百の夢
因果に縛られぬ者が、縛られる者を、今宵――。
「おおおおおおおおおおおおおおお! ”因果を断ち切る術師の狂演”!」
「「わぁああああああああッ!」」
――その鎖を、呪縛を断ち切り解き放つ。
ユーミの魔力を変換して輝く紋章に送り込むと、まるで天体がすぐそこまで迫ってきているような魔法陣が、紋章と同じく輝きながら獣の真上にに浮かぶ。
大声を張り上げてその能力を行使する者以外は、阿呆のように口を半開きにしてそれを眺めるばかりだ。
魔法陣が一段と光を強く放つ。その刹那――獣の右側へ唐突に巨大な扉が出現し、ぎぃと軋む音がしたかと思えば、騎士さながらの甲冑を身をまとう巨人が現れ、握りしめた巨大な剣で獣に切りかかる。
そのまま獣を飛び越えて反対側に移動すると、そちらへも扉が現れてその中へと戻っていく。しかし入り代わりに二刀の騎士が現れ厄災を、切り裂いたかと思えば。次の扉が現れる。
天と地の扉。
後方と前方の扉。
右と左の扉。
斜め十字の二対の扉。
剣、双剣、大検、棍棒、斧、槍、魔法、拳と様々な攻撃を繰り返しながら、ついには十二人もの騎士が厄災を聖なる暴力で蹂躙する。
その間は実に瞬きを二度か三度繰り返す、ほんのわずかな時間だった。
「ばぁかナァァア! 厄災の獣よ、貴様の力はァそんなモノかぁッ! 今目覚めたばかりでコノヨウナヤツラにぃやられてしまうなど、ありえヌぅっうううううう、ゾ!」
いつの間にか、厄災の獣トゥリヘンドの背中にはいつかの死霊の魔族とよく似た魔族の様な何かが居座っていた。
その悍ましい姿を目にして、ちりちりとうなじに怖気を走らせるラスターとセラをよそに、いつもだったら脅えて逃げ惑う彼は。
「……お前か、奪ったのは、諮ったのは。縛ったのは。今を、時間を、夢を! ルピナから色んなモンを取り上げたのはよぉッ!」
「――死霊ドモを、”喰ウ”がいい! 厄災よゥウウ!」
名も知らぬ魔族が食い物があると告げると、この山に散在する黒い死霊が厄災の獣へと吸収され始める。
奈落のように黒い靄を次々と吸い込み、その力を高める厄災。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
そんな魔族など眼中にないと言わんばかりに漢が、一層叫び声に迫力を乗せ、血と汗と涙を地面に落とす。
「――なんという……来やすぜ、”王”が――」
ゴーン
響き渡る、鐘の音。
ごぉん
いつしか魔法陣は光を弱め、獣の頭上に、眩い黄金の扉が現れる。
荘厳な鐘の音を背景に、現れる者。
【不躾な……”契り”もなしに、余を呼び寄せるとは。良いだろう――かつて力及ばず山地に縛りつけるのみだった、この厄災。たったこれだけの弱者の集まりでここまでやるとは】
黄金の甲冑に、真紅の外套、目にしただけでひれ伏したくなる衝動を掻き立てる、剣。
――王。
【……やってみよ。ならば断ち切って見せよ!】
異界の王が煌めく剣を流星のように投げつければ、トゥリヘンドの背中からその山の斜面へと、昆虫の標本のように磔にし、真紅の外套をはためかせた王は、こちらを一瞥して黄金の扉へと帰っていく。
しかし体を貫かれた獣は、痛みか、恨みか、悲しみか。
手足を、頭を。
狂ったように。
駄々っ子のよう暴れさせる。
その衝動は山を震わせ、岩を降らし。
亀裂を生みだし、人を飲み込もうとする。
「……ユーミ、もうちょっとだけ、手伝ってくれ」
「もちろん、おうけいだよ!」
ユーミは魔力の大部分を、この神秘の力を発動するため消耗していた。膝は震えて冷や汗が伝う。
――残りは、わずか。
「なぁ、ルピナ。僕が言ったこと、覚えてるか?」
「……びぃびぃうるせえ、って」
「そうじゃねえだろっ!?――こっから、連れ出してやるって言ったんだよッ!」
スクロール。
もはや形も成さないほど大量の文字列をユーミの前に生み出すと、比例して彼の顔は青ざめ、涙が、鼻血が流れてゆく。
彼らの両脇に先ほどの騎士の両腕よりはるかに大きい、手首から先の”光の腕”と”光の弓矢”が出現した。
もちろんこれは厄災を穿つ破魔の一撃。
「悪ぃけど、もう一回寝てくれよ……ずぅーーーーーっとな!」
光の左で握った弓と、光の右で引く弦が、――穿つ。
「”二度と来るなさよなら厄災”!!!」
その輝く腕と弓矢はキラキラと粒子になって舞い散った。
厄災を一瞬で、”単なる過去の出来事”にした矢も。
「ルピナ、綺麗な服を買ってやるよ」
「…………」
「美味いもんでも食いに行こうぜ?」
「…………っ」
「色んな景色を見せてやる、って」
「…………うぅっ」
「なぁ、お前だって、やりたいことがあるだろ?」
「……ぅわぁあああんっ」
「――そうだろ?」
「……私だって! 綺麗な服を着て、眠って、食べて、恋して、弾けて、挫けて、歩いて……走って! 眠って、夢見て! 一つや、二つじゃ全然足りないっ! いろいろな夢を見たいよっ!」
(いいんだよ、ルピナ)
舞い散った光の粒子は、ルピナの元へと集まり、『鳥』のカタチを象った。
その左手に、新たな紋章が刻まれる。今度は一瞬の、刹那の紋章ではない。
「父さん……母さん――」
(――夢見たって、いい――)
大泣きする少女がいて。
倒れる漢。
膝をつく魔術師。
傍観するハーフエルフ。
何もしていない、少年と作り物。
――この世界でたった一人の召喚術師は、ここから――
飛び立つだろう。




