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ガラルド、少年少女

 ガラルドの渾身の一撃は、大気を振動させ、標的の背後の木々を揺らし、せっかく枝についたその葉をおびただしく地に落とすほどの速度と質量、すなわち威力をもっていたが、ゴブリンの騎士はその肉体をもってして受け止める。


 戦闘に作戦も何もない。

――ガラルドという男は。



 己の力のみで相手を屈服させる。

――ガラルドという男は。


 術を使えず、技を持たず。

 武器を構えず、道具に頼らず。


 獅子奮迅。

――この、ガラルドという男は。


 衝撃的な人間の大男、その拳を真向に受け、上体を大きく揺さぶられたゴブリンの騎士は、体勢を立て直す反動を使ってその丸太の腕をガラルドに打ち返してくる。衝撃で周囲の木々が揺れる、地面が揺れる。


 両腕を交差させ防御したガラルドは鋭い眼光をより光らせ、利き手を唸らせながらゴブリンを横なぎに殴る。

 まるで、伝説のドラゴンの尻尾の一薙ぎ。

 ふらついたゴブリンはしかし、手に持った巨大な槌でガラルドを殴り返す。ガラルドは槌を掌底で跳ね上げるが、逆の手で顎をぶん殴られ、それでも足は地に根を張ったまま、拳の小指側からゴブリンの脳天に拳骨を落とす。

 それらの衝撃はすべて周りの木々に深刻な影響を及ぼし、今や実をつけている樹木は見当たらなかった。


 間一髪、命拾いした剣白薔薇の貴族令嬢は先ほどまで気丈に応戦していたが、眼前の怪獣大戦争を目の当たりにして失禁してしまっていた。


「くそったれがぁ、キングじゃねえならすっこんでやがれ! そう何発も打てねえが、時間もねえ!」


 ガラルドは貴族令嬢の分の空気まですべて吸ってしまうほどに深く息を吸い込み、左半身を敵に向けて中腰になると、右の拳を臍の横に構えそれを左手で覆うように構え、冬眠でもしてしまったかのように動きを止める。


 ゴブリンの騎士は止まってしまったガラルドにお構いなしに猛攻を続ける。


 殴る。叩く。払う。槌を打つ。

 ()れたゴブリンの騎士は、両手で掴んだ槌を、力いっぱい打ちおろす。


 ガラルドを支える足は、くるぶしほどまで地面にめり込むほどの衝撃、座り込んでいる貴族令嬢の尻が拳一つ分も浮くほどの振動が走る。


 遠くで休んでいた鳥達さえ逃げ出す衝撃。

 それでもガラルドは微動だにしない。


 貴族の令嬢が、屈強なこの男は立ったまま死んでしまったのだ、と思った瞬間。



「「「「――――――――――――ッ!!!」」」」



 貴族令嬢に音は聞こえなかった。

 衝撃で鼓膜が破れてしまったからだろう。


 世にも珍しく、水平に雷でも走ったのか。衝撃の後に爆風に襲われ、少女はキリモミに吹き飛ばされた。


 ゴブリンの騎士はその場にいなくなった。はるか遠くにそれらしき残骸は見えるものの、あのような状態の搾りかすに、生命などは滞在できない。


 ガラルドは、殴っただけだ。その、たった一つの、右の拳で。


 力を溜めて。

 力を込めて。


 その力が、”贈り物(ギフト)”なのか”努力の賜物(彼のもの)”なのか誰も知らない。

 彼ほどに、その肉体に鍛錬を積んだ人間が過去いないからだ。


 己に蓄積した傷や痛み、散った敵などはさておいて、酷く脅えた少女を抱き、すぐさま次に助けを求める者のもとへとむかう。


――ガラルドという男は。



***



 カナメとユーミは二人、どこか陰鬱な雰囲気を醸し出している森を走って進む。

 ――南東に向かって。


「いいな、ユーミ。ゴブリンキング、ってのが現れたら即逃げ―――」


ユーミはじっと不安そうにこちらを見ている。


「……わかったよ、できるだけ他のパーティーの人を助けながら、僕たちもうまいこと逃げよう」


「……うん!」


どこか、申し訳なさそうに、でも安心したようにユーミは返事をする。


 沼地を迂回し、木々を躱し。ユーミは木の枝が自身の頬を切っても、眉一つ動かさず走り抜ける。

 カナメは残りの体力に気を付けながら、置いていかれないように必死に足を動していた。


 そうしてどのくらい進んだだろうか。


 気味の悪い林を抜け、沼地を抜け、平野を抜け、また林に入る。

 岩場を抜け、水たまりを飛び越え、闇が地面から直接生えたような、禍々しい雰囲気の一帯へとたどり着く。


「もうすぐっ、笛が聞こえた辺りのはずだよっ……!」


 うなじのあたりがピリピリするような。悪い空気を肺いっぱいに吸い込んだような、嫌な感じがする。


 ……木の陰から恐る恐るのぞき込むと。


 断崖に囲まれた自然の城の広間で、”それ”は食事の最中だったようだ。


 過去に赤熱の大剣と名乗っていた口やかましい『食事』は一口で大きな歯と歯の間に収まり、真っ赤でジューシィな液体を零しながら、”それ”はあまり美味くない部分、骨や衣服、笛や持ち物、それらを地面に捨てている。魚の小骨を取り除くように。


 ユーミの目は怒りと不条理、それに恐怖で滲んでいる。


 少し物足りないのだろうか。それとも箸休めか、取り巻きのホブゴブリンをちょんと摘まんでまた口に運ぶ。


 食事中に覗き見は不興を買ってしまっただろうか。

 ”それ”はこちらは一瞥したような素振りを見せ、顎をしゃくって指示を出す。


 どこに潜んでいて、どこから現れたのか。どすどすと音を立てカナメとユーミの背後に大きなゴブリンの衛兵が二体出現する。


「――――ッ!」


  置かれた状況は最悪。二人とも声は出していないはずだが、気配で気付かれてしまったのだろう。


 月夜に照らされ、”それ”の姿が浮かび上がる。

 くすんだ鎧を装備して、何かの皮でできた外套を羽織っている。さながら大きな岩を玉座に見立て、威風堂々鎮座している者。


 ”それ”というのはあまりに不敬。


 頭が高い――


 この王冠が目に入らぬか。恐れ多くも偉大なる雑魚魔物の中の王(ゴブリンキング)


 カナメとユーミはその食事会に招待されてしまった。

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