ベビーフェイスな彼女。
※勢いで書いた。後悔はしていない。
白い空間。そこにいるのは、一目で女神と思わせる見た目の女性と、高校の制服を着た私。
「ここって……」
「貴女は、世界に選ばれました」
鈴の鳴るような綺麗な声。いや、そんな事より、私はこの女性に見覚えがあり、このセリフにも反応した。聞いたことがあるからだ。
「(これから貴女は……)」
「これから貴女は--」
「(やっぱり!)」
女神?が言うであろうセリフを思い浮かべれば、思った通りのセリフを口にしたことに、顔のニヤけが出てしまう。
「(これ、前にゲームで見たことある!ていうか、ゲームと同じじゃん!)」
アクション有り、RPG有り、恋(友)愛シミュレーション有りと、その他いろんなやり込み要素有りのそれは、絵もさることながらキャラクター設定やストーリーも文句の付け所の無く、アニメや小説やCDやグッズ、果ては薄い本まで出るほどの人気ぶりが出ていた。
主人公は男女どちらか選べ、それによって相手の性別も変化する。自分は、もちろん女主人公を使っていた。
加えて、主人公はトリップしてその世界にやってくるというテンプレ要素も入っているから、その設定が嫌いではない人間には、余計に主人公に親近感が湧く。自分も、その1人だ。
そのゲームと同じ状況、主人公も学校の制服を着ていた事も含め、ドキドキが大きくなる。なら、この目の前にいるのも女神だろう。
「--……え?」
ワクワクして、余所事を考えていた少女……ランは、女神の言ったことを聞き逃してしまった。
「ゴメンなさい。今、なんて?」
「貴女は、これから天国に行っていただきます」
「は?」
違う違う。そこは「或る世界に未曾有の危機が迫っています。貴女に、その世界を救っていただきたいのです」でしょ?間違えないでよ。
「え、あの。私、違う世界に行くんじゃ……?」
そう訊けば、女神は困ったような顔をして「御存知でしたか」と呟く。その言葉に、やっぱりそうじゃん。と、ランがパッと嬉しげな顔を見せれば、女神は更に困った顔を見せる。
「……まあ、その予定だったのですが、必要が無くなりまして」
「へ?どういう事?じゃあ、何で天国?なら元に戻してよ!」
「それはできません。あちらの世界での、貴女の寿命は終わってしまいました。戻る事は不可能です」
「終わっ、ちょ、待って!私まだ17なんだけど!何で死んだの!?まさかトラックに轢かれたとか小説にあるベタな死に方じゃないよね!?」
「虎……?いえ、餅をノドに詰めてしまった事が原因の窒息死です」
「餅!?も……ち、あッ、あの時の!」
何という死に方だろうか。そういえば、家族は誰も帰ってこなくて、お腹が空いたけど何も無くて、冷凍庫にあった餅を見つけて食べたんだった。ゲームとは違う原因だけど、原因そのものが!
「マジかよ!呆気無いっつーか、死に方に納得いかない!」
「原因に納得して、死を受け入れられる方の方が少ないのですが」
「そうだろうけど!あれ?ちょっと待って!じゃあ、本当なら私違う世界に転生する筈だったって事!?」
「正確には違いますね。あちらで終了する直前、貴女自身の時間だけ止めてあります。転生だと時間が掛かりますので、そのままあちらに送ろうとしたのですが、先ほども言ったように必要無くなりましたので」
「だから何で!?」
「原因が無くなったからです。これは、私の管轄外で起こった事なので、変化に気づいた時は、もう手遅れでして」
女神が言うには、ランを送る世界にランと同じ世界の人間が迷い込んでしまったらしい。その人間が、世界の流れを変えてしまった……と。
「はあ!?じゃ、正せばいいじゃない!その人のせいで、私死ぬのッ?」
「まあ、どっちにしろ死んでますけど」
「今はまだでしょ!ねえ、今から送れないの?」
「それはできません。行く必要が無いのなら、イタズラに人の生死に干渉できません」
「そこを何とか!」
「……条件を付けていいのであれば」
「やった!女神様話せるゥ!」
嬉しさのあまり、条件をロクに聞かず別の世界に送られたラン。そんな彼女を見送り、女神は「これだから人間はワガママで困る」と、吐き捨てた。
◇◇◇◇
白ばかりの世界から一転して、見覚えのある世界が広がる。
ランは、確かにその世界に見覚えがあった。言わずもがな、ゲームの世界である。町並みはゲーム通りなのだが、ランがふと抱いた違和感。
「(……あれ?この世界の人って、こんな恰好だっけ?)」
パンツに、ブーツ。そこにいるほとんどの男の恰好はそれで、あとは顔半分を隠すマスクをかぶったり、フード付きのローブを着込んだり、下だけ袴のようなものを来ていたり、手甲や手袋をはめていたりと、様々な違いが見られる。しかし、ゲームだと貴族も平民も中世ヨーロッパを参考にした恰好だった筈。間違っても、映画で見た古代ギリシアのスパルタのような恰好ではなかった。
女性達は、ゲーム通りの恰好なのに。
「あの、スミマセン。ここってレイジャーニ王国ですか?」
「ああ、そうさ。アンタ随分変わった恰好してるな。どこから来たんだ?」
アンタに変わってるとか言われたくない。と、スキンヘッドにパンツ姿の男に内心ツッコミ、ランは「日本です」と答えると、男はこれでもかと顔を驚きに染めた。
「に、ににににに、にほん?!にほんだってッ?にほんって、あれだろ!?にっぽんとも言うんだろ!?」
「はあ。まあ」
「なんてこった。おおい!『聖域』からお客人だ!」
男が声を上げれば、周囲の人間が一斉にランを見る。それに驚き、相手方の出方を伺い見るランは、下手に喋れず、動きも止めてしまう。どんどん人が集まり、次々に話し掛けられる。どうやら歓迎してくれているのだろうムードにホッとした。
「あの、聖域って何ですか?」
「ああ。先日、魔王を倒してくれた方の出身が、そのニホンって国でな。俺らの中じゃ、そこは聖域なのさ。もちろん、それだけじゃないがな」
「それは、どういう……--」
ランの事が騒ぎになったのか、騎士団がやってきたらしい。もし本当であれば、城に来てもらいたいとのこと。
「(キター!状況とかは違うけど、騎士団に保護されてお城に行く!ゲームと同じ流れ!)」
顔が緩むのを自覚しながら、喜んでと言わんばかりに騎士の手を取る。が、ここでもランは「あれ?」と、首を傾げる。
ゲームで知ってる騎士団の恰好は、平時こそは兜は被らないが、物語にある西洋の騎士そのものの恰好だった筈だ。騎士服に鎧…小手だか手甲だか知らないからその辺りは省くが、露出の低いものだったと記憶している。
なのに、今の彼らの恰好は、その辺にいる平民と同じくパンツにブーツ。違うところといえば全員が素肌に胸当て、数人は赤いマントにパンツ、それ以外は白いマントに白いパンツを着用している。よく見れば騎士団なのに剣を持っていない。
鍛え上げられた肉体を、惜しげも無く晒す彼等。それを周囲の女性達はウットリした目で見つめている。ランも過ぎないマッチョは嫌いではないが、何か気恥しい。
「あの、この国の人って、みんなこういった恰好なんでしょうか?」
「ん?ああ、そうさ。まあ、この恰好になったのは勇者殿が魔王を倒してからになるがね。彼女の勇姿が、この国の男達の胸を奮わせた。男達は皆、彼女のようになりたくて、まずは恰好から。と、変わっていったんだ」
彼女。ということは、ここに迷い込んだのは女性か。
同じ女だということが、ランの心境を複雑にした。本当なら、勇者殿って呼ばれるのは私だったのに。と。
「えっと、その人って、今は何をされてるんですか?」
「彼女の考え方は諸外国にも徐々に浸透していってね。今は外交の仕事もされてるんだ」
それは、素直に凄いと思った。ランの中で外交といえば、テレビで見た首相とか大統領とかが笑顔で握手している場面しか思いつかない。
剣を振るうのも、魔法を使うのも、訓練すれば自分にだって。とは考えていたが、政治的な面は全く考えてなかった。駆け引きなんぞ、海千山千の彼ら相手に、自分なんかができるものか。
「彼女って、どうやって魔王を倒したんですか?」
ふと疑問に思った。外交と聞いて、勝手にインテリ系の女性を思い浮かべた。魔法重視で倒したのかも。あのゲームはパラメータの上げ具合で騎士だの戦士だの魔法使い、巫女と、様々なジョブが選べた。もしかしたら、魔法使いになったのだろうか?
そんな事を考えていたら、騎士はパッと嬉しげな顔を見せる。
「なら、それは王子に聞かせてもらえばいい」
「うぇ!?お、王子?」
いきなり、そんな重要な人物に会わせてもらえるのか。何か、この国緩くない?
「第3王子であるディオニシス殿下は、魔王討伐の当事者でな。勇者殿の話をされたがる。が、周囲の人間はもう何度も聞かされている故……」
ああ、耳ダコ状態ってわけか。
そして連れていかれたのは、城の謁見場。
高い場所で座しているのは、この国の王と王妃だろう。しかし、王妃はドレスなのに、何で王様までマントにパンツにブーツ。腕は上等そうな紐が巻かれ、頭には王冠がある。
「よくぞ参られた。我が国は、聖域からの客人を歓迎する」
「……ありがとうございます」
セリフの細かい部分の差異はともかく、恰好を含めたいろんなものがゲームと違うから、ランの中では全部が飲み込めないし、なんだかなあ。という気分にさせられる。
長ったらしい王のセリフをまとめれば、「好きなだけこの国にいたらいいし、困ったことがあれば、何でも言ってほしい」とのこと。
そして会わされたのが、この国の王子。騎士が言っていた第3王子のディオニシス。彼を見て、思い出した。
「(この子、確か魔王城で人質になってた……)」
ゲームのお助けイベントの1つとして、王子救出というものもあった。
魔王の娘の婿として、拐われ監禁されていた。顔は少女のように美しく、カナリアイエローに近いブロンドは、光を浴びてキラキラしている。筋肉とは無縁の細身の身体を持ち、見たまんまショタに分類する彼は、ランの世界のお姉さん方が作る薄い本でいつも裸にされていた。ちなみに、魔王の娘もお兄さん方の作る薄い本で以下略。
それはさておき、この王子のイベントは最後辺りだった。ここにいるという事は、本当に魔王は倒されてしまったのだろう。
「あーあ」とガッカリしながら、しかし美少年な王子に会えた事はスゴく嬉しい。……が、王子まで他の者と同じ恰好をしている点は「だろうね」と、ある種の諦めもあったが。
勇者殿と同郷の人間に会えるなんて!と、嬉しげな態度と顔を隠しもせず、王子ははしゃいでいる。勇者に助けられ、この城に一緒に帰ってきた。と、話す王子の顔は恋する少女のよう。
どこから話そうかな?なんて顎に指を当て、んー。と、考える王子の姿を可愛いと思いながら、ランは出された飲み物でノドを潤した。
◇◇◇◇
明るい我が国から、陰鬱な魔王城へと連れてこられた僕は、辱めを受けるくらいなら。と、自決する覚悟でした。しかし、魔王はそれすら許さなかった。僕に隷属の魔法を掛けてしまったのです。勝手な行動を制限されてしまい、死ぬ事ができないあの時は地獄と言う他ありません。
意識はハッキリしていましたが、肝心な所でボヤけ、気付いたら時間が経っていた事は多々ありました。
ですが、あの瞬間はハッキリと覚えています。
暗い部屋に、一筋の光が差し込み、僕を蝕む闇を追い払ったのです。
あの時の彼女の言葉、僕はハッキリと覚えています。
「アタシは、アンタを倒すためにここにやってきた……--」
彼女こそが、僕の救世主。女神なのです。
「殿下!ここにおられましたか!」
「何だカイ!今客人に彼女の話をしているところなんだぞ!」
「その彼女が呼んでいる。と、伝えにきたのですが?」
「ッ!それを早く言わないか!」
そう言うなり、バネのように立ち上がるディオニシスは、ランに何も言わず駆け出す。
「やれやれ……。その客人を放って飛んでいくとは。殿下にも困ったものだ」
カイと呼ばれた青年がチラ。と、ランを見る。カイはアッシュブルーの髪を持つ、細目の男。ツンとした態度が見て取れる、これまたタイプの違う美青年だった。言わずもがな、恰好は赤マントに赤パンツにブーツ。左腕には、皮のベルトが巻かれている。
「(うわー!騎士のカイだ!肉体美!仲間になるまでが長いけど、なった時はもうホント、ツンデレデレになるんだよね!ちょっとツンと赤い顔して、デレて見せてくれないかな)」
「お初にお目にかかる。聖域からの客人。俺は、騎士団に属するカイというものだ。先程は、失礼した」
「あ、いえ!いいえ!別に気にしないでください!」
頭を下げられ、軽く混乱してしまう。両手をブンブン降って気にしないでアピールをして見せれば、勢いが良かったのかカイの前髪がフワリと揺れる。
「(あー!もう、スゴく恥ずかしい!だってカイが!カイが私に話し掛けて!うひゃー!)」
「良ければ、俺の知っている勇者の話をさせてもらうが……」
……て、そこで続くんかーい!
いや、別に勇者の話をそこまで聞きたいわけじゃないんですけど。
その言葉は、先程見たがってた『ツンと赤い顔して、デレる』カイが話したそうにしている事で、ヒュッと引っ込んだ。だから、ランが断る理由も無かった。
「あれは、俺がまだ騎士としても人としても未熟だった頃の話だ……--」
◇◇◇◇
カイは、目の前にいる彼女が『勇者』とは、とても思えなかった。
[--世界の危機、世が人類の絶望に染められし時、異世界より現れし者、魔の王を滅する……]
確かに、彼女は異世界からやってきた。彼女は、多くの人間がいる中、突然現れた。然る高名な賢者が記した【導きの書】通りに、彼女は世界の危機にやってきた。
その頃は、王子ディオニシスが浚われ、王宮の人間が混乱の最中にある中での事であったから、その1人であるカイも、随分と余裕と平常心が失われていた。
お前は誰だ?といったセリフから始まり、いくらか彼女とやり取りをしていたが、カッカしていた頭はそれを覚えておらず、魔王を倒した今となっても、自分の醜態は思い出すのも恥ずかしい。
しかし、何よりカイに残っているのは、彼女が放った頬への一撃と、言葉。
「こんな所でグダグダ言ってないで、とっとと魔王とやらを倒したらどうなんだい。勇者しか倒せない?アンタらが言う賢者様がどれだけ偉いか知らないが、そいつの言う事が全てじゃないだろうに。今までアンタらが鍛えてたのは、何の為だい。ただの自己満足か?それとも、見せびらかす為か?そうじゃないだろ?誰かを護りたい。それだけじゃないのかい?それを今揮わないでどうする。結局、アンタらは何だかんだと理由をつけて、諦めちまってるのさ。自分じゃ背負いたくないから、誰かに押し付けたいだけなんだよ。男なら、シャンと立って、真っすぐ前を見な!……そしたら、何がしたいのか、何をすべきか、護りたい者が誰か。それぐらいは見れるだろうさ」
「確かに彼女の言う通りだった。俺は、来るべき時に備えて体も技も鍛えてきた。騎士随一の技を持つ。なんて褒められたって、結局は魔王は勇者が倒すものだと決めつけていた。やりもしない内から、理由をつけて見ないようにしていたんだ」
顔を上げ、前を見た。
そこには護るべき王族が、共に戦う仲間達が、そしてこの国に住む人間たちが見えた。俺はそれらがいつまでも、そこにあるのが当然と思っていた。しかし王子は浚われてしまった。自分が、何もしなかったから。
「俺は……--」
「大変だ!カイ!」
慌ててこちらへやってくるは、白のローブに白パンツを着用した線の細い青年。それが魔導師のイグニスだとランは気づいたが、その切羽詰まった様子から、簡単に口は挟めそうにない。と、黙ったまま状況の流れを見守っていた。
モスグリーンの髪に、赤茶けた目。今までディオニシス以外筋肉ばかり見てきたから、ひょろ長いイグニスの体型では、その恰好は貧弱に見える。ブルータス、お前もか状態のランを置いてけぼりに、2人は「話し合いが始まるぞ!」「何だって?!そんな予定は無かっただろう!」と、驚きと興奮を隠せない様子。
「あの、何があったんですか?」
「ん?カイ、この子は?」
「話は聞いているだろう?聖域から来た客人だ」
「この子が!?……そうか。彼女とは随分違うが、それもまた、彼女の言う個性なのだろう」
「ああ。あちらでも、彼女のような女性はあまりいないようだから」
何だろう。美人とブスって言われてるんだろうか?それは少し、いやかなり腹は立つ。
漫画で表現するなら怒りマークの1つや2つ浮かべていそうなランに、イグニスが説明してくれた。
「諸外国との取り決めで、何かを決める際は、話し合いで決める。というものがあります。それらは前もって報せが来るのですが、稀に乱入してくる国もあるのです」
「乱入?」
「まあ、いきなり来て話し合いを持ち込んでくる奴らだ」
「じゃあ、断ればいいじゃないですか」
「そうはいかない。話し合いは、乱入であれ全て受けると彼女が認めてしまったからな。この辺りは、少し頭が痛い所だよ」
「まあ、喜んでいるのは殿下くらいじゃないか?」
「そうだな。彼女の勇姿が見れると、はしゃいで熱を出すほどだ。早く行かないと、また王子が暴走する」
話し合いに、勇姿?論破する所とか、異議ありとかしちゃう場面だろうか?そんな事を考えながら、ランはカイとイグニスの後に続き、走り出した。
◇◇◇◇
……何コレ?
それがランが思わず口にした言葉。
2人の後に続いたはいいが、外に出た事に疑問を抱き、着いた場所に数秒思考が停止した。
そこは、とても開けた場所。四方は階段状になっており、真ん中を見下ろすように大勢の人間が座っている。真ん中にあるのは、4本の支柱にロープが張られた、格闘技などでよく見るリングが置かれている。
リング中央に白と黒のストライプ柄のマントを羽織った男がやって来て、どこかに礼をしている。そちらを見れば、一番いい場所で先程の王と王妃がいた。
王が一つ頷けば、リングにまた一人男が上がってくる。手には、マイクらしき物を持っている。
「紳士淑女の皆様方!今日は隣国ダジャスターから、礼儀知らずにも乱入の話し合いにィ、やって来たってよォ!」
その言葉に、周囲の人間からブーイングが飛んでくる。
「だが我が国は、いや我らが勇者殿はそれを受けると言ってくださったァ!前置きが長くなる前に、そろそろ紹介するぜ!青ォーコーナー!ダジャスター国、獣戦士団長!タイガァー・デリィーーーズ!!そして、魔法師団長のォ、ガゼルゥー・キューリィーソン!」
舌を巻きに巻いた紹介をすれば、どこからか勇ましい音楽が奏でられる。幕から登場してきたのは、頭が虎で首から下が人間という獣人。恰好は黒の長いスパッツで、ブーツを履いている。ユラユラ揺れる尻尾は、どこか機嫌が良さそうに見える。
のし、のし。と、ゆったりとした歩調でリングに向かう途中は、歓声やらブーイングやらが飛んでくる。タイガーは、それに対して片手を挙げてみせた。
その後ろから歩いてくるは、イグニスと同様の体格を持つ優男。オドオドしながら歩いてくる。
「え、これ。プロレ……え?」
どう見ても自分の記憶にあるものにそっくりなそれのせいで、ランの理解が追い付かず、更に混乱する。
「赤ァーコーナー!」
その瞬間、先程よりも大きな歓声が起こる。それを、タイガーは面白げに眺め、ガゼットは更にオドオドしだす。
「我らが救国の英雄!無敗の勇者、ユウゥー……・イチノセェ!そして、元魔界の女王。マ・オーーー!!」
1人は空から。1人は幕から走り出る。リングにその姿を現せば、ランは目を見開き、思わず声を漏らした。
「え、ちょ。あれ、魔王じゃん……」
ゲームでは、女主人公を選んだら女魔王が、男なら魔王が出てくる。
リングにいるのは、間違いなくゲームで見た女魔王そのもの。しかし恰好は女子プロレスラーが着ているようなリングコスチュームだ。
セコンドには、ディオニシスと少女が興奮気味に2人を応援している。あの少女は確か、女魔王の娘だった筈……それがどうしてここに。
「救国の英雄だァ?大層な名を付けられてても、魔王を倒してねえじゃねえか。その隣にいる女こそが世界が崩壊しかけた元凶だってのに、何で隣にいんだよ!?」
タイガーがマイクを奪い、女魔王を指差す。それは、開始前のマイクパフォーマンスに見えたランは、既に目がカタカナの「エ」のようになっている。
「男が小っちゃい事ヌカしてんじゃないよ。コイツは確かに以前は悪い事をしたかもしれない。いや、したんだろう。でもね、アタシはコイツとガチで闘って、そして互いを認め合った」
「ああ。この者と出会う前のわらわは、世界征服など些末な事を目論んでおった。が、ユウと出会い、そして魂からのぶつかり合いで目が覚めた。魔王と呼ばれ、その力を過信しておったが、上には上がおる事を知ったのだ」
「むしろ、それからのコイツは善人その者さ。魔法を使ってけが人や病人を助けたり、災害時は誰よりも早く駆けつけ、救助している。今までした悪事に見合った分を返せたかどうかを判断するのは、コイツ自身と周りの人間さ。見なよ、周りの人間の反応をさ」
周囲の観客からは、「マ・オー!」「マ・オー!」という声が上がっている。その声は空気を震わせ、ガゼル自身も震えが止まらない。
「どうせ、アンタも自分の王様から言われたんだろ。コイツを連れてこい。ってな」
「わらわは構わぬ。だが、すんなり行く気は無い。この国では、話し合いで全てを決める。そう、『ガチンコ』という話し合いでな!!」
「くっちゃべるのも、ここまでだ。--ゴング!」
カーーーーン!!
ゴングと同時に勇者と魔王が動き出す。それに対して、湧きあがるラン以外のセコンド側と観客たち。
話し合い(物理)が始まり、早々にガゼルがやられてしまった。
「よろしければ、リングの近くまで行きませんか?」
ランを誘うカイだが、ランの目にはどう見ても自分が行きたそうに見える。コイツ、私を口実に使ってやがる。と、気づいたランだが、カイは返事を待たずランの手を掴み引っ張っていく。
「(問答無用かよ!)」
そして王子と魔王の娘の近くまで来たカイが声を掛ければ、飲み物が入った筒を持つ王子が、不安そうにカイを見ている。
「カイ……。ユイは、これを受け取ってくれるだろうか……?」
「勿論です、殿下。殿下が手ずから作ったんですから、ユイ様もきっと喜ばれます」
恋する乙女が、バレンタインのチョコでも渡す前かのようにモジモジしだすディオニシス。それは素直に可愛いと思えるのだが、今までの流れがランを冷静にさせる。
「あの、それ何ですか?」
「ん?ああ、客人。いつの間に」
さっきからおったわ!そうツッコみたいランだが、グッと堪えた自分を褒めてやりたい。
「これは、薬師から教わって作った『プロテインEX』です」
プロテインって、作れるのかしらん?聞いたことのある単語に、思わずそんな疑問を抱くが、大事そうに筒を抱えているディオニシスに訊けやしない。
「あー……、筋肉に良いのって、確かタンパク質だっけ?」
その言葉に、熱心にリングを見つめていた魔王の娘……マムが勢いよく振り返る。彼女は派手な柄のスクール水着……に似た物を着て、ブーツを履いている。
「貴女、たんぱくしつとは、何かしら!?」
「え?え?」
「筋肉に良い物を知っているという事は、貴女も好きなのよね!?教えなさい!教えなさいったら!」
「マム殿、客人に無体な真似はなさらないでください」
「え、ああ、いや。確かレスラーの人って、鶏のササミとか卵とか牛乳とか食べたり飲んだりしてるって……聞いたことが、あるんですけど」
カイが盾になってくれてはいるものの、マムの勢いは止まらない。「卵!?牛乳ね!」と、何度も力強く頷いている。
「おーーーっとォ!勇者様がタイガーの後ろに回ったァ!!」
実況のその言葉に、ディオニシス、マム、カイが一斉にリングへと向き直る。あまりにも勢いの良い揃った行動に、ランはまたドン引く。
「『希望の架け橋』だ!」
「いいえ!『友情の架け橋』よ!」
ディオニシスとマムが言い争う。カイがこっそりと「同じ技なんですけど、名前はこっちがいい。と、争ってまして」と、心底どうでもいい情報を耳打ちしてくれる。
ユイがタイガーの腰に腕を回し、持ち上げ、後方に反り返るように倒れこむ。「あれ、バックドロップじゃない?」と、ランが呟くが、ディオニシスとマムは聞いちゃいない。
「ああ……あれが、魔王に敗北を認めさせたという、伝説の技。ご存知ですか、客人。ユイ様には、状態異常の魔法や、隷属・拘束の魔法やアイテムが一切通じないのです」
「へー」
「そんなものに負けるアタシじゃねえって、気合で弾き返し、時には気合でアイテムを破壊するそうで」
「へー」
気合って、そこまで万能だっけ?理解が仕事しないランの頭は、スカスカのスポンジのように吸わず、ただ通すだけになっている。
その時、ランの頭に聞き覚えのある声が響く。辺りを見回すが、その声はラン以外に聞こえていないようだ。
[ラン。貴女の命、存在がこの世界に定着しました]
「(え、女神様?スミマセン、私天国に行きたいんですけど)」
[それはできません。この世界に来た時点で、貴女の魂はこの世界に収まってしまったのです]
「(そんな収納みたいな。え、じゃあ。私天国行けないの?)」
[そうですね。そのままこちらでの寿命を全うしてください]
「(軽ッ。……まあ、いいですけど)」
[そうそう。貴女に1つ『祝福』を授けたいんですが、望みの能力などありますか?これまでの人は無双の力であったり、物を作る知識などを望まれましたが]
「(ああ、じゃあ……)」
プロレスを含む格闘技の知識と、それに関連する食べ物、医療等の知識をください。
この世界で生きていくという事は、この世界に見合った知識が、絶対に役に立つだろう。
その考えも的中し、その後ランは王室お抱えの『相談役』という立場をもぎ取り、ついでに話し合いの際の解説者としての仕事をするようになった。平和になったその世界で、それなりに平穏で裕福な生活を送ることになる。慣れてしまえば周囲の人間の恰好や言動など気にもならなくなり、普通に恋愛をして、普通に結婚をしましたとさ。
(一応、めでたしめでたしで終わるんじゃない?)
登場人物
【ラン】17歳
餅をノドに詰めてしまい、17の若さでこの世を去り、世界を救う役目に選ばれるも、タッチの差で役目を奪われるという残念さ。
しかし、送られた世界で女神から生き抜く知識を貰う部分は、しっかり者というか、ちゃっかりというか。
【女神】
大抵異なる世界に、人の行き来を手伝う人。性格は女神によって違うが『祝福』を与える分には、本作の女神は良い方だと言いたい。
【ディオニシス】18歳
年齢より下に見られるショタ枠。勇者ユイに憧れ、筋肉を付けたがるが、全く付かないのが悩み。プロテインを作ったり、タオルを差し入れる甲斐甲斐しさを見せ、ユイに気付いてもらえなくても受け取ってくれるだけで幸せを感じてる乙男。
【カイ】20歳
真っ直ぐな性格をしているが、知らずに道を誤ると、そのまま真っ直ぐ行ってしまう難儀な人。目隠しされた馬のように、前しか見ず突っ走ってしまう傾向が見られる。
【マム】121歳
魔王の娘。最初はディオニシスのような見た目がタイプだったが、筋肉に目覚めてからは勇者と母親を更にムキムキにしたいと躍起になる。自分はならなくていい。筋肉は付ける派ではなく、眺めて抱きしめて堪能する派という派閥。ディオニシスとは変なライバル関係にある。
【マオ】946歳
元魔王。ユイと出会い、魔法一切無しの拳と拳で闘った事で、何か目覚めた。(ユイ曰く、闘魂がなんちゃら。と)
世界征服を企まなければ、基本良い人。
【ユイ】24歳
元は小さなプロレス団体でヒール役をしていた。こちらに来たのは、試合の最中。最初は訳も分からず戸惑っていたが、段々と自分を出すようになり、気付いたらこの世界を受け入れていた。自分の中で尊敬する人(倒すべき相手)は、タイガーマスク。
魔王とは、心から通じ合えるパートナーだと思っている。