王からの頼み
『ブランシュ村のカナタ、ルーナ殿。明日の日が沈む前までに、リンカネイン城までくるように。あなた方に我々から重大な頼みがある。』
それがどんな頼みだかは知らないけど、なんだかただ事ではない。そんな気がしてならない。
この手紙を見た後、俺とルーナは着替えて出発する準備をした。『明日の日が沈む前まで』とは書いてあるが、今日何かやることがあるわけでもないし、城の方を待たせるのも申し訳ない。
まぁ着替えるとはいっても、城に着ていくような服があるわけでもなく、村人は皆同じ格好なので、洗いたての服に着替えるだけである。カナタもその服を着ているのだが、唯一違うのは、チェーンを通した指輪のようなリングを首にかけていること。金色の幅の広めな指輪のようなもの。青色の宝石のようなものが埋め込まれている。物心ついた時にはいつも持っていて、親も詳しいことを教えてくれなかった。捨てる理由もないので、今もこうして手元にある。
「お兄ちゃん!着替えたよ。後、パンも持っていくね!山をおりる時にお腹が空いちゃうといけないから!」
そんな元気なルーナの声を聞きながら、俺も着替えを済まし、荷物をまとめる。そんな大した荷物は持っていないけれども。財布とかはいるだろ。
俺がここブランシュ村に来たのは去年のこと。ルーナが母さんに引き取られるのを嫌がったのは謎だが、そのおかげで「俺がルーナの世話をするよ」というのを口実に、親元を離れることが出来た。実際、俺ぐらいの歳になってくると、旅に出たり、一人で暮らすようになる者がでてくる。それに少し憧れていたのだ。でも正直母親がいなくなって、泣き崩れる子供をあやす日々かと思いきや、涼しい顔して出てきたときはさすがにビックリした。その理由を聞いてからはなるべくルーナに愛情を感じさせてあげたいとかそんなことを思ったりしている。考えてみればここに来た理由との温度差が激しいな。自分でも笑ってしまう。
しかし今考えてみれば、母さんはよくルーナの母親と会っていたけど、どちらかといえば母さんの方が一方的に話し掛けていたし、ルーナの母親も親子で一緒にくることはほとんどなかったし、もしかしたら、母さんがおもてなしとして出していた食べ物なんかが目当てで来てたって可能性もある。
実際、ルーナの母親は母さんのことが好きなわけではなさそうであった。俺の母さんは結構騙されやすいから、それには気づいていないんだろう。危なっかしい母親だ。とはいっても俺はその母親の血を引くわけだが。
そんなこんなで、出発の準備も終了した。
「行ってきまーす!!」
誰がいる訳でもないのに部屋に大きな声で挨拶をするのは何を思ってのことか。それでもルーナは嬉しそうである。
行ってきますと口に出して言うことで、自分の意識を「出発する」という方向に向ける暗示になるのかもしれない。
木製の質素な家の扉に声をかける。
「...行ってきます」
俺がそういうとルーナが笑いかけてきた。
わかっていてやっているのか、自然となのか。ルーナは意外と深いことや、大人の事情とかも察するタイプなきがする。
ブランシュ村はまだ昼前頃の様子だ。数人の村人が外にでて作業をしている。
「おや、カナタくんにルーナちゃんじゃないか」
ブランシュ村の住人は田舎ゆえか、距離が狭く、皆で助け合いながら生活している。ほとんどの人が顔見知りだ。
「あっ!おじさん!」
「どこか行くのかい?」
「うん!リンカネイン城だよ。僕たちお城に呼ばれてるんだ!」
そう言いながら村のおじさんに笑顔でピースを向けるルーナ。ルーナの髪が昼間の日を浴びて透き通るように光輝いている。
「ほう、そうかい。リンカネイン城までは山をくだらんといけんからな。そう長くはないが、気を付けるんじゃぞ。...光の神も、君たちの見方のようじゃな」
「えへへ。はーい!気を付ける!皆にも僕たちがリンカネイン城に行くこと、伝えておいてね!」
「ほいほい!もちろんじゃよ」
「それじゃあ、行ってきまーす」
「...行ってきます」
さすがに挨拶ぐらいは俺もしないとなって思った。
「行ってらっしゃい」
おじさんとの会話を終え、ルーナと共にブランシュ村を出る。
気を引き締めなければ。俺は今から城へ頼みを聞きに行くという重大な任務を果たすのだ。目を閉じて胸に手を当てた。自然の音が耳を心地よくくすぐる。
よし。
そして足を踏み出す。
足が奏でる均等なリズムに合わせてルーナが歌っているのを聞きながら、山をおりていった。
そして時間は過ぎ、半分ほどの距離までおりてきた。
ブランシュ村からリンカネイン城までの道は、ある程度整備されていて魔物はいない。凸凹な山道を歩くわけではないので、意外とすぐにふもとまで行くことができる。距離はおそらく一里もない。それでもルーナのような小さな子供であると、休みを入れず歩き続けるのはかなり大変なはず。俺は近くにある良さげな木陰で、ルーナが持ってきていたパンを食べて少し休憩することにした。
「ルーナ、お昼にしよう。」
「わかった。まだ半分までしか来てないのかー。お腹減ったー!」
さっきよりテンションが低めもルーナはきっと疲れてきていたのだろう。いいタイミングだったようだ。
昼飯の後、元気を取り戻したらしいルーナは再び歩き出した。リンカネイン城の近くまでくる頃には、一日で一番気温が高くなる頃合いであった。
「とうちゃくーー!!リンカネイン城はやっぱり綺麗な場所だね!今からお城にいくの?きんちょーするー!!」
...さっきまで再び疲れが出てきて無言だったのに、着いた途端に騒ぎ始めるとは。あれは疲れたふりをしていただけだったのか?だとしたらなかなかな演技力だ。なんて下らないことはどうでもいい。とりあえず城に行かなくては。ルーナも元気らしいし。
綺麗な町並みに沿って歩いた先には、いつものように豪華な噴水のある公園が待ち構えていた。太陽の光が噴水の水に反射して眩しい。
..先、母さんの家に戻ろうかな。この間会いにいってからそこそこ日がたってることだし。...いや、お城に行ってからでいいか。ルーナも楽しみにしているみたいだし。
「お兄ちゃん。お城はこの公園の先なの?色んな屋台とかがあるから少し見に行きたい!...あ、でもお城行った後でもいいや。」
「...わかった」
ルーナは一人で会話を完結させるからなんて返せばいいのかわからない。確かにお城はこの先だよ。とでもいえばよいのか。
綺麗な住宅街や商店街をぬけた町の突き当たりに、巨大な城が町を見下ろすかのごとく鎮座している。町の賑やかな様子とはうってかわって、数人よ真面目な表情の兵士が城の門を守っている。
どうしたら城の中に入れるんだ?兵士に挨拶でもすればいいのか?普通に門を潜ろうとしたら不審者に間違われる気がする。
ルーナと俺はその門を少し遠くから見ていた。
「行かないの?お兄ちゃん。」
行かないの?ってルーナはどうするつもりなのだろうか。
「お兄ちゃんが行かないなら、僕が先に行くよ!」
「っ!ルーナ!?」
ルーナはそう言いながら門の方へかけていった。俺も歩いて門の方へ移動していく。少し距離をとってルーナの様子を見る。何かあったら誤解をはらしにいこう。
ルーナは遠慮もせず硬い表情の兵士のもとへ走る。
「兵隊さん!こんにちは!!」
すると兵士は体勢も表情もほとんど変えず、返事をした。
「なんだね。君は。」
「お城に用があって来ました!ルーナっていいます!よろしくお願いします!!」
ルーナは間をいれず答える。俺もそのやり取りの現場にまもなく到着するんだぞ?あまり変な疑惑を立てるようなことは言うなよ?
「ほう。君に城へ何の用があるというのだね。」
「あっ、えっとね...」
「朝、城から呼び出しの手紙が届いた者です。カナタとルーナ。お城の方から何か聞いておりませんか?」
間に合った...
俺は荷物の中から今朝届いた封筒を兵士に見せた。兵士が明らかにルーナを不審に思ってるっぽいけど、わかってくれるか?
「ああ。カナタ殿とルーナ殿でしたか。失礼しました。外見もいらっしゃる時刻も予想外だったもので。どうぞ中へ。案内いたします。」
おお!話は伝わっていたようだ。いや、当然か。俺が杞憂だっただけかもしれない。案内された部屋の中は外見にひけをとらない豪華さであった。俺たちは兵士さんに連れられ、廊下とも広場ともいえるような広々とした場所をぬけていく。高い天井から下がっているシャンデリアが赤いカーペットと白い壁を際立てている。
ところで兵士が言っていた、見た目が予想外っていうのはルーナことだろうと納得がいく。城に呼ばれる対象にしてはルーナは確かに子供すぎる。しかし来る時刻が予想外って、どういうことだ?そこそこ急いできたのだが。それとも早すぎたのか?
「あの、兵隊さん!僕たちのここへ来た時間って、そんなに変だったんですか?」
ルーナが急に気が利く!しかもいつもより流暢にしゃべるな!?
「あー、いや、来るのにはかなり時間がかかるだろうと上から言われていたので。明日の昼頃あたりかと勝手に考えてしまっていただけです」
「そうだったんですね。兵隊さんは大変そう!」
「もちろん大変な時もありますが、お国や正義の為と思うと体は動くものです」
「へー!!カッコいい!!」
ルーナは兵士に憧れているのか?子供にわかりやすい話をするあたり、仏頂面の無愛想兵士ではなさそう。というか、ブランシュ村からリンカネイン城なんて、一日かかって歩くような距離じゃないのだが。どういうことだろうか。
そんなことを考えている間に、俺たちはおそらく一番奥であると思われる部屋の前まできていた。いよいよのようだ。
「こちらでございます。王のお部屋なので、くれぐれもご無礼のないように。」
王に直接呼ばれてるのか!?頼みって、どんな内容なんだろうか。
兵士が扉の前に立ち、ノックをする。
「C班兵士のタキヤです。カナタ様とルーナ様を連れて参りました」
すると内側から扉が開いた。
「ああ。どうぞ中へ入って。いやぁ、随分早かったのう」
そう言ってきたのは部屋の真ん中の豪華な椅子に座った王であろうお人。いかにも王様!といった格好をしている。その部屋も白と赤を基調としている。所々に入る黄金の色が、他の部屋以上に高級感をだしている。現実味が無さすぎて一瞬自分たちに話し掛けられていることを理解できず、固まってしまった。
「「あっ、はい!」」
うっ..!俺は6歳も離れたルーナと同レベルなのか!
二人同時に情けない声をあげ、誘導されるがままに用意されていたらしい席に腰をかけた。すると、部屋にいた、数人の兵士達が出ていった。おそらく内側から扉を開けたのも、あの人達だろう。C班のタキヤといっていたあの兵士もいつの間にやらいなくなっていた。
つまり今、俺は王の部屋にルーナ合わせて3人だけの状態。いや、よく見れば奥の方に使用人がいるか。それにしてもこんなことになるとは。もう少しまともな格好をしてくるんだった。などとズレたことを考えていると、王がまた話しかけてきた。
「悪かったね。急に呼び出したりなんかして。お茶でも飲むかい?」
するとルーナが即答する。
「飲みたいです!」
多少は遠慮をした方がいいのではと思ったが、王も人情のある方みたいだから大丈夫か。
「ほっほっほっ!元気なのは良いことじゃ。おい!ナタリ!二人にお茶を入れてやってくれ!」
ナタリと呼ばれたのは部屋の奥にいた使用人。いわれたとおりお茶を入れてくれた。
「「ありがとうございます。いただきます。」」
渡されたお茶をルーナが一口飲んだ。
「わっ!すごく良い香り!僕こんな美味しいお茶、飲んだことない!!」
「ははは!そうかい!気に入ってくれたようで何よりじゃ!」
そして俺とルーナは渡されたお茶を飲みながら、少し休んだ。
多少この状況にも慣れてきた頃、王が口を開いた。
「正直、君たちがここに来るのはもう少し遅くなると思っていたよ。」
「僕たちは、今日起きて手紙をみてからそのまま来たんです!」
ルーナはそういってまたお茶に口を付けた。
「ほう!それはなかなかな行動力じゃ!警戒しなかったのかい?」
「警戒しても、しょうがないかなって!」
...ルーナはそう思っていたのか。
「君もそうなのかい?」
王はそう言いながら俺の方を見てきた。俺があまりしゃべってないのをきにかけてのことなのか。
「まぁ、頼みっていうのがどんな内容もわからないですし、警戒しようもなかったです。とりあえず城まで行ってみようってことになって、急いで来てたらこの時間でした」
「そうか、頼みの内容を聞いてないから警戒のしようもないか。それもそうかもしれんな。それでも親に連絡したりとか、事前にしてても良いことは色々ありそうじゃが。それもなく直行でここに来るとは...勇気があるのう。」
舐められてるとか、準備があまいという言い方もできるから、勇気があると思われたのなら良かった。それにしても..もったいぶるな。頼みの内容。
「王様!結局僕たちは何をすればいいんですか?というか、どうして僕たちなんですか?町に住んでいるならまだしも、よくわからない村に住んでる一般の人間ですよ?」
「わしにもよくわからん。しかし、君たちでないと駄目だそうなんじゃ。もう、もったいぶらないで言うかの。頼みを。」
そう!俺たちは結局そこが聞きたいのだ。
ゴクリ、と息をのんだ。
「君たちには旅にでで貰いたいのじゃ。
我がリンカネイン城...いや、
この世界のために──」