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セラ、パティエナ

 パティエナはおっとりした性格と裏腹、思いのほか機敏に動き、異常な進化を遂げたゴブリンの魔術を躱していく。

 執拗に降り注がれる爆炎、氷塊、その連撃を躱しながらも、反撃のチャンスを狙う。


(魔術使いなら、接近戦が苦手なはずでしょう……っ!)


 対、魔術師の定石。


 遠距離での攻撃、後方からの支援が主な役割とされる魔術師は、懐に入られることを嫌う。

 しかしゴブリンのメイジは魔術の連撃はもとより、その手に携えた不細工な杖での攻撃もかなり膂力を発揮し、地面を抉りながら、木をなぎ倒しながら、パティエナを遠ざけていた。


 この妖艶な女性が得物としている細身の剣は、斬撃より刺突が得意だ。急所にくれてやれば一撃必殺にもなりえる。切り傷の面積は重要ではない、どこを突いたかで勝負を決めるのだ。


(体力が持たないっ……早く!)


 短くない時間をギルドの受付で過ごしていたため、全盛期の体力はすっかり失ってしまった。

 彼女はその実力から金に困ることはなかったが、このままでは婚期を逃す、として受付嬢としての仕事を始めた。

 結果的に、この仕事でパティエナへと()()()()()()()()()()碌な男は見つからなかった。


 先ほどからゴブリンメイジは二系統の術を連発しており、且つ連射速度の凄まじさからパティエナは決定打を生み出せずにいた。

 体力が底を付きかけ、回避の判断が鈍ったところで、艶めかしく露出した足に氷塊が突き刺さる。


「痛っったぁ!」


 転がって衝撃を受け流しつつも、その場に膝をついたまま相手と対峙する。

 素早く服の一部を破りとり足を縛って止血をすると、ただでさえ露出の多い服はさらに布面積を失った。


 しかし、炎と氷の競演はここで終了し、ゴブリンメイジは魔術を使わず杖を振り上げ、よだれを垂らしながら雄叫びを上げて彼女に猛り狂って襲い掛かった。


「……やっとね。大分時間がかかってしまったけれど――そんなだから、あなた達の種族は知能が低いなんて言われちゃうのよ」


 魔力切れ――。


 魔力が切れた頃を見計らって刺殺しようとしていたが、思いのほか体力が落ちてしまったのか、それともゴブリンの進化が異常すぎたのか。

 どちらにせよ足に攻撃を食らってしまったのは誤算だった。


 足を怪我して機動力が落ちてしまったが、相手の方から突っ込んでくるなら。


「的は狙いやすいっ!」


 細身の刀身は難なく、ゴブリンメイジの体を貫通する。


 ――が。


 不快に鳴き声を上げながら生命の最後の灯を激しく燃やしてゴブリンは尚も手足をしきりに動かして、迫りくる死に抗う。


「しつこいんだから!」


 こう言う下種な生き物って生命力が強いものよね。などとパティエナは考えながら。

 魔力を練り上げ細剣を持った逆の手に、絶対零度の”氷の大剣”を出現させる。


 周囲の熱さえ奪い、気温が一気に低くなる。

 流麗な細身の剣とは真逆。


 ゴブリンに刺さったままの細剣を手放し、両手で荒々しく氷の剣の柄を掴む。

 砂埃を巻き上げ地面の草を薙ぎながら豪快に剣を振りぬく。


 横一文字に捌かれたゴブリンの切り傷は凍ってしまって出血もしない。


「氷の剣は使いたくなかったのだけれど……。寒いのよね、これ」


 ――セラに言われたことがある。

 そんな格好しているからだ、と。


 魔術剣士パティエナは、取り急ぎ勝利を確認してから、脅威が去ったことを認識できずに、今も杖を振り回す女の救助にむかう。


 戦闘の後は霜が降り、白く輝いていた。



***



 土砂降りのような矢を猫のように躱しながらも、賑やかに戦う。


「ひゃーっ!」


「ちょ、あっぶないわねー!」


 口ばかり動かして、手が動いていない。


 そんな、愚鈍な人間ではない。

 このセラという人間は――。


 もう、随分前に自身が持ってきた百本ほどのお気に入りの矢は使い切り、土砂降りのように降ってくる粗悪品の矢を拾っては弦につがえて、射る。


 その繰り返しだ。


 ただし、放った矢の、その一本たりとも外してはいない。無駄にしているわけではない、矢を。

 敵が多すぎる事が問題だった。


 集中していると独りでに口が動いてしまう。

 それは彼女の”儀式”だった。矢を構え、放つまでの間に、標的の動き、風、距離、角度。

 あまりにも多くの事を計算しなければ命中はしない。言葉のリズムが彼女の脳内の演算に必要なのだ。


 ハリネズミのような男たちは全員、既にこと切れていた。一足遅かったと悔やみ、マスターが悲しそうな顔をするのが目に浮かぶ。


「はぁー。どのくらい減ったのかね」

――射る。


「半分くらいには倒したはずだけどなぁ」

――射る。


「マスター、パティエナ、少年少女、灰銀連中、無事でいるかなぁ」

――射る。


「どっと疲れちゃうけど、このくらいの数なら。ま、いけるっしょ」

――走る!


 射ることを一旦停止し、ゴブリンの集団の真ん中目指し、風のように走り抜ける。

 矢筒の中は、カラ。


 直線の単純な移動は、射手には格好の的。だが、あまり賢くないゴブリンの弓使い如きでは見切れないだろう、これほどの速度ならば。

 それに、急に戦法を変える人間の女にゴブリン達は戸惑っているようだった。


 それどころか驚くゴブリン達を殴り、蹴り。さらには腰元に下げていたナイフでさらにゴブリンの数を減らす。

 元来、弓を引くという作業にはかなり腕力がいる。持って生まれた身のこなしも相まって、セラは短剣術も別に不得意、というわけではなかった。


 集団の中ほどにたどり着いたら、ナイフを地面に置き、素早く片膝をつく。


 目線と弓は天空に向け、右の手には薄紫に発光する、魔力の矢。

セラ本人は、これが魔術なのかどうかまでは、知らない。


 力いっぱい弦を引いたのち、魔力の矢は天に解き放たれる。


 天に上った矢は数多に枝分かれし、セラに敵対した者の、その脳天を穿つ。


――――無数に。


 ギフテッド ”雨降ら師 セラ”は、冒険者時代においては、”集団戦闘用決戦兵器”とまで呼ばれた。


 今日も戦地に、薄紫の雨が降る。

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