第12話 復帰を巡るファンの葛藤、そして守の容態
2015年の元旦。悠斗は年賀状が自分の単身アパートに届くのを待って、芸備線で実家へ帰省した。届いた年賀状には拓人からのものもあった。悠斗の方は書いていなかったので、急いで返事を書き、ポストに投函した。
実家では両親の他に妹、祖父母、伯父一家が出迎えた。伯父は悠斗に、「今年4年生になるけど、卒業後はどうするんや?」と尋ねた。
「公務員を目指して勉強しています」
「そうか、頑張れよ」
その後は、自然と親戚一同、カープの話題になった。
「新井が戻って来るとはびっくりしたけど、黒田も戻って来たね。8年前に同時に出て行った4番とエースがまた同時に戻って来たよ。ハハハ」
「黒田がいるから、先発ローテは安定だよな。でも新井はどういう風に起用されるのかねえ?」
「わからんなあ」
そこに、大学1年生である悠斗の妹が割って入った。
「私、新井が出て行った時小学6年生だったけど、同級生のたくさんの子が怒っていたよ。私だって嫌だったもん。記者会見で涙を流すぐらいカープが好きなら、何で出て行くんかってね。阪神戦を見ていてあいつが出てきたら、「三振しろ」といつも思ってたわ。この前にカープに戻るってニュースが出た時に、友達と一緒に「はあ?何を今さら?」って言い合ったわ。」
父親は、落ち着いた口調で言った。
「まあもう8年も前のことだし、水に流そうや。阪神が提示した年俸は7000万円だったとか言われているけど、それよりずっと少ない2000万円でいいからって、カープに戻って来たんだぞ。応援しようや」
この2015年のシーズン開幕前、新井選手に対してカープファンは複雑な感情を抱いていた。新井選手自身、「自分は戻って来ていい人間なのか」という葛藤を抱いていた。カープOBと食事して、「僕は広島のファンに受け入れてもらえるでしょうか」と相談していたという。
翌日の2日、悠斗は守の家を訪問した。カープ談義で盛り上がるのを楽しみにしていた。玄関のベルを鳴らした。出てきたのは麗華だった。彼女は悠斗を見て「あっ」と言った。何だか気まずそうな表情をしている。
「あけましておめでとうございます」
「あけましておめでとうございます」
「守さんにお会いしに来ました。今、いらっしゃいますか?」
麗華は黙り込んだ。
「悠斗君、実はね…。お祖父ちゃん、入院しているの。かなり状態が悪くて、もう話ができない状態よ。」
「え、そうなんですか?」
「私、ちょうど今から病院に行くのだけれど、一緒に行かない?」
悠斗は麗華の運転する車に同乗し、病院の入院病棟に向かった。
病室の通路側のベッドで、守が横になっていた。口を小さく開けたまま、ぴたりと身動きしない。麗華は耳元に寄って「お祖父ちゃん、悠斗君が来たよ」とささやいたが、反応は無かった。
悠斗は麗華に、「守さんはどうしてここまで状態が悪くなったのですか?」と尋ねた。
「去年の11月にね、高熱を出してね。それが治らなくて病院に行ったの。すぐに入院になったけど、段々意識が無くなってしまったのよ」
翌3日に悠斗は広島市横川の単身アパートに戻り、公務員試験の勉強を再開させた。しかし守のことが頭から離れなかった。旭川で初めて出会ったことからその後のいろいろなことがよぎった。どうか意識を取り戻して、元気になってほしい。そう一心に願うようになっていった。
帰省を終えて広島に戻った詩織も、守の容態悪化を耳にした。「ズムスタで会ったあの人、良い人だったねえ。私も治ってほしいわ。」と言った。




