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精霊王さま

 成島ナルシマ カナメは今夜で29歳になる。

 久々に迎えた休みに気を良くして安い割に妙に度数の高いお酒を飲んでいたところ、夕方に眠ってしまったようだ。

 

「もう夜の12時か……」


 ふと今日が自分にとっての誕生日だということを思い出した。この29年間というものに何の感慨もない。何も成していない。


 机の上には、昨晩の作業、日課というか趣味というか、ノートやペン、ペンタブ、タブレット、パソコン。それらを使ってイラストなんかを描いていた跡が散らかっている。それと大量のエナジードリンクの空き缶。


 物心ついたころから絵を描くことが好きだった。しかし、できたイラストはどれも、誰かの真似事、まがい物、贋作(がんさく)、つぎはぎだらけだ。

 どれも個性は感じられない。オリジナリティはなくてどこかで見たような図柄、作品ができた後は決まってどうにもならない虚無感がやってくる。


 19歳で就職したプログラミングの仕事は少しずつ神経をすり減らしていった。新人でも上役でもなく、中堅。仕事が忙しいのは有難いことだが、何となく感情を少しずつ削られていくみたいで嫌悪感を覚える。


 ふらふら冷蔵庫まで歩いていって扉を開けてみるとビールの缶が大量にあるだけだ。今欲しいのはビールではなく、もっと健全な飲み物だ。


 サンダルを雑にひっかけて、小銭ぎっしりの財布をポケットに突っ込んで近くのコンビニに向かうこととする。


 仕事仕事で家に帰っては虚無な趣味の時間潰しをしてばかりで気づかなかったが、夜風はすっかり肌寒くなってきていた。



 目的地はもう数十メートル。


 ポケットに手を入れ、横断歩道を渡っていると突如衝撃に襲われる。

 視界はぼやけていて、頭からぬるぬるした暖かい液体が流れだしている以外は把握できていない。


 どうやら、車にはねられたらしかった。


(そっか。このまま死ぬんだな……何も成さないで、何も残さないまんま)


 視界はゆっくり、でも確実にぼやけて暗くなっていく。

 『まあ、このまま痛みを感じないでぼんやり逝けるならまあいいか』『別に未練のようなものはないしよく生きたほうだ』

 負け惜しみのような、あきらめのような、なんともみじめで不格好な感情を抱きながら、人生に幕を下ろすのだ。


 視界が、世界が、ゆっくりと暗転していく――。



 * * *



『――おはよう、ナルシマ カナメ君』


 うっすら視界が戻ってきてあたりを眺めると、真っ白だ。上も下も。


 “あ”


 声を出そうとしてみると、確かにそれを発している感覚はある。しかし「口」どころか顔も頭もあるとは言いきれない。曖昧だ


『おはよう、ナルシマ カナメ君』


 声がする方に意識を集中してみる。


 じんわりインクが滲んでいくように、徐々に意識が覚醒していく。

 そこには女がいた。なんとも神々しい見てくれをした綺麗な人だと思った。女神――そういった存在なのだろうかと思う。


 “あ”


 絞り出す。

 声は出ているだろうか?


『おはよう、ナルシマ カナメ君。ねえってば!』


 こちらの意思表示がうまくできていないからか、少し不機嫌そうに感じられる。


「……あ、あ」


「よしっ、と。私の言葉は聞こえているみたいね!」


 視覚情報は先ほどよりはっきりとしてきた。なんの凸凹もない、白い地面と白い空があるだけだ。

 本当になにもない。


「あなたは死んでしまったの、覚えている?」

「ああ……」


 頭から血が流れているような感覚を想い出した。


「だけど、チャンスね、サプライズよ。二回目の人生を始められるんだから! 今まで生きていた人生とは全く違う世界があなたを待っていることでしょう! 少しデンジャーだけど、ロマンあふれる世界にご招待するわ!」


「いや、いいです……」

「ね! いいでしょう? そこで新しい人生を始める。ねっ、素敵でしょう!」


 意見は曲解されたようで、まくしたてられるように言われ少し冷静になって考えてしまう。


(綺麗な人だけど異世界の神さま? でも、なんで僕が……? なんらかの能力や道具を与えられて、魔王とか異形の敵を倒せとでも言うのだろうか……)


「どうして、僕が?」

「フフフ――間違えたのよっ!」


 言葉ははっきりと聞き取れたと思うが、しかし内容にはピンとこない。


「今“間違え”って、聞こえましたけど」

「ええ。そう言ったんだけど」


 胸のあたりで腕を組んで自信満々に、決め顔でどこか女神感のある女は言い切った。


「間違えたって、何を……ですか?」

「人、場所、時間。すべてを、間違えたのよ!」


「あ、コイツやべえ奴だ」と思うのも束の間、悪びれもせずに女神感のある女は続けた。


「本当はね、ナルシマ カナメ君……知能・知識。カリスマ、運動能力、そういった才覚を持った人を転生させようとしていたの。転生後は、転生前の能力から覚醒させるものだし、次の世界はまだ化学や哲学は発展途上だからね。前世の知識は大きな武器よ」

「……すごい能力を授かったり、魔法が使えたり、は?」

「は? そんなに他力本願でどうするの。自分の力で切り開かなきゃ! 人生ってのはさ!」


(あれー、おかしいな、思ってた異世界転生と違う! それにさっき次の世界はデンジャーって思いっきり言ってたじゃねえか!)


「転生して、そこで何をさせようっていうんです……?」

「よく聞くのよ! この世界は二分されているわ。勢力が二つ。何千年も争いをしていて、世代が変わってもなんの意味もない偏見で自分と、自分に似た種族以外は認めずいがみ合う。だけど戦局は動いて、今は魔族が少し優位よ……人と、人に近い種族は危機にあるわ。そして、魔族側の力は制御できていない、おそらくこのままでは世界は滅亡へと向かうでしょう」


 真面目な顔で世界の状況をざっくりと語り、その後ぱっと花が咲いたような顔で――


「あなたにその世界を救ってほしいの!」


 ――女神感のある女は告げる。


「いやいや……超絶スキルもチート能力もないのに?」

「そ!」

「せめて武器や道具なんかはもらえませんか? 魔族って、強そうじゃないですか」

「ないわ!」

「努力すれば魔法の習得なんかはできる……?」

「できないわよ、あなたにはそんな才能も魔力もないもの!」


 なんの武器も、魔法も。能力もなく世界平和へと導いてほしいのだという。


「ちょっと可哀そうだから、一般人よりは少し筋力・体力なんかの基礎能力は増やしてあげるけど、ん~……私にできるのはそのくらいかなぁ」

「できない……? あなたは【神さま】なのでは?」

「神さま? あははー! 神さまじゃないよ! あはは、神さまなんて、見たことも会ったことも、まして何かをしてもらった記憶だってないんだからー、ばっかじゃなーい」


(ふざけんなよ、さっき死んだばかりの人間を捕まえて、バカ呼ばわりすんな!)


「だったら、別な才能のある人を転生させてくださいよ! 僕は異世界でモブになってひっそり暮らします!」

「無理よ、あなたを召喚させるのに精霊王の秘宝、ため込んだ力を三千年分つかったのよ! 三千年よ? 次なんか待っていたら、世界が滅んじゃう!」

「三千年分の力……」

「そうよ!」

「その力を、間違えたって?」

「……そ、そうよ!」


 少しだけ気まずそうに女神感の強い、神ではないという女は続ける。


「たまたまね、くしゃみがでて、鼻水で滑って転んで頭を打って、顔の近くに落ちてるゴミを虫と間違えてパニックになって力を暴走させてしまったのよ!」


(間違えたのレベルじゃないだろ、世界が滅ぶのはこいつのせいじゃねえか……)


「どう考えても無理じゃないですか? なんの才能もない僕が行ってどうしろっていうんですか」


 どこか覚悟をしたような表情で、ゆっくりと女は、腰を折る。

 あまりにも優雅で、まるで『女神の舞』でも見ているようだった。足元に咲く、一輪の花を摘むような流麗な動作。


 見惚れて、それが土下座だと気付くまで数秒かかってしまった。


 (――こいつ土下座しているぞ。みっともない)


「そこをなんとか!  お願いします!」

「いやいや、無理ですって、死にます! また死んじゃいますよ!」

「お願いします! 今なら『精霊王の加護』を付けますのでっ!」

「なんだよ、そんなもん自由自在に与えられるんなら、お前が行けばいいだろうが!」

「できないんですよぉ~、精霊は長い時間、現世に実体を保てないんですぅ~っ!」

「短い時間だってやってのけろよ! お前の仕事だろ!」

「お願いしますよう~、この美しい世界が滅んでしまうんですぅううっ!」


(なんでこんなにぐしゃぐしゃに泣いてんだこいつ、泣きたいのはこっちの方だろうが)


「……僕に何かメリットはあるのか」

「…………」


「世界を救ったら、報酬がたんまりで一生遊んで暮らせるとか。世界一の半分をもらえるとか。ハーレムになるとか!」

「…………」


(えー、本当になにもないの……)


「……っ、救わないデメリットはあるわ……!」

「……っ!?」


「世界を救わなければ、魔族に蹂躙(じゅうりん)された世界で差別を受け、捕虜になって――痛みを伴いながら、生産性のかけらもない糞みたいな重労働を強いられるでしょう。なんならそういう風に仕向けるわ。そうよ! 雑魚魔族なら私の力で少しくらいコントロールできる――あなたにひどい拷問を与えましょう! それが嫌なら、この何にもない空間で何百、いえ……何千年も過ごしたらいいのよ……きっとちっぽけな人間のあなたの頭なんて、ほんの数年で狂ってしまうでしょうね!」


 ゆっくりと立ち上がりながら、暗い瞳をした女は、そう言ったのだった。


「このサイコ野郎ッ!」

「ね? どうする?」

「くそったれ! 行ってやるよ!!」


 こうしてナルシマ カナメは、派手に唾を吐くように目の前の女に決意を告げた。

 この世界を救う決意を。

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