後編
いつかは誰かに王子を託さなくてはならない。
そういう意味では信頼できるエアリの存在はありがたいとも言えるのだが、なかなか素直に喜べない。
それでも時は流れてゆく。
戦いが戦いを呼び、憂鬱になる暇もないまま。
今はただ前へ足を進めるほかない。すべては、戦いが終わった後に。もしその時にまだ生きていたら、考えよう。その先のことについて。
◆
すべてが終わった、ある夜のこと。
玄関先で涼んでいると背後からエアリが歩いてきた。
「デスタンさん、こんなところにいたのね」
エアリはそんな風に声を発しながらこちらへ歩いてくる。
放っておいてはくれないようだ。だがそれほど警戒する必要はない。どういう意図があるのかは不明だが、さすがに、敵意を向けてくるということはないだろうから。
それに、彼女くらいの体型の娘が相手なら、今の私でも太刀打ちできないことはない。
「何です」
半分意図して、半分意図せず、そっけない声を発する。
「実はちょっと気になっていたの。昼間、あまり元気そうでなかったから」
「……お節介にもほどがありますよ」
私の心など彼女に分かるわけがない。
たとえ言葉にして述べたとしても、それでも、きっと彼女は私のこの苦しみを理解できないのだろう。
「お節介!? ……ま、まぁそうかもしれないわね。でも仕方ないの。気になるんだもの」
「はぁ」
「嫌そうね」
「一人になりたいのです。迷惑です」
しかしエアリは去らなかった。いや、去るどころか、何事もなかったかのようにこちらへ進んでくる。どうやらまだこちらへ近寄ってくるつもりのようだ。
私が言っていることが理解できないのか。
理解していながら逆のことをしているのか。
彼女は私のすぐ横まで来ると足を止める。そして彼女は石段に腰を下ろした。つまり、私の隣に座ったのである。それも何の躊躇いもなく。
私は何か言おうとする。しかしすぐには言葉を発せなかった。彼女の横顔に何か意味がありそうだったから。とはいえ、向こうから話し始めるというわけでもなくて。互いに何も述べず、沈黙だけが私たちを包む。
「思うことがあるの」
長い沈黙の後、先に口を開いたのは彼女の方だった。
「生まれたところも育った環境もその他も、ほとんど違っているけれど……私たち、もしかしたら、似ていたんじゃないかって」
彼女はこちらを真っ直ぐに見つめる。
思わず視線を逸らした。
「私も貴方も同じよ。同じように、リゴールに魅せられた」
「……そうでしょうか」
そう返すと、彼女はハッとしたような顔で「えっ」と発する。
「私は貴女が羨ましかった。貴女はずっと王子の傍にいることができるから」
「デスタンさんは違うの?」
尋ねる彼女はきょとんとした顔をしていた。
純粋な表情を向けられれば向けられるほど、私は複雑な気持ちになる。貴女は愛されているからそんな風に真っ直ぐでいられる、と言いたくなる。それでも、そういうことを言ってしまったら今ある多くのものが壊れてしまう気がして。だから私はそんな汚い感情を発することはしない。
「リゴールはデスタンさんのこと大好きじゃない? 今も昔も、ずっと信頼しているみたいだし」
「……勝者の嫌み、ですか」
「何よそれ、変よ。勝者とか敗者とか関係ない。あくまでそれぞれの関係じゃない」
エアリは少し間を空けて、続ける。
「貴方はずっとリゴールの一番の護衛でしょう」
彼女はそう言って笑みを浮かべた。
その笑みは勝者ゆえの余裕をはらんでいるように見えて。素直に受け取ることはできなかった。悔しさを感じずにはいられず、しかし悔しさを露わにするのもまた悔しくて。
ただ、ほんの少し、その笑みに救われたような感覚もあった。
◆終わり◆