第二章 優しい追い風
「どうして知っていたの? 小さな白い花を植えたって」
馬車の影が遠ざかり、風だけがさやさやと吹き抜ける荒れ地を踏みしめて問うたアズロに、ネウマは小首を傾げる。
「先ほどのはですね、演じてみたのですわ。まさか、本当に…?」
「うん、本当なんだ。一年半くらい前にシェーナさん…戦線での同志と一緒にここに来てね。シェーナさんの亡きお姉さんが好きだった、白い花の種を植えた。小さな花が鈴なりに咲く、希望の名を持つ植物だよ」
不思議だねえ、と笑うアズロに向かって屈託のない笑みを見せるネウマを、フィンは呆然と見守っていた。
(あり得ない…君は凄腕の能力者か?)
心のすべてを、この子は見透しているのだろうか。
いや、それにしては物事を知らなすぎるきらいもある…。
「――馬車を止めて、すみません。こちらに少し、気がかりなことがあったのです。この地面は、ただ乾燥しているわけではありませんわ。渇いている…」
「渇いて?」
我に返り、真っ直ぐにネウマを見据えたフィンに、彼女は頷く。
表情は凛とした巫女のそれで、幼さは隠されてしまっていた。
「悲しみを迎え入れすぎた場所には、時折『渇き』が起きますの。これはアクアの神殿の神託でしばしば降る言葉なのですが……たとえ土を耕そうとも、不毛の大地に戻ってしまう場所がある。そういった場所にこそ、神殿や巫女が必要になるのです」
ネウマはごちゃごちゃなはずの鞄から一度目でしっかりと、愛用の扇を手に取って。
水が流れるように――あるいは、水の流れを表現するかのような舞を始めた。
薄水色の長い髪が、風を纏いながら水流へと変化する。
言葉にならない『うた』が、大気を震わせ――
「ニイド…エオロ、ラグ…」
開かれた扇を再び畳みながら小さく唱えられた聞いたことのない言語が、大地を優しく揺り起こしたのを感じた。
アズロは優しい舞に、一点が光ったのを察知して一人駆け出す。
切り株のまま枯れ朽ちた巨大な木片のそばの盛り上がった土――いつか種を植えた場所に、緑を見つけた。
「…芽が、出てる…」
「そうね、びっくりしたわ」
不意にかけられた声にさらに驚いたアズロに、紫の長い髪を持つ女性は微笑みを浮かべる。
「久しぶり、アズロ。風の中に身を隠す古の術式、やっと成功したわ」




