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”鞘”

 ――満月。


 怪しく光る今晩の月は綺麗、格別だ。


 酒の入った陶器の入れ物、傍らにその中身を注ぐために作られた小さな猪口があるというのに、それは使わずに直接口を付けて豪快に飲む。


 昼は賑わい、夜は華やぐ町の中心部から離れた場所に建てられた年代物の小屋に、『男』は住んでいた。


 開け放した入り口との対角線。上座に一人、火の入れられた囲炉裏を前に酒を飲む。


 あぶった魚の干物を頭から口に入に放り込んで、酒をもう一度。



「……糞っ、くそっ、クソッ!」



 男は元来、酒が好きなわけではない。


 呑まねば頭にちらつく『友』とまだ幼かった『娘』の事を、自分の心から追い払う為に致し方なく酒を手に取った。それから何年経った?

 十七の時に授かった娘は生きていたなら(とお)だっただろうか。思い出せない。


 駆け出しとしては随分と国から重用された友が、自分の為にと打ってくれた刀。

その名刀を譲ってくれないか。そう言って訪ねてきた者も多かったが、いずれも断った。

 はや幾年月――手入れはしていない。きっと今では錆びてしまって、鞘から抜くこともできないだろう。


 かつては神童として持て囃されたこの自分も、今では酒を飲まねば手が震えてしまい剣など振るうことは出来ないだろう。


 過去という”鞘”にすっぽり収まって抜けない、自分も錆びた刀のようだ。ふと頭に浮かんだが、

くだらねえな。

 そう独り言ちて三度、極端に強い酒を煽って囲炉裏の前で横になる。


 頭を空にして、壁に飾られて囲炉裏で揺らめく火の色を映す柄と鍔、そして鞘。


酩酊する。


 ――斯くして今宵もまた、悪夢を見るのだ。





***





 その行軍は山の麓へと近づいて、やがてセラが何かに気付く。

 エルフの血を引くというのは五感全てが鋭敏になるのだろうか。それともセラの、特性か。


「あちゃー、冒険者連中に、騎士団、かな? ギルマス……ガラルドもいるね。恐らく、昨日のトゥリヘンドの事を受けて出張って来たんだろうな……」


「あれほどの人数、どういうつもりでしょうか……」


 昨晩は、大きな咆哮に、地震。十二の騎士に、それらの王。

 騒動としては充分。見ていた者がいたとすれば大事件だが、果たして町から見えたのだろうか。



「お、ピッピーだ」


 一行が訝しんでいると、一羽の鷹。猛禽の鳥が飛んできてセラの掲げる腕に宿った。

 ピッピーと名付けられた鳥の、かぎ爪の鋭い脚に結んである(ふみ)に気付いて彼女がそれを読み始めると、少しだけ青い顔をする。


「お手紙?」


「そうみたい、マスターからだね。こう書いてある。――きったない、字」


 その文字の出来に、不躾に文句を言いながらも内容を読み上げる。




”おう、セラ。 あのクソガキ共、また何かしやがったか?


 宗教国が何かに気付いたみてえだ。手練れの使者団がきた。


 敵意はねえようだが、冒険者ギルドじゃあ庇いきれねえ。


 人形と、もし見つけたなら術士の生き残りも連行されちまうかもしれねえぞ?


 どうにかしやがれ。


 ――追伸、おめえらの前に出発した冒険者連中は、不思議と無事に帰って来た。

 

 口を揃えて、覚えていない。神隠しにでもあっていたようだ、だってよ? 阿呆か。”




「どうにかしやがれ、って……まぁた強引だなぁー……」


「どうしよう! カルブもルピナも連れてかれちゃうの?」


「それは困ります」


 ラスターとユーミは焦って抗議をする。彼女に抗議をしても仕方ないというのに。


「ア、アンタ達、もしかして犯罪者だったの?」


「違う、冒険者だ。一応な?」


 変な誤解をされそうになり、一応訂正をしておく。


「いきなり武力行使されて連れてかれる、ってことはないだろうけど。うん……そうだ。私が軍団の方へ行ってうまいこと誤魔化すから、カナメ君達は逆、海沿いを北上して東端の町にいきなよ」


「セラさんは、来てはくれないのですか? 熟達の冒険者が同行してくれれば、心強いのですが……」


 ラスターは名残惜しそうにセラへそう伝えるが、彼女は嬉しいでも悲しいでもない、やるせない表情をして断りを入れる。


「あは。気持ちは嬉しいけど、私はまだいけないかな? 心の準備ができなくてさ……言ったよね? 冒険者は――」


「――準備が大事、ですか」


「そういう事!」


 ニシシと笑ってから背中を見せ、右手をあげて別れを告げる。


「幸運を! また会おう、諸君」


 荷物は失くしてしまったから、弓だけを持って駆けていく。

 どのくらい、彼女には助けてもらっただろうか。


「セラさんもお元気で!」


 振りむかずに、彼女は風のように駆けていく。

誰にも気づかれないように、背中を見せて、距離を十分にあけてから涙をこぼす。


(意気地なしの、私めっ! みんな、元気でね――)



  あ。



 カナメが情けない声をあげる。


「どうしたの?」


「ああ、荷物が、宿に置きっぱなしだ……」


「ぉぉ……着替えや日用品などですが、取りに行ける雰囲気ではありませんね……」


「いいじゃない、『本当に大事なモノ』は、全部持ってきてるよ!」


 ユーミがそう言って皆の顔を見て笑う。


「そっか、そうだな。それじゃ行こうか。――東端の町だ」


「ええ。そこから海路、ですね」


「ルピナ、疲れたら言えよ? またおぶってやるから――」


「――あんたにおぶられるくらいなら、走ってやるわよ、この変態!」




 こうして、わちゃわちゃと騒ぎながら、次に目指すは”東の大陸の、その東端の町”


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