第10話 守の急変
この年のカープは3位でレギュラーシーズンを終えた。CSファーストステージを昨年と同様甲子園で臨み、阪神と戦ったが、0勝1負1引き分けで敗退した。5年間指揮を執った野村謙二郎監督は辞任したが、ファンの間では「これまでお疲れ様。チームを強くしてくれてありがとう」という声が漏れた。後任は野手総合コーチを務めていた緒方考市に決定した。
88歳になった大庭守は体力の衰えを感じつつも、健康維持に励むべく毎朝、三次市の自宅近くをウォーキングしていた。十日市町の商店街から、赤色が鮮やかな巴橋を渡り、対岸の三次町商店街へと往復していた。
11月。彼はいつものようにウォーキングをしたが、帰宅後に体の倦怠感を感じてベッドに横になった。昼間になっても倦怠感が残り、昼食も台所には行かずにベッドから起きたままの状態で食べた。午後も横になり続けた。
そのうちに夫人の慶子がベッドにやって来て、慌てて言った。
「貴方、大変よ!新井選手がカープに戻るんだって!」
守はにわかには信じがたく、「なんじゃと?何でや?」と言った。ベッド隣のTVを点けてみると、ちょうど新井選手が入団記者会見をしている様子が写っていた。「ホンマに戻るんじゃのう…。」守に段々実感がこみ上げてきた。
FA権を行使して国内他球団に移籍したカープ選手が元に戻るのは、前例の無い事態であった。新井選手は7年間阪神で活躍したが、最終的にはレギュラーの座を他の選手に奪われた。この14年のオフには「来季は代打要員になる」と通告されていた。彼は出場機会を求めて自ら阪神球団に自由契約を申し入れ、退団することになった。そして右打ち長距離打者を求めていたカープが獲得した。
7年前に彼のカープ移籍に怒ったカープファンは、この電撃復帰に戸惑った。
守の体調不良は翌日になっても治らず、日課のウォーキングは取りやめた。高熱までをも催した。たまらず病院に受診し、精密検査を受けた。
医師に「入院してください」と言われ、すぐに病床に入った。




