骨=狂気
とあるところに、一人の召喚士がおりました。
召喚士とは名前を付けることでその相手を縛ることのできる人間のことです。本来ならば喚び出した悪魔や精霊を使役するのですが、この召喚士は優秀ですが一風変わった男で人間を縛ってみようと考えたのでした。
暗い暗い地下にある召喚室。
「ああぁぁああぁぁぁぁあああああぁぁぁ……っ」
「どうしたんだい? 僕の可愛いひと」
意味のある言葉を発せなくなった彼女に、召喚士は今日も優しく話しかけます。
彼女は元はとてもきれいなひとでした。
しかし、いまは見る影もありません。
きっと召喚士が長い間この部屋に閉じ込めているせいでしょう。
「ああ、元気そうで安心したよ」
召喚士はこの地下室よりも昏い瞳で彼女を見つめ笑います。それは本当に心の底から嬉しそうな笑顔でした。
「今日も……今日も、変わらずきみは僕のものだね」
壊れてしまった彼女の手にそっと自分の手を重ね、召喚士は愛おしげにその手を撫でました。
「あ゛あ゛あぁぁああぁぁ!!!」
その行為に彼女は一際大きな悲鳴を上げます。
可哀想に、きっと痛かったのでしょう。
なにせ彼女の手は肉が削ぎ取られ、骨が剥き出しになっているのですから。
いえ、手だけではありません。指の先から腕の付け根に至るまで、彼女の左腕はきれいに骨だけになっています。
もちろん、やったのは召喚士です。
悪魔でも精霊でもない彼女を縛るにはどうすれば良いのか、召喚士はいっぱいいっぱい考えました。そうして出た結論は、彼女の一番深いところに自分の名を……所有者の名前を刻むことでした。
人間の一番深いところ。
召喚士が初めに思いついたのは心臓でした。しかし、心臓に傷をつければ彼女は死んでしまいます。それはいけません。召喚士は生きた彼女がほしいのです。
人間には皮膚がついています。
その次にあるのは脂肪と筋肉でしょう。
ならば、それらを取り去った後に残っている部分……骨が、彼女の深いところに一番近いはずです。弱い人間でもちょっと肉を削ったくらいじゃ死にません。
これで大丈夫。
召喚士は彼女の左腕をちょちょいと削り取りました。もちろん彼女は悲鳴を上げて痛がりましたが、死にはしないので問題ありません。ちなみに、左腕にしたのは心臓に近い方だからです。
削って現れた骨はまるで真珠のように白く美しくて、召喚士は感激しました。
かりかりかり。
特別に誂えたペンを使い、彼女に自分の名前を書き込みます。
召喚士はなんだか平凡な自分の名前が素晴らしいものになったような気がして、たいへん満足しました。
その日から彼女の左腕を撫でるのが召喚士の日課です。
「愛しているよ。ああ、どうすればこの想いが伝わるだろう?」
いつも彼女の一番深いところを撫でていますが、彼女に召喚士の想いが伝わっているのかはわかりません。
それが最近の召喚士の悩みです。
もう名前も刻んでしまいました。
「う~ん」
困ったように首を傾げていた召喚士ははっと閃きました。
そう、キスです。
古今東西万国共通の愛を伝える仕草です。
召喚士は思いつくままに撫でていた手を優雅に持ち上げ、名前を刻んでいる前腕へと口づけを落としました。
冷たくつるりとしたその感触に召喚士はにっこりと笑みを浮かべます。
彼女からは、もう悲鳴は上がりませんでした。
めでたし、めでたし。
タイトル「刻まれた名前」
作者:吉遊




