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第二章 優しい追い風

「──ありがとう、下がって良いわ。リラックスして食事してもらいたいの。人払いをお願い、数刻は誰も入れないで。貴方たちも外扉の前に待機して」


 幾つかの大皿を運んで来た兵士たちは、頬笑みながらも眼差しの鋭いままのシェーナに一礼し、あわただしく外へと出て行く。

 この兵士たちはシェーナ直属の衛兵のようで、こうした事態に慣れているらしい。


 強固な扉が内も外も閉まったのを確認し、シェーナはようやく眼差しを和らげた。


「ごめんね、窮屈だったでしょ。ラシアンの兵は磨かれているぶん険しいの。直属の兵たちも私がアズロと──セレスと繋がっていることは知らないわ」


 シェーナの言にネウマが小首を傾げれば、アズロは柔和な面持ちで言葉を繋ぐ。


「ヴァルドは立ち直ったばかりだからね。アーリアもセレスも、ログレアもアクアも。あの禍禍しい雲行きや戦渦を見て──人々も、本来の力を思い出して以来、ヴァルドには手出しはしないって決断して、書面上は各国が不可侵条約を結んだけど。ヴァルドの国境部隊は、先の戦が先の戦だったから、また攻められるかもってピリピリしてるんだよね。一番の痛手を味わった国だし、発端の国だから」


「みなさん攻めないと仰っていますし、ヴァルドの総司令のリゲル様にも理由があったと、各国は知っているのでしょう? それは、各国における、人々の『能力』への意識を変えたと聞きました」


「うん、各国はね。ただ、当のヴァルドは疑心暗鬼なんだ。国境は外へピリピリしてるし、中枢は中枢で、戦渦で傷つけられた民からの国への反感や謀反に対応する日々。各々に目覚めた能力にも、ヴァルド人は葛藤してるんだ。ヴァルドは異能者に対して、それだけの仕打ちをしていたからね。それが自らに現れたら、混乱もする。──内も外も緊迫しているのが、今のヴァルドなのさ」


「そうだったのですか……」


 さらりとした金の髪が、広い応接室の絨毯に触れ、小さなため息が漏れて。

 隣のクッションに座っていたフィンの手のひらが、軽くネウマの肩を叩いた。


「馬鹿だな、君が気にすることではない。世の動きとは往々にしてそんなものだ。おい……落ち込むなよ? ほら、この葡萄でも食っておけ」


 大皿から葡萄を少量小皿に取り分け、ネウマの前に差し出す。

 小動物に餌付けするようなフィンの行動に、アズロは口許を押さえ、笑いを噛み殺した。

 そんなアズロの脇腹を、アズロの隣に座ったシェーナはひじ打ちし──。


「そうね、アズロの余計な話はいいから、食べちゃいましょ」


「ぐぇ。なんで? 今日、僕ひたすらシェーナさんからダメージ受けてない?」


「余計な話は余計だからよ。ねえ、ネウマちゃん?」


 ひじ打ちの後味に渋い顔をしながらも再び起き上がったアズロをよそに、三人はめいめいに食事を摂り始める。


「お、この平べったいパン生地はアーリアのやつじゃないか。一応貿易は再開したんだな」


「ええ、あちらでは三角形に切って、上に食材やスパイスをのせて食べるとか。輸入の採択に尽力したのはイシオス──フリューギルさんよ」


「ああ、今はフリューギルに名前戻したんだっけ、イシオス。頑張ってるね。彼は食べるの大好きだもんなぁ」


「たまに飲みに付き合わされるわよ。アトリスを演じてたルーチェさんに、また夫婦になろうって告白しては足蹴にされるから、女性の口説き方を教えてくれないかって」


「待って、ちょっと待って、羨ましい。僕も一緒に飲みたかっ」


「あんたはどこの誰よ」


「セレスの……司令官です」


「解ればよろしい。ヴァルドとセレスが交易再開したら飲もうよ。お酒、たくさん用意しておいて」


「シェーナ様は、お酒が好きなのですか?」


「うっ──」


 ネウマからシェーナへの質問に、何故かフィンが倒れ、頭をぶつける音が切なく響いた。

 理由を知るアズロは失笑し、ネウマだけが、微笑みを保っている。

 シェーナがネウマに頷き、微笑み合う隣で、アズロはフィンの腕を引っ張ってぐいっと起こした。


「想像しただけで倒れちゃだめですよ、フィンさん。どんなに強烈な味の記憶だったとしても、どんなに二日酔いしたとしても、それは決して──はっ!! 敵襲!!」


「遅いわ! 天誅!!」


 立ち上がったシェーナから踵落としをくらったアズロが、フィンの代わりに倒れる。

 何がなんだかよくわからないまま、ネウマは笑い続けていた。


「ふふ、みなさん、面白いですね」


 のほほんと響く声が、フィンとアズロに打撃を与えたことは、言うまでもなく──。


「そうかしら?」


 シェーナの一言が、さらなる追撃ちと化していた。

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