手の甲=敬愛
その白亜の城は、燃えていた。
夕闇に浮かぶ城は白い城壁が炎に照らされ、まるで城自体が輝いているような……それは残酷で、それでいてひどく美しい光景だった。
どのくらいそうしていたのだろう。
燃え盛る部屋のなかにいるというのに彼の身体は冷え切っていた。彼の心と同じように。
「……我が君」
彼の呼びかけに主が答えることはない。
後悔があった。
それは彼女の傍を離れた後悔であり、彼女を独り逝かせた後悔であり、自分だけが生き残ってしまった後悔であった。
なぜ、自分はまだ生きているのだろう。
彼女が死ぬということは、彼の世界が死ぬということだ。死んだ世界で生きるなど道理に合わないではないか。
この忌まわしく脈打つ心臓を引きずり出し、打ち捨ててしまいたい。
「我が君」
横たわる主は目を背けたくなるほど無残な姿をしていた。
首は持ち去られ、地獄から蘇らぬようにと何本もの剣が杭のように心臓を貫いている。国主の遺体だというのになんの敬意も払わぬとは蛮族らしいやり方だ。
ゆっくりと主から剣を引き抜く。
「……っ」
人など数えきれないほど殺してきた。
なのに、その慣れた感触に怖気が走る。一本、二本、三本と、引き抜く度に自分のなかで何かが壊れていくのがわかる。
もう一度笑ってください。
――――殺してやる。
いつものように呼びかけて。
――――殺してやる。
誰よりもあなたの傍にいたい。
――――殺してやる。
すべての剣を除いたときには、彼の瞳には昏い炎が宿っていた。それはまるで、この城を覆う炎を呑み込んだかのような、闇よりも深く業火よりも熱い狂気だった。
「まだあなたのもとへは行けません」
宝物にでも触るような恭しい仕草で、彼は主の手をとる。
奪われたものを取り戻さなくてはならない。
我々の誇りを、愛した国を、守るべき民を……そして、この方の首を。
抑えきれぬ想いのままにその手を握り締めた。
「奴らに相応の報いを与えましょう」
この地を奴らの血で染め上げよう。
主が最も好きだった色に。
「それまで、待っていてください」
そっと愛しい主の手の甲へと口づけた。
タイトル「すべてを捧げる、あなたへ」
作者:吉遊