前篇
おひさしぶりです。今回は2部構成です。
僕の幼馴染であり、現在僕の彼女の瀬戸緋浬は漁師の娘である。
しかし、彼女に「嫌いな食べ物は」と尋ねると必ず彼女は開口一番にこう答える。
「魚」と。
彼女曰く、「獲るのも、裁くのもいいけど、食べるのだけは勘弁」らしい。
そして、彼女はいかつい漁師の男陣に囲まれて育ったせいか男勝りで良くも悪くも豪快である。更には正義感が強く、困っている人を見たら助けずにはいられない、とマザーテレサもびっくりな難儀な性格の苦労者というプロフィールにも噂にも事欠かない人物だ。
しかし、それ以上に苦労しているのは僕だ。これだけは間違いない。
何せ、彼女の行動における位置について、から完走しきって、小学校の遠足で言われるみたく家に帰るまでレベルの後始末まですべてに付き合わされているのだから。
そんな彼女にも苦手なものはある。
魑魅魍魎の類い、すなわち「お化け」だ。
お化け屋敷などは入る前から半泣きで、足を踏み入れたが最後、子供よりも怖がり、赤ん坊よりも派手に泣きじゃくる。僕は彼女を宥めて落ち着かせ、なおかつ彼女を背中に抱えてそこから離れなければいけない。
その彼女は現在、ぼくの部屋のベッドで僕がさっきバイト帰りに買って帰ってきた漫画を読んでいる。というか、なんで買った僕より先にお前が読んでいるんだ。帰ってきたときに偶然?(待ち伏せでもされていたのでは、としか思えない)鉢合わせてするりと当たり前のように上がり込んできた後に僕が持っていた本屋の袋を掠め取ってベッドで読み始めやがったのだ。少しは遠慮をしろ、遠慮を。言ったところで無駄なので心の中で留めておく。
僕が狭いキッチンからお茶を運んできた時ちょうど、彼女のケータイが鳴った。
「誰から?」
「お母さんから」
「なんだ、メリーさんじゃなかったのか」
「はっ倒すよ!」
「どこまで来てるって?」
「メリーさんなんてどこにも来てないから。もしこれで来たら意地でもお前を道連れにしてやる。」
臨戦態勢。
位置について。
よーい。
あれは確実にスタートの合図を待っている状態だ。
まるで獲物を狙う肉食動物の如く荒れた緋浬をとりあえず落ち着かせてお茶で一息つかせたら、話を戻す。
「で、メリーさんはなんて?」
「メリーさんからじゃなくて、お母さんからだし私のお母さんはメリーさんでもないっ」
半分涙目で後ろから羽交い絞めにされ力が強い彼女から僕が抜け出せるわけもなく、息が持たなくなり始めたところで腕を叩いてギブアップを伝える。
「なんて言ってたの」
「うーん、つまるところこっちは元気だけど元気にしてるかってこと」
去年、大学へ進学するのに上京した。その時、いつの間にか緋浬も同じ大学へ入学を推薦で決めており、僕と同じ物件の隣の部屋に居座ったのだ。
こんなに雑で普段は後先考え無しで動く癖に地味に僕より頭がいいのがムカつく。
「そういえばさ、最近うちの大学の女子の間で流行ってる噂なんだけどさ」
彼女以上に話のタネになるものがあるとは思えないが。実際、彼女がしでかしたことで噂になったことがいくつかあるのだ。(本人の口から自分のしたことと気付かずに噂として聞かされたこともあった。)
女子の中で流行っている噂ならまず僕は知らないだろう、と興味本位で話を聞く。
「どんな噂?」
彼女は嬉しそうに楽しそうににんまりと笑みを浮かべて
「願いを叶える魔女の噂」
たしかにそういったのだった。