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第17話 被爆体験を綴る

 守は会話ができるまでに容態が回復し、7月中旬に退院した。しかし以前のような元気さは無く、自宅で安静する日々を過ごしていた。夫人の慶子は体調が万全で、全ての家事をこなして守を支えていた。


 守は自宅の書斎で、原稿用紙に文を書く時を過ごすようになってきた。内容は自身の被爆体験である。入院するより前に幾度も講演活動をこなしてきたが、それでも彼にとってはまだ語り尽くせていない思いがあった。毎日原稿を書き続け、書き上げた用紙が段々積み上がっていった。

 晴れ渡った青空に飛んできた一機の爆撃機。そこから落ちた一つの爆弾。地上に着弾するよりも前にパっと光る。その後しばらくパニックで混乱した。気が付けば空は暗く、猛烈な爆風が吹きすさび、熱線が走る。熱線の温度は天文学的な数字である。体が溶けていく人々。「水をください、ください」と言い、飲んでは倒れて亡骸になる…。守は、あの惨禍を思い出すと脂汗を掻くほどに恐怖感を感じていたが、その辛さを我慢しながら、日々ペンを原稿に走らせ続けた。


 広島市の平和記念資料館を見学し、原爆の惨禍にショックを受けてきた人に、守はこれまで幾度も会ってきた。その中にはアメリカ人も多くいた。「原爆の惨禍を知ってもらう」ことは、「原爆が投下されたから戦争を早く終わらせることができた」「核兵器の抑止力は世界の平和を維持する」と考える人との溝を埋めることだった。

 戦争の惨禍に、敵も味方も無い。原爆投下について、「アメリカが憎い」という思いを、守は抱いていなかった。「原爆が投下されたおかげで戦争を早く終わらせることができた」と考える人と、議論をする気持ちは微塵も無かった。彼が抱いていた思いはただ一つ。「あの惨禍を繰り返さない」ことだった。守は、その思いを伝えたい一心だった。


 8月6日になった。70年目の、原爆の日である。守は毎年の如く8時15分に黙祷をして、そして平和記念式典の様子をTVで見続けた。

 その晩にはズムスタでのカープ対阪神戦のTV中継を見続けた。阪神のマット・マートン選手が活躍して、阪神が勝利した。中継を見終わってパソコンを開いてネットを見ると、何やらマートン選手のことが話題になっていることに気付いた。その内容は、彼が午前中の平和記念式典に参列したことと、それへの感謝の声であった。

 守は感極まった。「アメリカの人にも、原爆の過ちを繰り返さないことの意義をわかってもらえた…。」「平和の礎の上に、野球があるのだよなあ…。」とつぶやいた。

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