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Kiss 22title  作者: 遊雨季
キス22箇所
21/25

喉=欲求

 高い、高い塔の上――それは、まるで悪い魔法使いに囚われたお姫様のようだった。


 内側からは決して開けられない扉。

 たった一つの窓には鉄格子。

 足枷の鎖は長く、そして強固だ。


 私はここから逃げられない。

 何より彼が逃がしてくれない。


 窓硝子には私の顔が映り込んでいる。

 凡庸な容姿だ。縛りつけるほどの魅力が自分にあるとは到底思えない。美貌の男の隣に立つには不釣り合いな女だと自分でも思う。彼の目にはそうは映っていないようだが。


 毎日、毎日、毎日、私は窓に自分の顔を映す。

 自分の顔が絶望に染まっていないことを確認するために。

 自分の瞳が彼と同じ色を宿していないことを確かめるために。


 ――大丈夫。私はまだ大丈夫。


 もう何度目になるのかもわからない呟きを心に落として、隣で眠る男に目をやった。


「おはようございます。もう起きていたのですか?」


 彼は緩く微笑みながら身体を起こす。そして、私に触れようと手を伸ばして――何かに気づいたようにハッとして苦しげな表情で手を引っ込めた。

 それは、今目覚めたというには不自然な動きだ。寝起きの悪い男となればなおのこと。けれど、私の視線に気づいて起きたのか、もともと狸寝入りだったのかは判然としない。


 わからないのは、それだけじゃない。

 ここに私を閉じ込め続ける彼の考えも読めない。ずっとこんな状態を続けられるはずもないのに、求めているのに奪い続けてとっくに絶望してしまっているくせに――救いのない現在(いま)を守ろうとする彼がわからない。

 もう、私には彼のことがわからなかった。


 ――でも、あなたが諦めても私は諦めてない。


 私が決意を新たに見つめると、彼はそれをどう捉えたのかわずかに口角を上げた。まるで優しげに微笑んでいるようにも見えるが、目は笑っていない。


「起こしてくださって良かったのに。こんなに朝早くから……何を、考えていたんです?」


 抵抗する気を根こそぎ奪っていくような声。

 彼は私が抵抗する気なんてないことを知らない。知ろうともしない。

 その証拠に、彼は私から声を奪った。


「首を振っていてはわかりませんよ。ああ、困りましたね。こういうとき、あなたから声を奪ってしまったことを後悔します」


 くすくすと笑う彼の言葉に後悔など微塵も感じられない。

 そして、それはおそらく正しい。


「愛していますよ」


 ――私も。


 そう答えるだけで、その一言で、この絶望的な関係が救われるとわかっているのに。


「う、あ…………っ」


 私の喉からは言葉にならない獣のような呻きが漏れるだけ。


「駄目ですよ、無理に声を出そうとしては。また血を吐いてしまいます」


 血を吐いたっていい。

 言葉がほしい。

 彼を救うたった一つの言葉が。


 私を閉じ込めて手に入れたような気になって。十分に幸福だと嘯きながら満たされない心を抱いて。本当は愛を求めているくせに拒絶に脅えて。

 そんな彼を救うための言葉を、私は何より欲している。この身の自由より、もう随分と会っていない家族や友人たちより、この世の何より彼を。


「……あ……ぐ」


 文字を知らない私には想いを伝える術が一つしかない。

 だから、魔法で封じられているとわかっていても声を――言葉を紡ぐことを諦められない。


「愛していますよ。だから、答えはいりません」


 嘘だ。

 嘘だ、嘘だ、嘘だ。

 本当だと言うなら、なぜそんな顔をしている。苦しそうに、悲しそうに、諦めたように。答えを求めているから絶望しているのではないのか。

 期待することを止められないくせに、心を偽るから濁っていくのだと本人だけが気づかない。


「な……っ!?」


 堪らなくなって、どうにかしたくて、彼の喉に唇を寄せた。

 彼が私に魔法をかけたときのように。私から初めて声を奪ったときのように。

 噛みつくような勢いで、ありったけの想いを乗せて喉に口づけた。


 私に声を返して。

 あなたを救わせて。

 私も愛してるから。


 ――どうか、伝わって。


「あなたは……私を嫌っているはずだ」


 必死に首を横に振る。

 少しでも気持ちを伝えたくて、声にできない分まで届けと言わんばかりに。


「嫌っていなくとも、決して好きではないはず。愛なんて望みようもない」


 声にできない愛は伝わらない。

 想いが伝わらないことが、ただ悲しかった。


「ああ……泣かないでください。私はあなたの涙には弱いのです」


 ひどく優しい仕草で目尻を拭われる。指先を濡らす雫に彼は困ったような顔をして、強く目を瞑った。

 自分勝手で、どうしようもなく臆病な彼。


「声は戻しません。……絶対に」


 こうして、喉から漏れ出た愛の言葉は声にならずに虚空に飲まれた。

 でも、それでも。私は諦めない。



 ――彼が諦めてしまったものを、いつか救い出すために。





 タイトル「この愛を絶望では終わらせない」

 作者:雨柚

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