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第二章 優しい追い風

「兄さんは、こういうことにも長けてるんだな」


馬車の天幕の内側、元は荷台であろうそこに適当に置かれた長椅子に腰掛けて、フィンは囁き程度の声で呟く。

変化状態の真っ白な長い髪は、日の当たり具合により灰色にも見えた。


「いつの間にかね。偵察には民に扮するのがいちばん手っ取り早いし…旅芸人さんとか、小規模の隊商の人達とかを見て覚えた」


「なるほど…」


「でもこれずっとやってるとさ、自分が何なのかわからなくなっちゃうんだ。だから僕は、必要な時しかやらない。シェーナさんみたいにちゃんと軸を保って適度な境界線引ければ問題ないんだけどね、僕はまだまだ甘いから」


微笑むアズロの青の瞳は少し揺らいでから、荷台の床へと落ち着く。

ほどけそうになった緑色のリボンに気付いて面白そうに瞳を細めると、再び金の髪を結わえ直した。


「見失わないようにしなきゃ、ね」


ぽつりと口に出されたその言葉に、フィンは苦笑いする。

不思議な色彩の瞳が、オパールのように幾つかの色を映していた。

淡い青、或いは紫、或いは緑。

時には色を持たないようにも見えるその色彩は、アズロの笑みにより、新たな色を取り込む。


ふと鮮やかな青色になった瞳で、フィンは隣でうたた寝を始めたネウマを眺めた。


「そうだな…見失わないようにせねば…。わた――僕は、守り人なのだから」


「…フィン、見失わないようにすつつも、見たいものは見なきゃだめだよ?」


「見たいもの?」


「フィンが見たいもの全てを、見たらいいのさ。僕もそうするし……例えば、何かが失われても、何かが始まるのが、このセレスだから」


アズロのゆったりした言葉に、フィンは吹き出しそうになるのをこらえて応答する。


「――ネウマも…兄さんも、不意をつくよな」


「あはは、よく言われる。でも、あんまり考えて喋ってないなぁ。風の吹くまま、かなー。フィンは有事の平定とか大範囲のことは得意なんだから、細部も大切にしていいんだよ。役割なんてたまに放り投げちゃうくらいで」


「投げてはいかん」


「堅いなぁ…もっと気を楽に持ったほうが長生きするよ?」


「あぁ…」


長生きという言葉に、フィンの胸の奥が疼いた。


生きたかった人間が生きられずに、自らが生きてしまった現実。

逆だったならと、何度も思って――。



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