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笛の音

「聞こえる……!」


 ユーミは静まり返った平原のキャンプで、それを感知する。


「なんだあ? 嬢ちゃんも聞こえるのか? 確かにこいつは俺が渡した笛……南西だっ! 行くぞ!」


 キングを発見したパーティの笛の音をきいて、ガラルドは方角を断定する。


 しかし。


「まって、ガラルドさん……こっちの方角でも聞こえるよ! ねえ!」


 真逆の方を差し、ユーミは悲痛な声を上げる。


 「…――――ッ…」



   「…――――ッ…」



「…――――ッ…」



    「…――――ッ…」


 ユーミとガラルドは四方から感知できる笛の音を聞きながらあたりを見回している。

 

「どうしたってンだ、何が起きてるッ! 全部のパーティーがゴブリンキングに遭遇したってのか!? それとも俺のアタマがイカれちまってんのかよッ!」


 ガラルドは混乱して自分の頭を大きな拳骨でガンガン殴っている。


「……落ち着いてよ、マスター。行くしかない」


「助けに行きましょうか……どうなっちゃうかわからないけれど」


 セラとパティエナは覚悟を決めたようだ。

 幾何か冷静さを取り戻したガラルドは指示を出す。


「……ッ。南西に俺が行く。北東にはセナ。北西はパティエナ、頼む。誰も死なせたくねえ。できるだけ皆を逃がせるようにしてえ。無茶言ってるのは分かっているが、おめえらも、若いパーティーも助けてえんだ!」


「わかってますよー、マスターの考えくらい」


「とにかく、行きましょうか、マスター」


「……キングに遭遇したら、笛が残ってたらもう一度それを吹け。笛がなけりゃあ、できるだけ奴らを助けてどこでもいいから逃げてくれ。笛が聞こえなけりゃ全部の方角に必ず俺が駆けつける。全部の脅威を排除してな。必ず生きてくれ。助けてくれ。死なないでくれ。いいな?」


 セラとパティエナは神妙に頷く。


「ガキどもはここで待ってろ。心配すんな、……必ず戻って―――」


「――ガラルドさん。僕たちは、南東へ行きます」


「ッ! 馬ァ鹿言ってんじゃねえっ!」


 いままでで一番の大声だ。

 鼓膜の振動を通り越して心まで振動しているのがわかる。そして本気で心配しているのだろうということが。


「大丈夫です。僕は命が惜しいし、ユーミも守りたいです、何かあったらすぐ逃げます。他の人が死ぬのは見たくないし、セラさんとパティエナさんも生きてほしい、ガラルドさん、あんたも。キングが南東にいたとしたら、他のパーティーのもとに向かってしまうでしょう」


「調子に乗るなよ、ガキがッ!」


 ガラルドは激怒する。無謀だ、とでも言いたいのだろうか。

 全方角に自分が行くというのは無謀とは言わないのだろうか。


「……調子に乗ってんのはあんたでしょうが、おっさん! 自分ひとりでどうにかなるなんて、思いあがってんじゃねえ! 早く行ってくれよ! 走れ、鳴ってんだろ笛がッ! 僕には聞こえないんだよ! あんたには聞こえるんだろ!? 助けてくれ、って笛の音だよ!」


 アタマに血が上ったカナメは反抗期の少年のように思いきり口答えする。


「「…………」」


 セラとパティエナは二人、無言で頷き駿馬のごとく駆けていく。

 別々の方向へ。


「早く来てくださいよッ!」


 ガラルドに早期の救援をお願いしながら、二人は走り、闇に消える。

 南東へ――。


「糞ガキどもがっ……ありがとよッ」


 取り残された巨体のガラルドはそう呟き、障害物などお構いなしにまっすぐに駆けていく。

 岩も樹木も張り倒して。


 南西の、笛のなる方へ。



***



 北西に向かって走っていたパティエナは、はっきりと惨劇を目撃する。


 そこらかしこ、燃えている。

 樹木の枝葉は折れて転がり焦げている。煙が立ち込める。


 血の匂いが、肉の焼ける匂いが、吐き気を催す。


「――――ッ! なんて、むごい……」


 口元を手で覆いながらあたりを注意深く見ると、まだ燃えている炎の奥、魔術師の女が、首から上が炭になった死体の傍らで、魔力の障壁に身を守られながら一心に、何もない虚空に杖を振るっている。


「生きている――」


 小さな安堵は束の間に。

 パティエナのいる場所へ火炎が、尖った氷塊が降り注いだ。


 迫りくる魔術攻撃を紙一重で躱していたパティエナは敵の姿を見る。


「……メイジゴブリン。しかも二つの術系統を使いこなす――ですって? ……体躯も異常に発達している。()()()()()()()()()()()じゃ、ないッ! 一体、この世界に何が起きているの?」


 再び、魔術の攻撃が降り注ぐ。



***



 昔からの友人と別れ失踪してきたセラは、()、としての脅威ではなく、()、としての猛威に立ちすくむ。


「こんだけの数、どこに隠れてたってのよ……ッ!」


 目の前には”ゴブリンの弓使い(ドビー)”。

 それがざっと、千、くらいだろうか。


 樹木に数十匹。それが何十本も。


 地面に数百匹。蠢いている。


「スタンピードの方がまだましかも……って数ね。ボーナス千月分もらいたいくらいだわっ!」


(これだけの数、接近戦じゃあ、まず無理でしょ。ここに来たのがわたし。相手がゴブリンの弓使い(ドビー)でよかった……)


「矢の心配がいらないってモンよっ!」


 一匹のドビーがこちらに気づくと周囲が一斉に攻撃を仕掛けてくる。


 その矢はさながら、スコール――。



***



 目の前には何もない。

 と言った体で走り続ける、偉丈夫。木も岩も、鍛えられた体格で張り倒しながら進む。


 ギルドマスターになって、何年だ。

 黄金級冒険者、という地位にまでなった相当に鍛え抜かれた、自身の強靭さは自信があった。

 いかなる強敵の前でも自分は倒れない。


 だが、他人は違っていた。

 パーティーメンバーは何人も死んでいった。


 友人も。

 仲間も。


 いつしか、自分が倒れないのではなく、他人が倒れないことを肝要とした。


 人を、守りたい。


 実際、彼がギルドマスターになってから冒険者の死亡率は激減した。黄金級冒険者の時代の彼より、ギルドマスターとしての彼を、人々は称賛した。


 だが、死人を減らしたかったのではない。死人を”全くの0”にしたかったのだ。


 魔力の笛が鳴っていたのはこの辺りだろう――。


 逃げ惑いながらも、巨体のゴブリンと応戦している女騎士が一人。他には誰もいない。

 肉塊が飛び散っているだけ。


「これほどまでに! 助けらんねえのかよ、おれぁ!」


 さらに猛加速して、出会いがしらゴブリンの”騎士”に鉄拳をお見舞いする。


「生まれてきた事、後悔させてやらぁ!」


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