術など使うまでもない
ドブのような池で衣服を洗っているカナメをよそに、ユーミは独り言ちている。
「この地域のモンスターごときでは、魔術を使うまでもない……」
空気をぶん殴り、或いは切り裂く音をごうごうと発しながら、ユーミは素振りを続けている。
どうやらしばらくは魔術を使うつもりはなく、そして魔術を使わないのはそれを使うに値する敵が現れないから、と自分とカナメに言い聞かせているらしい。
さっきは想定外の強力なモンスター、ゴブリンロードが現れ驚いていたようだが、鉄塊でぶん回せばどうにかなると踏んだようだ。
「ね、ねえ……怒ってる?」
「……怒ってない」
「お、怒ってるよ……」
「……怒ってない」
ユーミは半べそになる。
「……大丈夫、怒ってないけど、魔術はしばらく禁止。使わないでおこう。冷静に、僕たちで倒せるモンスターを分析して、少しずつ経験を積むんだ。旅の途中でユーミの魔力や美味い使い方についても何かわかるかもしれないし」
「……うんっ」
下手をすれば。――すでに下手をしていたが。
あわや片腕を吹き飛ばされていたのは自分かもしれない、などと考えていたカナメは思考を切り替える。
「それに、ゴブリンロードはこのあたりでは珍しいって言ってたか?」
「うん、本当にこのあたりには現れないはずだし、目撃情報があればギルドに所属した中位の冒険者、少なくとも三組くらいには調査依頼がかかるはずだよ」
(それを鉄の棒で一撃だ。冒険者ってのが見たら腰を抜かすぞ……)
「王女様だってのに、いろんなことを知ってるんだな」
「うん、まあね! わたしは自分が王女様だなんて思ったことなかったし、お城は退屈でいろんな本を読んだり、お城のお客様にいろんなお話をねだって聞かせてもらっていたから」
「……そっか」
「そうだよ!」
なんとなく、この話は気まずくなり、焚火をしながら町で購入したぱさぱさの乾燥した携帯食料を食べ、ひと眠りした。
***
「よし、次の町まではあと四日歩いたくらいでたどり着きそうだ」
「うん!」
角の生えたウサギにも似た獣型、おなじみのゴブリン、グミの様な不定形、何度かモンスターに遭遇したが、運よく全て単体だった。
死闘を繰り広げていくうちに、いつしか二人はある戦法を編み出していた。
カナメが世界樹の枝を上段に構え、奇声を上げながらモンスターに向かっていく。
モンスターが捕食、もしくは迎撃態勢に移った時、背後、あるいは横や頭上から、ユーミが鉄の杖をぶん回す。予想外の素早い動きに反応できないモンスターは次々と魔石へと姿を変えた。
(ん? ユーミが単独でぶん回しに行った方が早くないか? ……まあ、いっか)
カナメが己の無意味さに気が付く前に、一行は次の町に到着した。
***
町に着くと、カナメは町人に話を聞く。
「ここは、地図のこのあたり。この街で間違いありませんか?」
「ああ、そうだよ。ここは『ラダ・クリッタ』。兄ちゃんは冒険者かい? なら、冒険者のギルドはあっちだよ」
色々な人に話しかけた結果、ここは、東の大陸の中央やや下という町で、様々な商品の流通や海の町に商品を運ぶ、あるいはその逆。
様々な商人や冒険者が訪れることから、情報や物資、珍しいアイテムなどが日々交差し、栄えている町だという。
確かに町を眺めると、色々な格好の人がたくさんいて、活気づいていた。民家や商店、建物もそれなりにあり、やや中央を外れて門を構えている大きめの建物。
それが冒険者ギルド、とのことだった。
「装備品はもういらないよな、情報を集めてみよう」
「わ、わかった……」
ユーミは初めて見る人の多さ、賑わいに面と食らっているらしく、いつもの元気は少し鳴りを潜めて杖を握りしめ、神妙な顔をしていた。
情報といえば酒場と相場は決まっているが、まだ昼前だ。それに――。
「なあ、ユーミ。 この世界では飲酒に年齢の制限はあるのか?」
「特にそういうのは聞いたことないけれど、やめておいた方がいいよ。いざというとき立ち回れないからね」
(ふーん。意外と冷静に判断するんだな。ま、飲まない方が無難かな)
「それなら、冒険者のギルドってのに行ってみるか」
「うん!」
町の人に道順を聞いた冒険者ギルドを見つけ、中に入ってみることにする。
ぎいぎいと音を立てる建付けの悪い扉を開けて、何となく中を見渡す。転生前のギルドのイメージは、想像とそう離れてはいないようだ。
建物は木製で、造りは見るからに頑丈。天上は高く、ネジや釘はあまり使われていない。
木材を凸や凹に加工して、できるだけ木組みで建てられているようだった。
この町の人口に比例して、厄介ごとや依頼は多いのだろう。
依頼を受注するカウンターに、報酬を受け取るカウンター。大きなボードには依頼書が所狭しと貼ってある。討伐依頼、採集依頼、人探し、賞金首、雑用みたいなものまで、様々。
そして、屈強そうな男や身軽そうな女。
立派な武器や軽鎧、金属の鎧を装備した冒険者らしき人が依頼書を物色している。
町でも見かけなかったが、獣人やエルフなどがいないか期待して探してみたが、やはりここにもいないようだった。カナメは少し肩を落とし観察する。
(うわー、強そうな方々……大抵、ギルドに入ると新人いびりをしてくる先輩面の奴がからんでくるのがお約束だよなぁ、気を付けないと……)
カナメの脳裏には異世界テンプレートの序盤イベントが浮かぶ。カウンターの逆側には、数人が談話できるテーブル席がいくつか空いていた。
「なあ、あそこに座って、少し今後の事を話さないか」
「おーけー!」
威勢よく返事をしたユーミと、テーブル席の一つへ陣取る。




