最後の夜
吉田が死んだ。
その報せが届いた時、俺は唐突にある春の日の風景を思い出していた。
川縁にどこまでも続く、満開の桜並木。
吹き抜ける春のそよ風に、淡いピンク色の花びらが舞う。
その中心で、幸せそうに笑っていたのは彼だった。
吉田侑季。
彼は中学の同級生で、俺の初恋の人だった。
高校を卒業して以来、
吉田とは一度も会っていなかった。
彼は地元に残り、家業を継いだと噂に聞いた。
都会の大学に進んだ俺は、そのまま就職しバタバタと慌ただしい時を過ごす中、あっという間に月日が流れていった。
元々両親との折り合いが悪く、帰省することもなかった俺は、吉田の葬儀のために10年ぶりに生まれ故郷に戻ってきた。
高校を卒業したあの日。
最後に吉田に会った時のことは、今でも鮮明に思い出すことができる。
あの日が最後になるなんて、思いもしなかった。
またそのうち会えるだろう。
そう思って、彼と別れた。
あれが最後の瞬間なんて。
サヨナラなんて言葉は、敢えて伝えずに別れたんだ。
♢♢♢♢♢♢♢
「まさか侑季が先に死ぬなんてなぁ。」
「俺、侑季が一番長生きすると思ってたよ。」
「童顔で、いっつも犬みたいに笑って付いてきたよなぁ、あいつ。」
「弟キャラで、守ってやりたくなるような奴だった。」
須藤と明石が、泣き笑いしながら吉田の思い出を語っている。
俺は全く実感がなくて、ただ呆然と「以前吉田だったモノ」を眺めていた。
須藤 健は酒屋の息子で、中学時代はバリバリのヤンキーだった。
リーゼントヘアに、荒っぽい喋り方。
不良っぽいというよりは、田舎っぽい喋り方と言った方がしっくりくる独特な口調。
明石 綴は町議会議員の息子で、頭の切れる優等生。スポーツ万能。
七三に分けられた古風な髪型でも絵になる整った顔立ちで、女子からは抜群に人気があった。
切れ長の瞳はなんでも見透かされてしまいそうな鋭さがあり、細いインテリメガネはもはや顔の一部みたいに馴染んでいる。
二人も歳を取った。もちろん俺も。
俺たちは中学時代、何をするでもいつでも4人一緒だった。
『僕たち仲良し4人組だね!』
吉田はいつも嬉しそうに笑いながら、そう口にしていた。
吉田は彼ら二人が話していた通り、少し幼い印象が残る弟キャラだ。
女の子みたいにまん丸な目に、長い睫毛。
天然パーマのふわふわした髪は、まさに子犬を連想させた。
身体も小柄で、人懐っこい笑い方をする彼は、庇護欲を刺激する存在だった。
人生の一時期、あれほど濃い時間を一緒に過ごしたというのに、涙の一つも出ない自分に呆れてしまう。
吉田の葬儀が執り行われる寺は、中学時代に4人でよく訪れた場所だった。
俺たちの地元には、大きな山が2つある。
駅や駅前の栄えた商店街は、2つの山の間の平地にあり、駅から見て右側の山には学校や図書館などの教育施設、左側の山には神社仏閣などが厳かに存在している。
駅前以外はほとんどが坂で構成されている街だ。
この寺は、左側の山の中腹にあり、向かい側の山に中学校を見ることが出来た。
俺たちはよくこの寺の門の前にある長い階段の途中に座って、放課後の時間を過ごしていた。
この思い出の場所を、彼の葬式で訪れることになるとは、夢にも思っていなかった。
あの時、階段で笑っていた彼は、一体どこに行ってしまったのだろう。
生きることの意味さえわからない俺が、死なんて到底理解できそうになかった。
吉田の両親は子どもの頃に離婚しており、働き者の母親が小さな個人商店を営んでいた。
その母親も数年前に亡くなり、一人っ子の彼はその商店を継いだと明石が丁寧に説明してくれた。
俺は須藤、明石と3人で、明日の朝荼毘に付される吉田との最後の夜を、この寺で過ごすことに決めていた。




