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死霊

 カナメの背後のそれは、端的に言えば大臣の正体といって間違いはなかった。

 あくまで端的に言えば。別な言い方をすれば、ここでカナメとユーミが勝てば偽りの大臣の正体。一方、二人が負けてしまえばこれからも正当に大臣のまま。

 それだけだ。


 ゆっくりと、平静を装いながら振り向けば、死神と呼ぶのが似つかわしい、図体の大きなゴーストだ。


 下半分は炎のように揺らめいていて、しかし炎とは呼べない。

 炎は人類の発展の証だから。目の前のこれはまっ黒く、ただ揺れているだけの禍々しいものだ。


 上半分は逆三角形で、フードのようなものを肩の後ろあたりにぶら下げて、紫色だ。肝心のご尊顔は骸骨。手には鎌のような獲物を携える。有り体に簡単に言ってしまえば、死神だった。


 奪ったスクロールを破り捨てながら、死神は言う。


「聖女が城に来たときは焦ったが、紛れ込んだのがこんなネズミとはあああああああああああああ!」


 淡々と喋っていたかと思うと、癖のある抑揚が耳に不快。大臣に成りすました何かは、元の姿の状態では人間を演じきれないらしい。


「泳がせてみれば古代のスクロールだと……こんなものがあったとはなァ……だがもうナあィィ!! なアァーゼエエエイ!  正体に気付かれたは知らんがまァあいいここで終わりだ、死んでゆけええええんん!」


「――まずい!」


 身構えた瞬間、空気を切り裂きながら襲い掛かる死神の鎌に袈裟切りにされる! 

 ……寸前、ユーミがカナメを抱えて横に転がり込む。


 骸骨の顔はカタカタと、笑っているのか、ただの振動なのか不気味に音を鳴らす。


「安心して! 巻き込んだのはわたしだもん、あなたを守って、あいつを倒すんだから!」


 眉にかかる、少しクセのある前髪を冷や汗で濡らしながら、ユーミは声をかける。


 爆炎、かまいたち、氷の刃、岩の砲丸。

 ユーミは様々な魔法を駆使して応戦しているが、どれも的外れの場所に着弾する。きっと、そのどれもが自身の意図している術式でさえないのだろう。


 カナメが恐怖ですくんでいるうちにユーミは少しずつ、刃に傷つき、血を流している。


(こ……これでおわりかよッ)


 身体強化をしなくても怪力をもつ少女は、その筋力を機敏に攻撃を躱すことに利用し、隙を見ては物理攻撃を仕掛けるが拳は、蹴りは、偽大臣をすり抜けてしまう。


 鎌の一撃を躱したところで態勢を崩しながらも放った爆炎の魔術が死神をかすめ、天井に大きな穴を穿つ。


「ウウンンンンッ!!」


 致命傷には程遠く、むしろ敵の怒りを増幅してしまったようだが、ユーミはこちらに視線を向けて、軽くウインクで合図をした。この隙に逃げろと言っているのだ。


 恐ろしさのあまり、思考停止していたカナメは震える膝をバシバシと叩いて駆けだす。恐怖のまま、情けなく急ぎ足で偽大臣を大きく迂回し大部屋の出口に近づいたあたりで、考え直す。


(こんな序盤で、女の子に助けられて、しっぽを巻いて逃げるのかよ……)


 少女と死神の戦いは、はっきり優劣が付き始めている。

 太ももに鎌を受けて転がりながら少女は、祈るように魔術を放つが、望みの炎魔術は炸裂せず、死神の背後の壁へと、氷の刃が突き刺さるだけだった。


「おわッあ、リダアあああああー!!」


 奇声に近い宣告を唱えながら、鎌を振り下ろす死霊に、ユーミもまた目を閉じ、迫りくる痛みと死の覚悟をする。


 しかし、風呂場で桶を取り落としたようなどこか場違いで間の抜けた音がして、死神の、骸骨の頭が床に転がる。

 ユーミが瞼を開けると先ほど逃げたはずのカナメが世界樹の枝で死神の頭蓋を叩いたようだった。


(本当だ、当たる……世界樹の枝の攻撃は、死霊系に物理ダメージを与えられる……!)


 それでもまったく致命傷とはならず、転がる髑髏を骨だけの指で拾い上げる。

ゆっくりと元の場所に戻してゆらゆら動かし具合を確かめると、さらにゆっくりとした動作でカナメの方を見やる。


「………世界樹の、エダ。」


 死神は恨めしそうにカナメの方を振り返ると、薄ぼんやり光っていただけの目の空洞にはっきり赤い灯をともす。逆鱗に触れたのだろう。


「ハッ! さっきからそんなにか弱い女の子をなぶりやがって! たまたま攻撃が効かないからって、調子に乗ってんじゃねえよ! 当たるじゃねえか! 偶然拾った、こんな木の棒がよ!」


 ガタガタと、恐怖のあまりマナーモードの膝が振動しているが、引き続き啖呵をきる。


(こうなりゃやけだ……でもこの後、どうする! とりあえず逃げて、いや、そもそもうまくこっちを追いかけてくれるか?)


 だが、やるしかないのだ。転生者カナメはこの世界で生きてゆくしかない。


「おい、骸骨野郎! 怖いんだろう、世界樹が! だからわざわざ出向いて、みみっちいやり方で世界樹を枯らそうとする。魔族の王様も、お前みたいなビビりが手下で残念だったな! お前らがその程度なもんだから、僕みたいな、大した能力のない人間に……世界を救われちまうんだ!」


 喧嘩を売ったことを後悔してしまう前に後ろを向いて走りだそうとしたその時、瞬間移動でもしたかのような速度でカナメの背後に迫り、死神の鎌は背中を切り裂いた。


 だが、倒れない。


 背中が熱いし、とんでもなく痛い。これほどに出血したのは彼が死んだ時以来だろう。


 それでも黒水晶の大部屋から走り出し、異世界二度目の全力疾走だ。

 まんまと大鎌を振るいながら追いかけてくる死神に追いつかれないように、廊下を、階段を走り抜け、ひたすらに上の階を目指す。


 丁度、先ほどの部屋の真上。ユーミが爆炎により天井を崩した部屋。息を切らせながら、穴の前で立ち止まった。

 ただ逃げ回っていたわけではない。

 そんな意思をぶつけるように背中を向けながら首だけ振り返り、死神を一瞥する。


 かなり高さはある。

 筋力が少しばかり上がったからと言って、ただで済むと考えるほど楽観主義ではない。未来に向かって進むため、意を決してカナメは穴へ飛び降りる。


 ――ぐしゃ。


 スタッ、と飛び降りることができればベストだが、あいにく普通の人間だ。そんな力はないし、あればもっとましな戦いになっていた事だろう。


 天井の穴から落ちてきたカナメを見て、足に重傷を受け、動けないユーミは動揺を隠せない。

 足の骨と、落下の際に体をかばったせいで左手の手首の骨が折れている。思わぬ方向に曲がっている自分の体を見るのははっきり言って気分が悪い。


 だが、立ち上がる。

 血まみれで自分の前に立ち上がるカナメを見て、思わずユーミは感謝の言葉を漏らす。


「あ……ありがとうね」


 間髪を開けずに、天井を抜けゆらゆらと降下してきた死神は、カナメを笑う。


「啖呵を切って小突いてきた割に、オマエにできるのは、ニゲマドオオォウ! 事だケェっ、か?」

「ちょっと、時間が欲しかっただけだ」

「神ぃぃッ! にでも祈っていたか!? スグぅううううに、送ってやる! 神のぉ。元へ!」

「そんなもん、見たことも会ったこともないし、まして何かしてもらった記憶はないな」


 半身を死神の方へ向けたカナメの、気のいい店主の古着屋で買った服には、逃げ惑いながらも自身の血液で複写した、古代のルーンが描かれていた。


「ばかナ! スクロールは一度複製すれば、効力は転移するダロう! それは私ィィがっ! 破り捨てたはずだ!」

「……うるさいな、間違えたんだよ、さっきのは。……練習していなかったからな」

「世界樹に害をなそうとする死神さん……懺悔しなさいっ……すぐに改心すれば聖なる光に焼かれずに済むんだから!」


 ユーミの魔力がカナメの服に描かれたスクロールの文字にカラフルな光を与える。


 最後の文字まで七色に輝いたとき、ユーミは唱える。


「ホーリィホーリィ!」


 ユーミが術式を唱えると、カナメから発せられた白い光の柱が天を突く。一定の速度でそれは広がり、光の円柱はグラセルの城、町、世界樹。それら一帯を包み込む。


「バカなァッ、魔術もろくに使えん小娘とガキにィ、死霊の君主、この‟マウデ・ゥリド”が敗れるダトゥウゥッ!」


 光の柱が夜空を割り、グラシエル地方はこんな時間だというのに、少しの間晴天となった。

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