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第8話 そして備後落合駅へ

 レンタカーを出雲市駅で返却し、2人は再びJRに乗り込んだ。改札口で係員から青春18きっぷの2日分の欄にスタンプを押してもらい、13時34分発米子行きの普通列車に乗り込んだ。途中の宍道しんじ駅で降り、木次きすき線に乗り換えた。電化されている山陰本線と違い、架線の無い非電化路線である。ディーゼルカーが中国山地の懐深くへと進んでいく。


 悠斗は出雲大社の境内で詩織に言われた、自分との縁結びを祈願したという台詞について、改めて考えた。冗談なのか本気なのか、彼女の真意をつかめない。少し勇気を出して聞いてみた。


「俺との縁結びを祈願したって、どういうこと?」

「どういうことって、言葉のまんまだよ」

「もうすっかり友達じゃん」

「うーん、えーっとね、それ以上になりたいかな…」

「え?」

「まあそれ以上は、秘密よ」

「わかった。」

それ以上は悠斗は聞かず、話題を変えた。


列車は線路内の一大ターミナルの木次駅に着き、さらに南へと下っていく。どんどん山深くなっていく。亀嵩かめだけ駅に着くと悠斗が切り出した。「知ってる?ここ、松本清張原作の映画「砂の器」の舞台なんだよ」

「へえー、そうなんだ!」

「でもね、都合で、実際のロケは別の駅で行われたそうだけど」

「立山さんは何でも知ってるね!」

 列車は出雲坂根駅を過ぎると、三段式スイッチバックで急勾配を登っていく。運転士が前後の運転席を慌ただしく行き来する。


 17時1分、列車は終点の備後落合びんごおちあい駅に着いた。木次線の終点で、芸備線と接続している。山深いターミナル駅で、無人駅である。駅前は古めかしい商店やタクシーの車庫があるぐらいで、閑散としている。初めて訪れた詩織はその閑散ぶりに呆気に取られた。さらに驚いたのは、掲示されている列車発車時刻の看板である。新見方面と三次・広島方面の二手に分かれて列車が発車するようだが、それぞれ3~5つしか時刻が書かれていない。詩織は驚いて、悠斗に迫った。

「ちょっと、次の列車は19時18分じゃないの!」

「そうだよ。待てばいいじゃん。」

「レストランもコンビニも全然無いでしょ!夕ご飯はどうするのよ!」

「ここから歩いていけば、あるさ」

「ええ!?」


 詩織は半信半疑ながらも、悠斗についていって歩いた。しかしどれだけ歩いても、まばらに民家があるだけである。山の風景がどこまでもどこまでも続く雰囲気である。半信半疑どころか、店があるという悠斗の台詞にかなり疑い深くなっていった。

 「あの駅は昔は駅員が200人以上居たんだってさ。栄枯盛衰だなあ。」と悠斗が話すと、詩織は「ちょっと!それより本当にお店はあるの?」と返した。


20分ほど歩くと、確かに店はあった。古い平屋建てで、一見すると営業しているのかどうかわからない。だが、入口に「営業中」という大きな看板が出ている。詩織は「なんか入りにくいわね」と不安がったが、悠斗は「いや大丈夫だって。いい店だから」といい、スタスタと入っていった。

 悠斗は入るなり、女性店員に「おでんうどんを2つ、お願いします」と言い、席に着いた。店内も古めかしく、昔ながらの食堂という雰囲気が漂う。他には家族連れが一組いるだけで、TVの音以外は何も流れない。

 詩織は訝って「おでんうどんって何?うどんとおでんのセット?」と聞いてきた。

「かけうどんの上におでんが乗ってるんだよ」

「えー!うどんの汁とおでんの汁が混じるじゃないの!」

「いやいやそんなことは無いよ」


そう言っていると、店員がおでんうどんを2つ持ってきた。関西風の薄い汁を張ったうどんの上に、おでんの種が3つ。煮卵と厚揚げと牛すじが乗っている。悠斗はすぐに箸に付けた。詩織は少し訝りながら食べ始めたが、

「わあ、美味しい!汁が混じるなんてことはないわね!おでんってうどんの良い具なんだなあ」と意外そうにした。「麺もコシがあって美味しいわね。」


食べ終えて会計を済ませ、また歩いて駅へと戻っていった。詩織は改めて眺めてみて、中国山地の雄大な風景に感嘆とした。ふと振り返った先には道路看板があり、広島市まで100キロ以上という表記があるのが目に入った。

「ここって広島県?」と詩織が尋ねる。

「そうだよ。広島県庄原市。」

「広島市は凄く大きな街なのに、こんな山深い所もあるんだね」

「広島県は「日本の縮図」と呼ばれていて、街あり海あり山ありなんだよ。でもさ、このあたりの県北地域はとても過疎化が激しいんだよ。」

「さっきさ、備後落合駅に昔200人以上駅員がいたと言っていたけどさ、それぐらい賑わっていたの?」

「夜行の急行列車が停まるターミナル駅だったからね。お店も多かったらしいよ。でも過疎化に加えて高速道路が開通して、どんどん寂れていったらしいね。あ、さっきのおでんうどんは、元々は駅の売店の名物だったらしいよ。さっきの店で引き継がれているんだってさ。」

「へえー、いろいろあるんだね。なんだか戦後の高度経済成長の歴史の痕跡が、このあたりには詰まっているんだね」


いろいろと話していると、あっという間に駅に着いた。18時20分。日はかなり沈んでいる。まだ三次行き列車の発車まで小一時間ある。2人は板張りの待合室で座って過ごした。周囲には誰もいない。

詩織が話を切り出した。

「私の故郷の高千穂も山奥だけど、大きなスーパーがあったりして、ずっと賑わってるよ。ここって、のどかだけど、夜になったらなんだか怖いな。早く列車来ないかな」

「まだ50分ぐらいあるね。長いねえ。そうそう、三次だってここよりずっと都会だよ。」

「三次に着いたら、その後広島への乗り換えはすぐ?」

悠斗はメモを見ながら答える。

「たった4分だよ。広島駅に着くのは22時28分で、また乗り換えて、横川に着くのは22時39分。」

「ええっと、あと4時間もあるのかあ。家に帰るまでに」

「これからは夜になるから、風景も眺められないね」

そう聞くと、詩織は少々憂鬱になった。その4時間もの時間、何を話して過ごすのかと迷った。退屈になるのだけは嫌だった。

 もっと深い仲になれば、会話は弾むのではないか。だから今ここで、自分の悠斗への思いを伝えたらいいのではないか。でも女から告白するものだろうか。それに、もし「ごめんなさい」と振られて告白に失敗したら、その後最悪な気まずい4時間を過ごすことになる…。詩織の頭の中は堂々巡りになった。ひとまず一言発してみようと思い付いた。


「今日さ、私出雲大社で、縁結びを祈願したじゃん。貴方と友達以上の関係になりたいって。」

「あれって、どういうことなの?」

男子校出身ゆえに異性付き合いが奥手な悠斗は、なかなか詩織の女心をつかめない。

「うーん、まあねえ…」と詩織は、なかなかそれ以上の言葉を出せない。


ふとそこで、待合室の前を人が通り過ぎた。全く人気のない夕暮れのこの駅に、いきなり人が現れた。詩織は「キャッ!」と驚き、体を震わせた。恐怖のあまり、悠斗の体へとうつぶせた。彼女の頭と長い髪が、悠斗の腹にくっついた。

悠斗は落ち着いて彼女の肩を持ち、上げた。そして「今の人はJRの保線係の人だよ」と、微笑みながら言ってみせた。

詩織ははっと我に返った。「そうなの?」

「そうだよ。ここは無人駅だけど、保線の人はよく出入りするからね」

詩織は悠斗の包容力をたまらなく愛しく思った。そして意を決した。

「立山さん、あのね、私…。」

「何?」

「私のこと、どう思う?」

この言葉を聞いて、悠斗は詩織の本心をつかみ取った。恋愛小説や漫画でよく出る台詞だなと思った。

悠斗は勇気を込めて言った。

「好きだよ」

「私もよ。これからは詩織って呼んでね。私も悠斗って呼ぶから。」

詩織は悠斗に抱き付いた。悠斗も抱き合い返した。熱い抱擁は数秒続いた。


そこに、足音が聞こえた。先ほど通過したJRの保線職員である。2人はお互い自分の手を放し、「あぶねー」「あぶなかったわね」と笑い合った。保線職員は2人をちらりと見ただけで、興味無さそうに通り過ぎた。

「そろそろホームに行こうか」と悠斗は促す。

「そうだね。あ、もう10分前じゃん!」

2人が腰を上げてホームへと行きかけた時、構内の踏切が鳴り、足を止めた。折り返して三次行きになる列車が進入してきた。


19時18分、2人の乗る三次行き列車が発車した。乗客は最初は2人だけだったが、一つ一つ駅に停まっていくうちに乗客が増えていった。2人はボックスシートに座り、話し込んだ。

「詩織は高校時代は彼氏いたの?」

「いたけど、受験勉強するうちに別れちゃった。悠斗は男子校だったから、彼女はいなかったんでしょ?」

「俺はいなかったけど、クラスメートの中には、合コンで知り合った他校生徒と付き合ってる奴はいたよ」

「へえ、そうなんだあ。合コンって私やったことないなあ。」

「でももう俺がいるんだから、合コンは必要ないでしょ?」

「そうだね。アハハ」

すっかり夜になった20時38分に列車は三次に着いた。2人は跨線橋を渡って、広島行き列車に乗った。

 広島駅で山陽本線に乗り換え、22時39分に横川駅に着いた。2人は駐輪場に行ってお互いの自転車に乗り込んだ。詩織が切り出した。

「これでお別れだね。今日は楽しかったわ」

「備後落合駅での待合室でのこと、記念になったね」

「フフフ。友達たちに報告しなきゃね。」

「あ、そうだった。何だか恥ずかしいなあ。」

「ええ?私と付き合うのが恥ずかしいっての?」

「そうじゃないけど、みんなにビックリされそうでねえ。詩織からみんなに言ってくれない?」

「いいわよ。ハハハ」

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