、小さな傷は次の弾丸の滑り止めになった。傷は凹みを作り、凹みはヒビに変わった。
少し削るだけの石弾が傷口を着実に抉りはじめ、やがて最後の弾丸は穿たれた風穴を通り抜けたに過ぎなかった。
音を立ててバラバラに崩れ落ちるゴーレムはしかし消滅せず、崩れた体の中からゴブリンのそれとは比較にならない、拳ほどの大きさの魔石を産み落としたのだった。
そして、つい先ほどまでは腕だった、或いは胴体の一部だった岩石達はそれぞれ砂となり砂漠の地面に帰って行く。
(モンスターとはまた少し違う、ということなんだろうか……?)
「なんとか……」
「勝てたね……でも―――」
カナメはスキルの使用で頭痛が、ユーミは“二人の冒険”の二連発使用による魔力低下、そして疲労と脱水症状から意識を失ってしまう。
(やばい……倒、れる……)
砂漠で日が昇る寸前に身一つで失神した人間の運命は明らか。そんなことは百も承知だったが視界が明滅し、すり抜けていってしまう力を留めることはできずに二人とも膝から崩れ落ちる。
しかし、ゴーレムとの戦闘を盗み見ていた者の手で、幸いにも二人は救出されることになった。
(今のは一体、何の魔術なんでしょう……高速で石弾を何発も射出する。気になりますね!)
* * *
目を覚ますと、知らない天井――。
彼はいつも知らない天井で目を覚ます。
上半身を起こすと知らない建物の中。床に直接寝ていたからか体中が痛い。心配になって首だけを動かして近くを探せば、ユーミは長椅子の様なものに横たわっている。
(たしか、ゴーレムを粉砕してそのまま……)
ユーミが無事寝息を立てているのが分かり、ひとまず安心する。
(あまり“少女を導く奇跡の敏腕”は乱発しない方がいいみたいだな……)
落ち着いて周りを見渡してみれば、ゴミ、鉄くず。
日干し煉瓦の様なもので建てられた家の中に所狭しと、何らかの装置のようにも見えるがらくたが乱雑に積まれている。
(んー? 何だ、これ)
「おお! 気が付いたんですね!」
声のする方を見ると十四、五歳くらいだろうか。転生して若い体となったカナメよりいくらか若そうに見える少年がこちらへ歩いてくるところだった。
「水は飲めそうですか? ぬるい水ですが、その方が体にはいいでしょう」
「君が、助けてくれたのかい?」
少年に問いかける。
彼はとても物珍しい謎の装備や装飾をたくさん身に着けていて、この世界で初めて見る眼鏡少年だ。顔立ちは整っていて、切り揃えられた少しくすんだ金髪を真ん中で分け、理知的な印象を与えてくれる。
(眼鏡……こっちに転生して初めて見たな)
「ええ、そうです。砂漠の遺跡を調べに行こうとしたら、あなた達がサンドロックゴーレムを打ち砕くのが見えました。あのような術を使われる術師は初めて見ましたので、砂ヘビに飲み込まれて砂に帰られるのはもったいないと思いまして」
「ああ……助かったよ! 本当にありがとう。そうだ、お水と宿、助けてもらったお礼をしたいんだけど」
「いえ、いいのです。そんなことよりお願いがありまして」
「お願い……?」
(そっか。ユーミは少し天然色が強いけど、結構美少女だからな。一日デートさせてくれとかそんなことだろ。そのくらいの年頃はそういうもんだ………だが断る!)
「実は―――」
「だが断る!」
(これは、転生先ではきっと誰もが使う台詞だ。これを言わなきゃ始まらないッッ!!)
「ちょ、まだ何も言っていません!」
「少年よ、自分でつかみ取るものだ、そういう物はね。自分の力でつかみ取るから、充足感や満足感。その先が得られるんだよ?」
「―――お見通し、ですか……。すごい人です。確かに、自分の発明品の部品くらい、自分で調達できなきゃ始まりませんよね……。目が覚めました! やっぱり遺跡へは自分一人で行きます!」
「え……? 手伝おうか?」
「…………」
勘違いしていたカナメは前言撤回して、今しがた起きだしたユーミにこの少年が自分たちを助けてくれたことを説明した。
「カナメさんにユーミさん、ですね。僕はラスターといいます。よろしくお願いしますね!」
「ああ、よろしくな!」「よろしくね」
手短に自己紹介を済まると、少年は自身の願いと目的を話し始めるのだった。




