スプラッタ
オーサムの町を出て、どのくらい歩いただろうか。街道のような道はあるが、町のほど近くと比べて人影は見なくなっていった。
「カナメ、そろそろ世界樹の加護は薄くなって、低位の魔物が出てくるよ、気を付けて!」
確かに平野を抜けて鬱蒼とした茂み、枝の曲がりくねった樹木、苔むした池など見慣れない景色が目に入ってくる様になる。そのどれもがどういう訳か、言われてみればなにか出そうな気配がする。
どこに魔物が潜んでいてもおかしくない。
「この辺にはどんな魔物が出るんだ?」
膝を震わせながらユーミにモンスターの事前情報を聞く。
魔族を倒せはしたが、正直に言ってしまえばまぐれだ。魔物なんて聞いただけで怖いに決まっている。
「うーん、ゴブリンやオーク、牙獣やその亜種、なんかかな。驚異的な強さのモンスターはいないはずだけど、油断していると大人の男性でもやられてしまうから、気を付けてね……?」
ごくり、と生唾を飲んで歩いていると、茂みの向こうに苔色の肌。人間の子供と同じくらいの大きさのゴブリンの群れが見えた。
やはり一様にごつごつした『こん棒』を携えていて、今回も彼らは何か動物の皮をなめしたような服を着ているが、今は悔しくない。カナメだって、ちゃんと衣服を着ている。以前の様な裸男ではない。
「ひ、ヒィィィィッ」
トラウマから変な声を出してしまったが、まだ気付かれてはいないようだ。十匹以上は群れている。
「まだ、距離があるから、多分大丈夫。冷静に対処すれば、まず勝てると思う。ね、落ち着いて?」
ユーミは落ち着いていて状況を分析している。この世界ではゴブリンなどは一般的で、あまり脅威ではないのだろうか。
しかしカナメは、人にそっくりな形そしているゴブリンを棒で殴ったり剣で刺したりするのは、はっきり言って腰が引けていた。
(頼りになるな……!)
「まずは土の魔術で奴らを囲むね、ゴブリン程度の機動力じゃ脱出できないはずだから、そのあとに爆炎の魔術で一網打尽にする……見ていて!」
(え……魔術を使うって?)
もしかすると先の魔族戦。その決死の攻防で、魔術の制御に自信が付いたのだろうか。
杖を構えて、ユーミは体内の魔力を練り上げる。
「ゴブリン共……見ていなさいっ! 隆起する土の防壁! アースウォール!」
ユーミが唱えると、途端に、ゴブリン共の周りの地面が隆起する!
……ということもなく、カナメたちのやや後方、禍々しい木が爆発しはじけ飛んだ。
同時に、悲鳴。
人間とは思えない叫び声が聞こえて、カナメたちが振り返るとゴブリンより二回りも大きく、鋭利に割った石の剣と、木の盾を装備した屈強なゴブリンが、片腕を失って悶絶していた。
カナメたちに奇襲をかけようとしていたのだろうか。
心臓が飛び出るかと思って腰を抜かしたカナメの横で、同じくらい心臓が飛び出すような顔をして驚いていた少女は、気持ちを切り替えて気丈に振舞う。
「……や、やっぱりそこに潜んでいたんだね! しかも、ゴブリンロードだなんて、どうしてこんなところに!」
腕を失くして悶えていたゴブリンロードと呼ばれるモンスターは、残った腕に石の剣を持ち直し、ユーミへと切りかかってきた。
しかし、魔族でさえ致命傷を与えるには苦戦した彼女の瞬発力は剣の軌道をひらりと躱して見せた。背後を獲ると体の膂力と鉄鋼の杖の衝撃を余すことなくゴブリンロードに叩き込んだ。
力いっぱい振りかぶった鋼鉄の杖が魔物の肩口からめり込み、スプラッタのように引き裂かれたゴブリンロードはその中身を一旦カナメにぶちまけ、そら豆ほどの大きさの魔石を残して消滅した。
ボス格があっという間にくず肉にされたのを見て慌てたか、ゴブリンの群れが取った行動は退却。
「ほら……ね?」
にっこりとユーミは微笑む。
(……ね、じゃないでしょうが!)
方向がもう少しそれていたら自分が対象になりはじけ飛んでいたかと思うと、カナメははっきりと戦慄を覚え身震いをしたのだった。




