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第7話 稲佐の浜と出雲大社

 カープは2013年シーズン、ファイナルステージで1位巨人に敗退し、日本シリーズ進出とはならなかった。しかしチームの勢いは衰えを知らず、翌14年も快進撃を繰り広げた。

 3年生になった悠斗と詩織は、勉学の傍らカープ観戦を続けた。恋仲にはなっていないので家で一緒にTV観戦とはならなかったが、ズムスタでの観戦は続けていた。

 8月26日にも2人はズムスタでナイターを観戦した。対東京ヤクルトスワローズ戦である。12-6で圧勝した。その気分の良さの余り、詩織は悠斗を飲みに誘った。カープロード沿いにあるお好み焼き店で2人は乾杯した。宮崎出身である詩織は、広島のお好み焼きをまだ数回しか食べていなかった。「鉄板の上からヘラで食べることが本格的な食べ方」とは聞いていたが、それを上手くできる自信が無かったので、これまでは店の人に切ってもらって皿で食べていた。

 しかし2人が乾杯した店は、テーブルの上に鉄板があった。店員が出してきたのもヘラだった。一応テーブルの隅には割り箸が置いてあったが、詩織は敢えてヘラで食べることに挑戦してみせた。小麦粉クレープ、刻みキャベツの蒸し焼き、豚肉、焼きそば、卵焼きが重なったその上を豪快にソースが塗られたお好み焼きが2つ、やって来た。

 悠斗の手ほどきを受けながら、詩織はお好み焼きを上からヘラで差し込み、6等分した。そして一片を口に運んだ。直前に悠斗が「熱いから、口でふうふう吹いて!」と言ったのでそうした。しかしお好み焼きの一片は詩織の口の中に上手く入らない。キャベツなどの素材が崩れ、ボロボロと鉄板の上にこぼれていった。悠斗は「ハハハ、まだ慣れないよね」と言いながら、そのこぼれた素材を自分のヘラで1つにまとめた。

 詩織はボロボロこぼしたみっともなさで恥ずかしさ一杯になったが、それから残った5片を食べてみせた。口の周りにソースがたくさん付き、慌てて布巾で拭く。食べるのに夢中で、ビールのジョッキは4分の3を残してそのままになっていた。


 食べ終えてビールをちびちび飲みながら、詩織はつぶやいた。

「夏休みも折り返し地点だけどさ、9月は何して過ごすの?」

「日帰りで、島根県の方に行こうかと考えているよ」

「どうやって行くの?」

「行きは高速バス、帰りはJRの普通列車だね。青春18きっぷを使うよ。」

そう聞くと詩織は気が大きくなって言ってみせた。酒を飲んだ勢いもあった。

「面白そうじゃん。私も連れてってよ!」

悠斗に、吉山千佳子でなく自分に振り向いてほしいという気持ちは、まだ詩織の中に残っていた。この際勇気を出して、旅行を一緒にするという提案をしてみせた。


「帰りはすごく時間がかかるから、家に帰るのは23時ぐらいになるけど、いいの?」

「いいわよ」

詩織にとって、泊まりでの旅行はさすがに抵抗があったが、日帰り旅行ではどんなスケジュールでもついていくつもりだった。

悠斗は実際に9月の何日に行くのかは決めていなかった。青春18きっぷの利用期限である10日までの間で、お互いバイトが無いということで、9月1日に決めた。

詩織は「そういえば青春18きっぷは今月末までが発売期間だったね」と言ったが、悠斗は「僕のきっぷが残り2日分残っているから、2人で使おうや」と言った。

「悪いわね。1日分のお金を払うわよ。いくらだっけ?」

「5日分で11850円(※当時の価格)だから、5で割って2370円だね。まあ、2000円でいいよ」


9月1日の朝8時。2人は広島バスセンターからJR出雲市駅行きの高速バスに乗り込んだ。約3時間の行程を経て、11時前にJR山陰本線・出雲市駅に着いた。駅前でレンタカーを借りて乗り込んだ。運転するのは悠斗である。免許取得から2年が経っているが、時々実家に帰った時に両親の車で三次市内を運転する程度で、不慣れだった。カーナビの指示通りのルートを辿った。出雲大社の大きな鳥居が見えてきたが、運転者の悠斗はその前を通り過ぎ、西側へと行く。

「どこに行くのよ?」と詩織が怪訝そうに尋ねると、悠斗は「まあまあこれからのお楽しみ」と言った。カーナビには「稲佐の浜」と書いてある。

 ほんの3分ほどで、家々の向こうに鮮やかな海の景色が見えてきた。駐車場に入り、車を停めた。場内には裸足で、肌が日焼けしている人が何人もいる。サーファーである。

 駐車場から通じる砂地の道を歩くと、磯の香りが漂う。その先には、「ザザァ…」と波打つ海岸がそびえていた。祠の建つ弁天島がある以外は何もなく、ただ幾重もの波が流れては砂浜で溶けている。海の向こうに島は見えない。水平線が広がる。

「ワァァァ!!」と詩織が叫んだ。「海の風景って、こんなに凄いんだね!」

悠斗は驚き、「海岸に行ったこと無いの?」と聞いた。

「うん、無いよ」

「君って、宮崎のどのあたりの出身?」

「山間部の高千穂なのよ。海の景色は、高速道路の車の中からしか眺めたことが無いんよ。実際に行ったのは初めてだけど、こんなに豪快だったなんて!」

詩織は波の方に走り出したが、砂の窪みにつまづいて転んだ。細やかな粒目の砂は踏んでいて、マシュマロのようで心地いい。起き上がると意を決して靴を脱ぎ、靴下を脱いで裸足で駆け出した。「立山さんもほら、おいで!」と促した。

悠斗は冷静に、「おいおい、足が汚れていいのか?」と諭した。それを聞いた詩織はハッと気付いた。2人とも、どうしたらいいのか思い付かなくて沈黙した。

悠斗はあっと思い付き、駐車場と海岸を結ぶ歩道の方を指差して、「あそこでサーファーが足を洗ってるじゃん」と言った。確かに指差す先にはシャワーのようなものがあって、サーファーが足を洗っていた。

そこからまた詩織は意気揚々になり、「じゃあ立山さんも裸足になって!一緒に走ろうや!」と求めた。その勢いに乗って悠斗も裸足になった。彼にとっては慣れたことだった。生まれ育った三次からはこの「稲佐の浜」に何度も行って、遊び戯れていたからである。


興奮の冷めやらない詩織は悠斗の手を握って引っ張り、ますます海岸へと走ってゆく。母親と妹以外の女性に手を握られたことの無い悠斗はドキッとしつつも、詩織の勢いそのままに乗った。そのうちに「おいおい波に近過ぎだよ。飲まれて溺れてしまうぞ」と諭した。詩織は「そうだね、この辺りでやめとこうか」と明るく答えた。

2人はシャワーで足を洗った。タオルを持っていなかったのでハンカチで拭いた。少々濡れの残る足にぎゅっと靴下を着け、靴を履いて車に戻った。「楽しかったね」と語り合い、そして車を出雲大社近くの駐車場に停めた。


8月が終わったばかりで残暑の厳しい中、2人は鳥居から神社に入っていった。緩やかな坂道を歩いて行く。しばらくすると、多くの人で賑わう拝殿へとたどり着いた。2人して賽銭を入れ、お参りをした。悠斗は先ほどの海岸、「稲佐の浜」に行った帰りに何度も出雲大社に行っていた。それゆえに作法を知っていて、詩織に「ここでは2礼4拍手1礼だよ」と言った。


お参りを終えて鳥居の方へと戻る途中、詩織は話を切り出した。

「ここは縁結びの神社だよね。立山さんも縁結びをお祈りした?」

「そうだよ。」

「だーれとの縁を祈ったの?」

「それは秘密だよ」

悠斗はただ漠然と、「彼女ができますように」と祈っただけだった。


詩織は少し考え、また話し出した。

「吉山さんとの縁結びを祈願したんでしょ?」

「いや、そうじゃないよ」

「でもさ、私よくあのコンビニに行くけどさ、仲良さそうにしてるじゃん」

「いやいや、別に恋人じゃ全然無いよ」

「でも、気になってるんでしょ?なんか風の噂で聞いたけど」

 詩織は、自分が陽子伝いに「悠斗にはバイト先に気になる人がいる」という話を聞き出し、なおかつ自分がそこから吉山千佳子だと察したことを隠し、「風の噂で聞いた」と嘘を付いた。


そう聞いて悠斗は少し驚き、考え込んだ。以前に吉山千佳子のことが気になっていたことは確かだが、今はそれほどでもなかった。そもそも、須川陽子に「彼女はいるの?」と聞かれて「気になる人はいる」と答えたのは、かなり適当だった。「自分だって恋ぐらいはするんだ」という、陽子に対する虚栄心だった。千佳子とコンビニ勤務で一緒になることは段々少なくなっていた上に、大学が別である。彼が千佳子を意識する度合いは、かなり小さくなっていた。


詩織は「何で黙ってるの?図星なんでしょ?」と、少し強引に迫ってきた。そこで悠斗は意を決して、「吉山さんのことは全然気になってないよ!」と言った。

「それ、本当?」

「本当だよ。約束するよ。」

そう言われて嬉しく思った詩織は、また気が大きくなってこう言った。

「私は立山さんとの縁結びを祈願したんだよ!」

 悠斗は驚き、黙り込んだ。その後2人は黙々と歩いた。濡れていた靴下は照り付ける日差しで、段々と乾いていった。

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