ゴブリンが200G騙し盗られる話
俺様はジョンスケ。オロロ谷のゴブリン族だ。
ゴブリンは額に角が生えた小柄な種族だ。魔力も体力も大して無いが、『かしこさ』は高いんだぜ? グヘヘっ。
俺の仕事は谷の近くの難所、『くたばりヘビ峠』の関所の番人だ。
え? こんな辺境の誰の領地でも国境でも無い場所に『関所』なんて有るのかって? そいつぁアンタ、俺様が『有る』って言えば有るんだよ? 信じる者は救われる、って言うだろ? グヘヘっ。
例えば俺様の仕事ぶりはこんな具合だ。
ある日、ロバを引いた間抜けな小人族の年取った行商が関所まで来た。俺様はこう対応する!
「オイっ、爺さん。通行料は爺さんが12G。ロバは3Gだ!」
「そんなっ? 高過ぎるっ、なんでこんな所に関所が??」
「これは口に出すのも恐れ多いっ、『北の』あのお方の御達しだっ!」
「北の・・まさか北の魔神『ドカバキノメス』様っ?!」
「そう、アレだ。『その方面』だ」
「ひぃいいっ、わかったっ! しかし高過ぎるっ。15Gなんて・・」
「チッ、しょうがねぇな。ロバはまけてやる。爺さんも7Gでいいや。書類上は俺様がごまかしといてやらぁ。年寄りは大事にしないとな?」
「あ、ありがとうっ! 恩に切るよっ」
「はい、7G。毎度あり・・」
と、まぁこんな具合だ。
勿論は相手の『スジ』は見る。金回りのイイ奴からはもっとふんだくるし、ヤバそうなヤツは愛想良くタダで通す。臨機応変さ。何しろ俺様は、かしこさ、が高いからなっ! グヘヘっ。
そんな具合でよろしくやってきた俺様なんだが、今日は天気が悪い。
関所小屋に暫くいたが、誰も来ないし、雨脚が強くなる前に谷の郷に戻ろうかと思っていると、フード付きマントの同じゴブリン族の旅人が関所に現れた。
見掛けない顔だ。腕っぷしが強そうには見えないし、右足が悪いらしく、少し引き摺って歩いていた。こりゃ、ハズレ、だな。
「ここは関所だが、天気も悪い。5G、いや、3G置いてさっさと行け」
「5G払うから、小屋で火に当たらせてくれないか? 右足の古傷が冷えて痛んじまってよ・・」
「チッ。まぁいい。マントが乾いたら行けよ?」
俺様は5G受け取って入れてやることにした。
「・・・」
薪ももったいないし、さっさと郷に帰りたかったが、『番人』の俺が先に帰るワケにもいかねぇ。
フード野郎が暖炉の前にいやがるから、俺は部屋の端に椅子と丸テーブルを置いて、最近買った。『嘘みたいに儲かるっ! 勝ち組の毎朝ルーティン』を読んでいた。
「俺、東の『ゼニーガ遺跡』に行くんだけどさ」
フード野郎が馴れ馴れしく話し出した。俺様は無視したが、続けやがる。
「足を痛めちまってよ・・チックショー。せっかくポーカーでブン取ってやったのにっ」
フード野郎はそう言って、それきり黙っちまった。なんだ? 何を『ブン取った』んだ??
「・・なんの話だよ?」
俺は痺れを切らして聞いた。
「ゼニーガ遺跡の『青の階層』に隠しフロアが有るんだよっ。そこへの行き方と、序盤のマップだよ? スゲェだろ?」
マジかっ?! 内心飛び上がったが、俺は『関心無さそう』な顔をキープした。
「パチモンじゃねーか? 確か青の階層はもう、散々冒険者に荒らされてスッカラカンだろ?」
「いやっ、マジだってっ! 見付けたパーティーのメンバーから巻き上げたんだからよっ」
「なんでソイツら自分で探索しないんだよ?」
「探索はしてるんだよ、今もっ。俺が酒場で巻き上げたヤツは、仲違いして抜けてきたヤツだよ」
「へぇ」
これは、ひょっとする・・か?
「結構広いんだ。俺も1人で奥まで行く気はさらさら無いが、そいつらがざっと攻略した後のお零れをちょっとあさってよ」
フード野郎はフードは上げないが、こちらに身体ごと向き直った。
「後は、ガチで遺跡探索してる冒険者どもにマップと資料を売っ払ってやろっかなってさ」
なるほど、そういうワケか・・。
「その足で、現地で?」
「うっ・・そうなんだよ。どーすっかな」
フード野郎は困り果てた様子だった。これは、いけるっ!
「ゼニーガ遺跡前の『キャンプ村』に行くのも大変だろ? そのマップと資料は俺が代わりに売ってやろうか?」
「えっ? ちょっと待ってくれっ、マージンは・・」
思案しだすフード野郎。ダメだ。冷静に考えさせない方がいい。
「ああっ、ややこしいっ! 俺がまず買い取って、俺が現地で売ってくるぜ。その方が後腐れないだろ?」
「おっ、おおっ! それならありがたいけどっ、あとっ! この辺に郷は無いか? 足の治療を・・」
右足をさするフード野郎。
「ああハイハイ、谷のゴブリンの郷がある。すぐ近くだ。ショボい郷だが、医者もヒーラーもいる。金さえ払えばなんとでもなる。後で安全な道の地図を描いてやる」
「ありがてぇっ! ・・で、いくらで買ってくれる?」
「本物かは確認するぜ? そうだな・・」
もし、本物なら単純に転売するだけで400Gにはなる。話が拡がる前にキャンプから離れたいくつかの街で複製品を売り歩けば、さらに倍は儲かるだろう。グヘヘっ!!
「そうだな・・俺もそんな金持ちじゃねーから、150Gと言いたいところだが・・230G払おうっ! アンタのここまでの労力も込みだっ」
「えーっ?! いや、そんな高過ぎるっ。関所の番人の仕事も休むことになるんだろ? 200っ! 200Gでいいよ。近くの郷まで紹介してもらうんだからっ」
・・コイツ、間抜けだな。
「わかった。だが、205Gな。通行料は取らないぜ?」
俺は気前良い顔で笑ってみせた。
3日後、俺はゼニーガ遺跡前のキャンプ村にたどり着いた。ガラの悪い冒険者どもがゴロゴロしてやがる。
俺は絡まれないように気を付けながら、仕事の情報を売り買いする、キャンプ村の『シナリオショップ』の前まで来た。
酒場を兼ねたシナリオショップ前では、それぞれ楽団を従えた派手な格好の男2人が拡声魔法のワンド(短い杖)を手に、喚き合っていた。
異世界からの来訪者が伝えた『ラッペ』という歌唱バトルだ。
音楽に乗せて、歌手同士が主義主張や罵倒や語呂合わせのスキル競い合う。
「お前の母ちゃん超デベソっ! YOっ!」
「お前の叔父がお前の父っ! セイホーっ!!」
め~~~っちゃ、ディスり合ってる。よくやるぜ。観客はそこそこいたが、俺はさっさとシナリオショップに入った。
「これは・・」
「ちょいと『裏ルート』で手に入れちまってな。いくらで買う? いい仕上がりだろ?」
シナリオショップの店主は眉をしかめて、俺がカウンターに置いた隠しフロアのマップと資料を読み込んだ。
「ちょっと、待て・・」
店主は一旦、店の奥に引っ込んだ。グヘヘっ。ビビったか。400とふんだが、もっと行くかもな。グヘヘヘっ!
「これを、見ろ」
戻ってきた店主は、カウンターの上にマップと資料のセットを13セットも置き出した。
全て、俺様の持ってきた物と同じ??
「なっ・・」
唖然として見比べる。全部、同じだ・・。
「遺跡に詳しいマッパーや、複製魔法の使い手が協力してるんだろう。最近流行ってる『隠しフロア有る有る詐欺』だ」
全身から冷や汗が出てきた。
「いくらで持っていかれた? 大体みんな、70Gから90Gくらい持ってかれてるんだが・・今、ここら一帯で注意を促しだしてるところなんだよ。災難だったな。まぁ、幸いこのキャンプには雑用の仕事が多いから、90Gくらいは数ヶ月働けば」
確かに、よく見ればシナリオショップの壁には『隠しフロア有る有る詐欺に御注意っ!!』と、書かれた、フード野郎のフードを被ったままの似顔絵も載ったポスターが貼られていた。
「・・ちょっと、外で風に当たってくる」
「ああ、まぁ、そうしな」
俺様はフラフラと店の外に出た。
ラッペに熱中する歌手の1人が、
「四角っ! 三角っ! 丸っ! 六角っ!」
とリズムだけで勢い付いてよくわからんことを喚いて客を盛り上げていた。
俺様は、そのラッペ歌手から拡声ワンドを取り上げた。
「っ?!」
戸惑う歌手に構わず、俺様は力の限り叫んだ。
「だーまーさーれーたぁーーYOッ!!!」
俺様の叫びがキャンプ村に響いた。