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召喚術士ペルセ・ルピナ

 ――目が覚めると、目に映るのは知らない天井ではなく、空。


 日の出を過ぎて昇り始める太陽の光が体を温めてくれる。


 上半身を起こしてあたりを見ると、敷物の上にユーミとルピナが寝そべっていた。まだ目は覚めていないようだ。


「起きましたか」


 声のした方を見ると、肩に銃を立てかけるようにしながら座っている少年。


「よかったです、また何日か眠り続けたらどうしようかと」


 ラスターの目の下にはくっきりとクマができている。


(多分、寝ないで見張ってくれてたんだろうな)

「悪い。この体質は何とかならんもんかね」


「どうでしょうか。その少女……」


「ああ。ルピナっていう、探していた召喚術師の生き残りだ」


「やはり――。凄まじい、力です」



 ”やはり”。

 召喚術士、だった。召喚術、だった。

 彼が見つけ出してくれる。彼は窮地を必ず切り抜ける。そう思っていて、そして現実となった。



 思い返してみれば、夜に厄災に瀕死の傷を負わせた騎士団とその王はこのような事を言っていた気がする。

 かつてはこの地に縛り付けただけ。そのような事を。厄災を封印せしめたその日、召喚術士総出で彼らを呼び出したのではないか、そう考える事にしておく。


「あの紋章は、どうして知っていたのです? ただの勘で描いたわけではないのでしょう?」


「ああ――」


 記憶を掘り起こす。湿気を帯びた、苔むした地下室の家。


「あの子の、ルピナの家で。と言ってもすっかり朽ちていて、そりゃ女の子が一人で住むような家じゃなかったけどな。そこで見たんだよ」


「そこに隠されていたのですか?」


「いいや。玄関の扉に、コップに。布団、燭台、色々なものに描かれていたんだよ。ルピナの手の紋章に似ていたから、書いてみた。集落の守り神みたいなもんなのかな」


 あの少女の日常に、その傍らに、すぐ近くに、彼らは確かにいたのだ。


「書いてみた、って。そんな絵でも描くみたいにぽいぽい奇跡を起こされてしまっては、神様も大忙しですよ」


 偶然だ、そう言おうとして口を開くと、ちょうど二人の女の子が目を覚ましたところだった。しばらく呆然と空を眺めた後、思い出したかのように山頂を見る。


「夢じゃ、なかったんだ……」


「――よう、ルピナ。 間に合った、だろ?」


 一人で必死に、残された召喚術師の運命に従ってきたが、”間に合わなかった”と絶望した。だが彼が言ったのだ。僕が今ここに、間に合っただろう、と。


「もう、自由だ。僕はギルドの依頼でお前を連れて行くってのが達成条件だったけど、嫌だったら別な場所まで送ってやる」


「ちょっと、カナメさん!」


「いいじゃないか。ケチだぞ? ラスター。こいつはまだ子供なんだから。ギルドに連れてったら聖王の所で戦わされるかもしれないし――見つけたけど逃げられたってことにすりゃいいさ」


 少女の左手には、昨夜新たに紋章が刻まれた。光の粒子が寄り添って鳥へと変わり、召喚術師の体へと宿ったのだ。

 それは確かに、ペルセの母方の家系に伝わっていた、不死鳥。


「なぁ。お前は、どうしたい?」


「私、は……」


(父さん、母さん、イプリス……私は、どうすれば――)



 少女はそっと左手の紋章に右手を添えて、黙り込む。

 それは、そうだ。十かそこらの少女が、自由を急に手に入れたからと言って自分の人生を決めるなど、難しい話だ。


 だから、本来ならば人生経験豊富な大人が手を差し伸べて方向を示してやらなければならない。



 ――どろろん、と音を立てて白煙があがる。



「……かわいい」


 ユーミは狸が気に入ったようだ。



「イプリス……私、どうしたらいいの……」


 ルピナは涙目で狸を抱きしめ体を震わせる。今でははっきりと”自由”に対する恐怖を感じていた。昨晩までは、自分を釘付けにする使命があり、それがあることでそこにいられたのだ。今はただ、自分で決めることが、怖い。


(ルピナ、分かっていやす。ひねくれ者のお前さんにゃあ、言い出せねえってのぁ)


「それなら、ルピナ。このあっしに任せて、委ねて! さぁさ、預けておくんなせぇ!」


 ルピナの腕から抜け出して、狸はカナメの前に二本の足でとことこ歩いてくると右前足をカナメに差しだし、右の前足を体の後ろに回して妙な態勢をとる。



「こりゃあ皆さん、挨拶が遅れて面目ねぇでやんす。問われて名乗るもおこがましいが、あっしはイプリス――」


 皆の顔を見回して挨拶をすると再度カナメの方へ向き直り、口上を続けた。


「――しがねえ霊獣ですぁ。見せていただきやした、昨晩の奇跡――悲劇悲劇と涙を流し、枕を濡らして迎える日々に。現れたるは漢ナルシマ! 少女一人を子一人を、救えぬ哀れな狸に代わり、因果なんてモンは、絶ってやらぁと切ってやらぁと戦ってくださいやした! 天涯孤独、捻くれモンの小娘が、素直に希望や願いなど口に出せやしょうか――」


 ちらり、とルピナの方を見る、イプリスという狸。

 彼女が産まれてから十余年の思い出が蘇る。


「――知っての通り、このルピナ。()じれ(ひね)くれ決して素直じゃあ、ございやせん……ところがどっこい! その願望。見てぇ食いてぇ、あれがやりてぇこれがやりてぇと、親代わりのつもりでやんしたあっしでも聞いたことねぇ本音が、出るわ出るわ源泉みてぇに! チンケな狸の分際で、お願いするのもおこがましいでやんすが――奇跡ついでに、この娘! 親として兄弟として友として! 代わりにどうか、頼みやすっ! 兄さんたちの旅のお供に加えてやぁくれねえでしょうか!」


 頼む、という割には頭は下げず、そのくりくりとした瞳をずっとそらさずにカナメの目をみる狸。


「頼む、って言われても、かなり危険な旅になると思うけど――」


 そうはいっても、少し頬を緩ませながらユーミとラスターと順に目を合わせ、頷きあう。


「いいぜ、ルピナ。 一緒に世界を見て回ろう!」


「僕はラスターと言います。よろしくお願いしますね」


「ルピナちゃん、よろしくっ。わたしはユーミだよ!」


「ソウデス …ッピナ」


 三人はルピナの元へ歩み寄り、腰を落として彼女の前へ手を差し出す。 

 カルブはその場にとどまっていてルピナの名前を記憶容量にインプットするが、失敗したようだ。




「さぁ。ルピナ……あっしに免じて!」



 イプリスが促すと、少女は立ち上がり顔を赤らめながら、差し出された手を順に握っていく。


「”ちゃん”は付けなくていい……私は召喚術士ペルセ・ルピナ――アナタ達に……ついていってあげるわ!」



(全く素直じゃねぇ……あの不死鳥が、彼らをここに呼び寄せてくれたんでやんすか? しかし、きっと。幸せになっておくんなせぇ――)



「おーい! 獲物を獲ってきたよ、朝食にしよう!」


 どうやら、朝餉の材料を獲りに行っていたらしいセラが戻ってきて同じようにルピナへ自己紹介をする。


「――しかし、鍋がないな……イプリス、鍋に化けてくれよ?」


「なんという外道……あっしが焼き狸になっちまぁ!」



 太陽が昇って、彩を取り戻したこの世界にカナメのパーティーは笑いあう。


 ふと遠くを見ればトゥリヘンドの山、その異常事態を知ってか、物騒な集団がこちらへと行軍してくるのが見えた。


――敵か、味方か。



この章はここで終わります。読んでくださった方、ありがとうございます。

面白いと思ったら評価やブクマなんかもいただければ嬉しく思います。

まだ続けるつもりですので、よろしければこれからも読んでください。

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