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謁見

「――――っ!」


「ッ逃げるぞぉぉおっ!」


 冷や汗でびっしょりと髪を濡らし、歯がカチカチ音を立てるがそれでもユーミの手を掴み、必死に走り出すカナメ。


 森の中なのが幸い。大きな図体のゴブリンの傭兵は木々に阻まれ、こちらを捕らえきれずにいる。


 迫りくる醜い鬼、その膂力。二人で工夫して退けてきた、どこにでもいるゴブリン、それとは常軌を逸するもの。


 精霊王から少しの筋力、体力を与えられた少年と、生まれ持った瞬発性で逃げる少女は、襲い掛かるこん棒の一撃の、その一つ一つが命を刈り取る攻撃だと、正しく認識していた。


 辛うじて攻撃を避けながら、それでも歩幅が大きなゴブリンに徐々に距離を詰められていく。

 なぎ倒されていく木々や、弾き飛ばされる岩。それらはカナメとユーミの退路を徐々に狭めていくには十分すぎる大きさだった。


「っくっそぉ、逃げられない!……それに、誘導されてんのか!? さっきの場所から全然離れられないっ!」


 死に物狂いで走っていると、大きく振りかぶったゴブリンの一撃が二人の頭上を捕らえる。


(―――直撃する!!)


 とっさにユーミの手を引いて体の場所を入れ替える。


 直撃とまではいかないが、確かにゴブリンの鉄塊にカナメの背中は捕らえられてしまった。

 握っていた手を放してしまい、カナメは地面に放り出されて転がる。掠っただけでここまで状況を悪くさせる一撃に悶絶してしまい、ユーミに向かって「大丈夫だ」と言いたかったが、鈍い痛みに呼吸をすることが叶わない。


「ぐぅ……っ!」


「カナメッ!」


 もはや絶叫に近い声を上げ、ユーミはある提案をする。


「逃げてっ!」


「……ふ、ッざけんなぁ! 誰が逃げるか!」


(また、これかよっ……!)


 ユーミの提案はとても受け入れらるものではない。

 きっとカナメが逃げたらユーミは滅茶苦茶に魔術を発動して、当たればラッキーの運ゲーに持ち込むだけだろう。むしろ戦場を攪乱させてカナメが逃げる時間を稼ぐ、そんな腹積もりなのかもしれない。


 巨躯のゴブリンは王の食事のため、二人を生け捕りしようと迫ってくる。

 それとも趣味で嬲るのだろうか。


(また、僕は……!)


「だって、このままじゃ二人ともっ――――」


 ゴブリンを牽制しようと鉄の杖を振り回しながら叫ぶユーミの声は、心を抉られるようだった。

 堪忍したと勘違いでもしたのか、ギャ、ギャ、と耳障りに鳴きながら杖を躱して俊敏に動くゴブリンの近衛。


「――――生きて帰るッッ!」


 野太い軍曹のような声が響く。

 先ほどまで獲物の確保を確認して薄ら笑いさえ浮かべていたゴブリンは、大袈裟に体を捻じらせて回転運動をする。

 顔面に、それはとんでもない運動エネルギーが生じたからだ。


 顔面に加えられた大きな力から首を経て胴体と伝わる力のモーメント、それに重力が足を引っ張り、釣り合いが取れず回転運動となる。


 城に打ち込む砲弾のような鉄拳をゴブリンの醜い顔面に叩き込んだ大男は、さらに言う。


「二人とも、だ」


 先ほどは頭に血が上って偉そうなことを言ってしまったが、これほどいいところで駆けつけてくれるとは。後ほど正式に謝罪せねばなるまい。カナメは心の中で謝罪をした。

 筋骨隆々の鋼の男、ガラルドに。



 彼の救援にカナメは命を救われたが、背中の古傷が開いたようだ――熱い。

 死神の鎌は時間をおいてもその命を諦めてはくれないのか。


「カナメっ!」


 ユーミが半べそでカナメのもとへ駆け寄る。


「ああ、大丈夫、もうちょっとしたら走れる。もうちょっと……まって」


(痛ぇ……多分、走れない)


「ああ、後で追いかけるから。ユーミ、ちょっと先に行っててくれない……?」


 軽い調子で試しに言ってみると、ユーミは今までにないくらい怒りの表情を浮かべる。


(自分だって、同じような事言ってたってのに!)


 何となく可笑しくて少し、ふふと笑ってしまう。


「おい、糞ガキぃ。気でも狂っちまったか? 安心しろ、ちゃんと連れて帰るからよぅ! たァだ、ビビッて小便ちびらねえように今言っとくぞ? 似たようなでかいゴブリンがあと、五、六匹、もうちっと厄介なのが更に追加で二、三匹ここに来る。ついでに王様もなぁっ!」


(どうする……ッ!?)


 状況を分析しながら、ガラルドは明らかに冷や汗を流している。


 ギャギャギャと嫌らしく吠えながら勢いよく森から飛び出してくる、異常な進化をしたゴブリン。

 それも数体だ。


 万事休す。

 少年少女を助けるいい考えが浮かばないままガラルドはゴブリンをぶん殴ろうとすると――まるで唐突に北風が吹いたように冷たい空気が流れ、ゴブリンの腕は地面に落ちる。


 断面は凍り付いていて血の一滴も流れない。


「マスター、戻ったら休暇をいただきますからねっ?」


  パティエナだ。

  引きずるように氷の大剣を構え、雪女のように冷たい目でガラルドをみる。


「だめだ。戻ったら、飯食うヒマもなく忙しいだろうぜ! ちゃーんと、出勤してもらう!」


  助けに来てくれた部下の要望を、考えることもなくきっぱり断っている。


「来なければよかった!」


「感謝してるぜぃっ!」


  腕を失って怒り狂うゴブリン達をねじ伏せながら、二人は軽口をたたく。


 しかし、王の祝福を受け魔術を習得した、樹上から一行を狙うゴブリンメイジ三体を黙らせる攻撃手段は現状、ない。


「あいつぁ、何やってんだ!?」


 ガラルドとパティエナは、醜い魔術師の攻撃に身構える。

 この大男は、大木をぶん殴って樹上のゴブリンを振り落とそうと考えていた。


 すると薄紫の、流星にも似た光の糸がいくつも空に走る。


「今きたじゃないですかー!」


  樹上にいた三体は絶命こそしなかったものの、紫の流星を受けると揃って地面に射落とされた。


「ゴブリンの弓使いドビーが千体以上いましたよ!? 大変だったんですから!」


 素っ頓狂な声を上げながら、セラが風のように駆けてくる。当初のパーティーは揃ったが、皆が満身創痍のようにも見えた。


「……ああ。感謝してるって、おめえらにはよ」


 強力なゴブリンを三人で次々倒しながら、信頼する二人には聞こえないようにガラルドは呟き、のそのそとやってくるゴブリンの王を正面から見据える。


「――王に謁見だ、おめえら。失礼のねえようにな」

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