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少女の門出

 客間で休んでいるとどこからかコツコツと何かを叩く音が聞こえ、ふと窓辺へと視線を向ければ聖女様が宙に浮いていて長く伸ばした爪で窓を叩いていた。

 駆け寄って窓を開けると、闇に溶け込むような聖女様は馬ほどの大きさの純白の竜にまたがっていた。


「おい、裸」

「見てください! ちゃんと着ています!」


 思わず反論すると、聖女様はクスクスと笑う。


「礼を言うぞ、随分暇が潰せたわい」


 死に物狂いで頑張ってきたのに暇つぶしと言われてほんの少しだけムッとしたが、この人にはだいぶ助けてもらった。素直にそっくり礼を返す。


「こちらこそ、何から何までありがとうございました! 帰られるのですか?」

「ワシは生まれた時より、帰る場所などもっておらん」

「…………」

「僕は、このあとどうしたらよいのでしょうか……?」


 正直に、問う。世界を救うなどと簡単に言ってはみたものの、自信などは微塵もない。

 この世界の事などほとんど何も知らないのだから、馬鹿げていると言ってもいい。


「ふん、世界を救うのじゃろう?」


 聖女様はからかうようにカナメをを見つめた。今でも彼女の片側の目は長い髪と帽子に隠れていて、覗き見ることは叶わない。


「……ですが、何から始めたらよいか、はっきり言ってわかりません」


(ふふ、この小僧、本当に世界を救う気でおるぞ……)


「北へ向かってみればいい。かなり距離はあるが、聖王に謁見してみてはどうじゃ……どうやら同じ目的のはずじゃろう?」



 なんだか含みを持った言い方にも聞こえたが、確かにはっとした。人間を率いる王様に会ってもっと世界の事を知って、この異世界転生の着地点を考えよう、と。


「そうします! 本当にありがとうございました。……あの、聖女様! お名前を聞いても?」

「ふふん、調子に乗るな、小便たれが。次、生きて会ったら名乗ってやろう」


 言い終わると、純白の竜は面倒くさそうに強く翼をはためかせ、夜に紛れて飛び去った。


(さよなら、黒の聖女さま……)



 * * *



 朝食を済ませ、謁見の間に向かう。


「勇者カナメ様が参られました!」


 野太い声で紹介され、後頭部をかきながらぺこぺこ頭を下げるカナメ。このように大勢の人に注目される経験はなく転生前にもなく、なぜか卑屈になる。


「あ、ども、どうも」


 今回は最初と同様に皆様勢ぞろいだ。

 色とりどりの紙吹雪が舞い、傭兵さんの楽団がラッパのような管楽器の演奏までしてくれている。


 赤絨毯の上で膝をつこうとすると、


「やめなさい、私らの前で膝なんぞ着かんでほしい」


 そう王様にたしなめられて周りを見ると、王族の方はおろか衛兵までが、まんざらでない表情をしている。当然、悪い気はしない。


「北へ向かうそうだな?」

「はい。人族の王、聖王様とお会いしてみたいと思います」

「うむ。これを持て。グラシエル王国貴族の男爵として、そしてグラシエル王とその家族、親しい食客としての証書だ。君ほどの者には不要かもしれないが持っておいて損はないだろう」

「あ、ありがとうございます!」

「そして、君は強力な武器を持っているが、防具は持っておらんじゃろう。宝物庫の中で君にふさわしいのはこのブレスレットくらいなものじゃった。なんだか不思議な力があるようだが、この国で使いこなせるものはおらんかった。受け取ってくれ」


 金属製の腕輪を受け取る。装着してみるとじんわりと暖かく、力がわいてくるような気がする。


「それと当面の旅の資金だ。大臣がため込んでおった。そのほとんどは民に返したが、君に渡す分は残させてもらったよ。救国の勇者である、誰も文句は言わぬだろう」

「ははあああっ!」


 お金に対してはさらに卑屈になる。

 深く頭を下げ、両手で受け取ると何度も耳にした少女の声が聞こえる。


「――あ、あの、国王陛下」

「……勇者を称える式典の途中だが、発言を許そう。申してみよ、ユーミや……」


 国王陛下は暖かく寛大に、ユーミの発言を待つ。


「拾い子のわたしを、いままで育ててくださって感謝しております。ですが、今回の事で魔族の侵攻が日に日に熾烈となっていることを実感します。――この勇者カナメは、世界を救うとおっしゃっています。私の魔力はもしかしたらこの時のため生まれ持ってきたのかもしれません……生きて戻ることは叶わないかもしれません……ですが、わたしも世界を平和にしたいと想うのです! 争いのない世界を作りたいのです! ――どうか、この方と世界を救う、旅に出ることをお許しください!」


 うん、うん、と涙ぐみながら聞いていた国王陛下はゆっくりと口を開き、


「うむ……。許――」

「――嫌だね」


 カナメはきっぱりと断る。周囲の空気は一瞬にしてどんより重くなり、国王陛下は口をパクパクしてカナメの方を見た。

 しかし気にせず続ける。


「なんで、そんなに他人行儀な口の利き方で、しみったれた空気で話してんだよ。あんたら家族でしょうが。そんで、ユーミさあ。生きて戻れるかわからない、って、それ高確率で僕も死んでないか? いやいやいや、生きて戻るって約束しなさいよ。お父さんに、家族に、生きて戻るから待っててねって、約束できるんなら、連れてってやるよ」


 ユーミは以前と同じく、大きくてきれいな瞳に涙をいっぱいにためて、家族に挨拶をする。


「……父上……、母上っ! お兄様、お姉様、サリアぁ!……帰ってきたらまた一緒に、ご飯を食べよう!……わたし、ちょっと行ってくるねっ!」

「ああ……行っておいで、ユーミ。待っているから――」



 こうして、何も持たない転生者は、少しばかりの能力と

 たまたま手にした身に余る武器

 王家の客人で男爵となり

 綺麗な腕輪を手に入れて

 魔法の下手な魔術師と

 北に向かって旅に出る――

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