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第二話  美少女転校生現る(笑)


 嫌な夢を見た。帰宅途中に謎の占い師にかつあげされ、財布を盗られかけた挙句、魑魅魍魎に追いかけられるという散々たる悪夢だ。ベッドで目が覚めた瞬間、俺は汗だくになっていたのに気が付いた。それと同時に心の底から安堵し、制服に着替えて学校へと向かった。平凡で変わらない日常。誰からも襲われない事がこんなにも幸せだなんて。ある意味、昨夜の夢が平和の有り難さを教えてくれたのかもしれない。俺は新鮮な気持ちで席に座り、友人達と軽く談笑を交えていた。


「はいはい。静かにして」


 そんな雑談風景をかき消すようにして担任が現れた。20代後半の勝気な女教師で、非常に怒りっぽい性格だが、ボンキュッッボンなナイスバディで、一部の生徒から好意的な眼差しを向けられていた。かくいう俺も至って健全な男子学生である。当然、彼女に対して煩悩がくすぐられる瞬間はあった。だが、そういった感情は学園生活において全く必要無い。少なくとも俺はそう思っているので、あらゆる恋愛的感情を抹殺させる努力をしている。今の所上手くいっていないが。


「性欲旺盛なあんたらにグッドニュースだよ。なんとなんと! 我がクラスにめちゃめちゃ可愛い転校生がやってきます。はいみんな拍手してお出迎えして!」


 本当に教師かと疑いたくなるような言葉使いで、俺達に転校生の存在を知らせてきた。いつもこういう調子だから俺は半信半疑になりつつも、内心は心臓という心臓をバクバクと動かし、口からあらゆるエクトプラズムを放出させんばかりの勢いで拍手喝采を浴びせていた。他の男子生徒も俺と同じく、期待に胸を膨らませていた。普段冷静を装っていても、思春期の性欲レーダーは美少女という言葉に過剰反応を起こし、あらゆる理性を吹き飛ばす。俺達はもうただのケモノと化していた。そんな俺達男子に、女子達は冷やな目を向けているのだが、この勢いはもう止まらない。どんちゃん騒ぎのお祭り状態である。



 が。



 俺は自分の目を疑った。扉が開き、教壇の後ろまでスタスタと歩く彼女を見て顎が外れそうになる。……美少女? 何を言ってやがる。目の前にいるあのゴリラ的生命体は断じて美少女じゃない……あいつは夢の中に出てきた占い師だ! 奴はこれ見よがしに金髪のズラをなびかせ、女子中学生の制服を着こんでいる。ミニスカートを履いていながらスネ毛を隠す素振りも見せず、堂々とした態度でその場に立っていた。俺は一瞬にして生気を失い、指先を震わせて頬をつねる。……若干の痛みが生じた。つまりここは現実世界である。三十路の女装したおっさんが転校してきたのだ!


「私の名前は十六夜美咲よ。みんなよろしくね」


 十六夜要素ゼロ、美咲要素ゼロのおっさんが、あろうことかウインクをしながらニコりと微笑んだ。驚異的な人的災害である。


「うそつけエエエエエエ! お前、どこをどう見ても男じゃねえか!」


 という俺の糾弾をかき消さんばかりに、周囲から大歓声が巻き起こった。予想もしなかった展開に、俺は「ハッ!」と我に返って辺りを見回した。男子生徒はもれなく大粒の涙を浮かべて、喉が枯れんばかりの雄叫びを上げている。席を立って欧米ばりのスタンディングオベーションで奴を出迎えているのだ。そして俺は廊下側で人の気配を感じた。何の気なしに横を向くと、違うクラスの男子生徒がガラスにへばりつき、モサモサ女装親父に熱視線を浴びせていた。その数なんと十数人だ。……頼むから正気に戻れお前らアアアアァァァ!! なんか俺だけが異常みたいで心苦しいわ!


「ついに俺達が求めてきた女神が現れたぞおおおお!」


「バンザーイバンザーイバンザーイ!」


「美しい……なんて美しいんだ」


 恐怖だ。昨日見た夢とは比べ物にもならない圧倒的恐怖の前に、俺はがっくりと項垂れ、腰を落とす。大歓声が響き渡る中、俺はただひとり渇いた笑みを浮かべていた。そんな俺の様子が異質に見えたのか、担任が「鈴木この野郎!」と声を荒げ、俺を名指ししてきた。突然の怒号に辺りは静まり返り、俺は吃驚して立ち上がる。その勢いで椅子が後ろに倒れるが、俺はお構いなしに姿勢を伸ばしたまま、担任と視線を合わす。まるで蛇に睨まれた蛙だ。


「しけた面しがって……お前って男は本当に薄情者だな、エエゴラァ? 新しい友達を笑って迎える事も出来ないのか! しかもお前、こんな美しい女の子を目の前にしても無感情ってそれつまり……そういうことですか」


 怒り狂う担任が急に冷静になって敬語を使っていた。しかも悟りを開いたかのような表情を見せている。突然のホモ疑惑浮上に、俺は慌てて弁解の意を示す。


「違いますって先生、俺は女の子が大好きで大好きで仕方ないごくごく健全な思春期野郎ですよ! その証拠に、もし道端にエロ本が置いてあったら、迷うことなく飛びつきます! 舐め回すように全部見ます!」


 俺の言葉にカチンときたのか、担任が侮辱的な眼差しで睨んだ。


「だったらなんでシケた面してんだ? 回答次第じゃお前……キツーイお仕置きが待ってんぞ」


 だっても何もない。急におっさんが転校してきたら引くに決まってるだろう。俺のリアクションは間違っちゃいない。


「なんでって言われても……だってアレ、どう見てもおっさん……ですよね?」


「こんな可愛い子に向かっておっさんとは何事じゃおどれええええええ!」


 絶賛怒りモードの女教師が進撃してきた。俺はもう恥も外聞も捨て、土下座になって謝りまくるが、あえなく首根っこを掴まれ、廊下まで引きずり回される。


「ひぎゃああああ助けてええええ!」


 そのまま誰もいない理科準備室に拉致監禁され、俺は尻を叩かれ続けた。女の口から出る言葉とは思えない強烈な罵声を浴びせられながら、真っ赤になるまでぶたれたのだ。廊下の外まで俺の悲鳴は聞こえていたであろう。



 ◇ ◇ ◇



 事が終わると、俺は罰として一番前の席に座らされた。あろうことか、隣には例の女装親父が座っているのであった。俺のケツが痛いのも、クラスの皆の前で変態発言してしまったのも全て奴のせいだ。なのにこいつは何の反省もなく、授業中に紙ヒコーキをぶつけてきた。その紙には『放課後、屋上に来て』と女子的な丸文字で書かれており、語尾にハートマークがついていた。


 その後、気分を害して保健室に行ったのは言うまでもない。おかげさまで今日の授業は全部受けられなくなり、しばらくの間はベッドの上でうなされていた。




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