魔術教本
渡りに船。棚から牡丹餅。冒険者ギルドのマスターであるガラルドが紹介し奢ってくれるという宿はなかなかにいい宿だった。
カナメとユーミ、同じ部屋で少し緊張するが、ベッドは別。
逆に安心だ。
(大変なことになったぞ、この世界のゴブリンキングってのは相当に強いらしいけど大丈夫なんだろうか……)
ユーミはローブをハンガーにかけながら、謝る。
「ごめんねえ、つらい戦いになるかもしれないけど、みんな困っていたようだったから……」
しょんぼりとしながら言われると、反論する気にはならない。
「いや、いいよ。何となくそんな気はしてたから。それに、他のパーティーがどんな風に戦うのか。それも階級がとっても上の強い人達だし、きっと参考になると思ってさ」
自然と口に出して、思った。確かにこの世界の強者がどのくらい強いのかあまりわからない。
聖女様は圧倒的に規格外だろうし。
「ごめんね。でも、ありがとう!」
うん、と軽く微笑みながら返事をして、ふと昼間に購入した魔術教本が目に入る。
(魔術教本。僕は全く魔力がないらしいから使えないけど、何か戦うヒントになれば……)
魔術師が書いた本。ある程度まとまっているが、専門書だからか読みやすさなどは求めていないようだ。
「ユーミ。僕はこの本で少し勉強するから、夕飯の時間に呼んでくれるかい?」
「おっけー!」
ユーミはカナメがOK、というのを真似してよく使うようになってきていた。
ベッドに座って魔術教本をページを捲ると、最初に前書きが書いてある。
”この書を我が弟子に贈る。私が魔術に目覚めたきっかけは……”
この辺りは関係なさそうなので読み飛ばす。
”一、火を操る術式について。――その発式と、流れ――”
”火の魔術は魔力を一点へ集め、それを火口とする。
火口へと大気が流入する様を強く念じる。
焚火を見たことがあるだろうか。
小さな火が、炎となり、煙を上げる様だ。
火は神が人に授けた叡智。
祈りが神の息吹を炎に吹かせ、炎を増幅する。
魔力を持って御することで火炎の魔術は標的に到達せしめん。”
「……違う」
思ったことが口に出てしまっていた。
(確かに魔力っていう不思議な力で着火させたり、操ったりといった工程があるのだろうが、火は”酸素”を食って燃焼するはずだ。一般人の僕でもなんとなく知っている)
「なあ、ユーミ」
「ぅん? 晩御飯はまだだよ?」
お気に入りの絵本を読みながらこちらに返事をする。
「魔術教本の火の魔術の内容、ユーミが知っているのもこんな感じなのか?」
ユーミはぺたぺたとこちらに歩いてきて教本を見る。
「そ、だいたいこんな感じかなあ。わたしが教わったのも確かこういう内容だったよ」
(この世界ではまだ科学が未発達だ。火が空気で燃えるってのは何となく知っているんだろうが、”酸素”を燃やしているとまではわかっていない。だから、神の息吹などといった表現で表しているんだ……人がなんの道具も用いずに空気を送り込むなんてことはできない。その”空気を送り込む”作業をするのが魔力だとしたら、魔力=念動力、なんて考え方ができるかもしれないな)
不思議な力には違いないが、カナメはある程度、”理科を応用して魔術を増幅”することができるのでは。といった仮説を持ち始めていた。
魔力で遮断して圧力を上げてから燃焼させれば、爆発だ。
(スクロールに描いてある文字に法則性があるのかもしれない、思い出してみよう)
「カナメ、ごはんですよー」
「あ、ああ、そんな時間か。いこう!」
いつの間にか時間が経っており、二人は食堂へ向かう。
食事の後は魔術教本で魔術を勉強しながら、カナメは遅くに、眠りについた。
***
翌日、ガラルドとともにゴブリンロードを討伐した場所へ向かう。
約束した場所へ行くと、さすが偉い人だけあって馬車を用意してくれていた。軽く挨拶を済ませると早速乗り込んで例の場所へと向かう。
この世界の馬車は速い。馬型の動物を掛け合わせ、さらに改良して速度を追い求めたそうだ。
その代わり気性が荒いが、食べ物をちゃんと与えていれば命令に背くこともそうそうないらしい。
徒歩で数日かけた道のりは半日もかからず、目的地までたどり着いた
「……静かすぎる」
街道から少し外れたところ、草原の中に禍々しい樹木が点在する。
そんなロケーションに降り立つと、ガラルドは言った。
「……静か、なのでしょうか?」
正直いってわからない。初めてこの辺りを通った時との違いは特に感じられなかった。
「ああ、道中モンスターも見かけなかったし、ゴブリンの耳障りな鳴き声も聞こえねえ。だが、鳥は飛んでいるしこの場所自体はいたって普通、平穏だ」
「スタンピードでは……ない?」
「そうじゃねえかな。ただの勘だが。しかしいや~な予感がする。俺の責任と独断で、今回の件はゴブリンキングの発生として対処していく」
その時、木陰で微かに何かが動く気配がして振り返るとゴブリンが一体襲い掛かってきた。
しかし、ユーミは尋常ではない反射神経で臨戦態勢に入っており、ガラルドもまた、そちらを見やりながら指をぽきぽき鳴らしていた。
「ふっ!」
軽く息を吐きながらユーミの”ぶん回し”がゴブリンを狙う。しかし、初手の鉄棒はゴブリンのこん棒で防御されていた。
(防いだっ!)
「気ぃつけろ、嬢ちゃん。進化してる。ホブゴブリンだ。こいつぁ、ゴブリンキングの出現確定だなあ」
ガラルドはユーミが反応していたため、戦力である少女の見極めに徹するつもりらしい。
「……ッ!」
こん棒で受けたもののゴブリンは衝撃をすべて流せるわけでもなく、まばらに生える樹木の方へ吹っ飛んでいた。
ギャギャと耳障りに鳴いたかと思うと、普通のゴブリンより数段早くユーミに反撃する。攻撃を防がれないように、こん棒の攻撃を躱し相手が振り切ったところでジャストミート。
本体自体の防御力はそれほどでもないらしく、あっけなく元・ゴブリンは文字通り崩れ落ちる。
かちゃ、という音を立てて魔石が地に落ちた。
「ほーう。すげえ攻撃力だな」
その一撃の攻撃力は冒険者ギルドのマスターも納得できる領域のようだ。
「しかし、防がれていた。ゴブリン共はリーダーがいる時、統率のとれた集団戦となることもある。防がれないよう、反撃の隙を与えないように気を付けるといい」
ユーミは肩で息を切らせている。
初手を防がれ、焦っているようだった。
「だが、まあ……ゴブリンロードを早めに討伐できたのは良かった。ゴブリンキングの出現を予測できたってのははっきり言って幸運だ。でなけりゃ、いつの間にかスタンピードで町の防衛が間に合わねえか、もしくは下種の王様に、町や国単位で蹂躙される。……町に戻って準備するぞ。他の連中も早いところは戻ってきているかもしれねえ。行くぞ」
三人は周りを警戒しながらも馬車に乗り込み、町へと戻って行く。




