シャロンⅢ
ハジとシャロンが魔導礼装を購入した後、本屋に行き教科書を揃え、理容院で髪を整え、制服を引き取りに行くともう日も陰り始めていた。
ハジは整髪料でオールバックにし、その上に制帽を被る。オールバックはシャロンの一存でハジはイヤイヤだった。
沢山の買い物袋を両手に抱え、宮殿通りを魔導学校に向かって歩く。もう入寮の準備は整っていた。
シャロンも結い上げた髪に小さなベレー帽のようなヘッドドレスをヘヤピンで付け、唇に薄い色の紅を引いていた。
シャロンは通り沿いのカフェに指差しながら、
「少し寄って行きましょうか? 財布にはまだ余裕があるし」
「もちろんそれはミレーユの財布の話だよな」
「当然」
時刻は十六時過ぎ、手続きに食われる時間を考えてもまだ余裕がある。
あまり早く着いても面白い事は無いとシャロンは思ったので、ギリギリまで時間を潰したかった」
中を覗くと小洒落た空気の店で、若い女の子がキャッキャとスイーツを肴にお喋りを楽しんでいる。
甘ったるい空気を嫌ってテラス席に座ると直ぐにウエイトレスが注文を取りに来る。
「チーズケーキと紅茶。あなたも同じのでいい?」
ハジは渡されたメニュー表を見るが、どれが良いものなのかわからないのだろう、頭の上にクエスチョンマークが待っているのがシャロンには見える。
ハジは諦めたようで、
「……そうして下さい」
「かしこまりました」
ウエイトレスはメニュー表を回収して、店内に戻って行く。
シャロンはテーブルに頬杖を着いて、口を尖らせながら、
「正直……」
「うん?」
「正直、あなたを戦闘手志望だって聞いて止めようと思ったのだけど…… やめたわ」
「……そうなのか?」
「ええ、記憶喪失なら、そっちをなんとかするのが先決でしょって…… でもさっきの高虎の扱い、素人には見えないから。案外バチバチ戦ってた方が回復が早いかも」
「その割には不満げだな?」
「ええ、不満よ」
トレイの上に紅茶とケーキを乗せたウエイトレスは、二人の座るテーブルまで持ってきて慣れた手つきでテーブルに置いていく。
ウエイトレスは出来合いの笑顔を見せ、
「ごゆっくり」
シャロンはウエイトレスを見送ってから愚痴をこぼすように、
「ミレーユが認めてる以上、私がとやかく言うことじゃないけど、戦闘手の仕事って理解してる?」
ハジは淡々と、
「殺すことと死ぬことだろう?」
もう少しマイルドな表現をするかと思っていたので、シャロンは驚いて目を丸くする。
「そうね、結局突き詰めるとそうなっちゃうわよね。でも、それは殺していい理由にはならないし、死んでいい理由にもならないわよ?」
「わかってます」
「なら良し」
気を取り直し、シャロンはティーカップを掴んで、
「さあいただきましょう、紅茶が冷めたらもったいないわ」
琥珀色の液体が口に入ろうというその時だった。
閃光と轟音、爆風がシャロンの背後から津波のようになだれ込んでくる。
シャロンはとっさに椅子から降りその場にしゃがむ。テーブルの下で同じようにしているハジと目が合う。
「厄日だわ」
首を伸ばし、音のした方を確認すると宮殿通り沿いのとある建物から、黒煙が空に向かって伸るのが見えた。距離にして五百メートルくらい先からだ。それを見たシャロンは、はらわたが煮え繰り返る思いだった。
「呆れた、根性の無い」
「なに?」
「国立図書館のあたりね、レジスタンスが狙うにしては二流ね」
「そうなのか」
もちろん国立図書館を軽んじるつもりはシャロンにはなかった。ただ、今日この日に狙うなら魔導学校を狙えば良いのに、とは思った。
「どうする?」
「逃げたきゃ逃げなさい、私は迎え撃つから」
「犯人をか」
「まぁ、親をテロで亡くした身としては、放っておけないのよね」
「俺も残るよ、そんな怖え顔した奴、放っておけないから」
シャロンは自分の表情が強張っているのを自覚した。恥ずかしいので両手で揉み解す。自分で思っているより、レジスタンスを嫌っているようだ。
周囲の人たちはパニック状態で、とにかく爆発の現場から遠ざかろうと必死に走っている。そんな人の濁流が一分、二分と経つとそれも収まり。辺りは人の影がなくなる。
「来たわ」
代わりに黒煙の根元から埃を撒き散らしながら白い怪物の群れがこちらにやってくる。二本の脚で走り二本の腕を降り走る姿は人型だったが、光沢のある体表は爬虫類のようだ。
数は五十ほど。その群れの中央に、人間の姿も幾人か見えた。
「なにあれ?」
「白いの? 人形の一種でしょう」
シャロンは立ち上がり、カフェの敷地から出て通りの真ん中に立つ。ハジもそれを追いシャロンの横に立つ。
「どうする?」
「とりあえす片っ端からぶっ壊す。あなたは少し離れていて、」
ハジは高虎を引き抜いて、両手で持って構える。
「これは、殺して良い理由になるよな」
「死んで良い理由にはならないけどね」
「オッケ」
シャロンは思い切り魂魄を回して魔導力を吹かす。まずそれを身体全体に行き渡らせる。力が充実するのを実感した。活性化と言われ、身体能力を強化する技だ。
「クッ?!」
ハジは本当に息が出来なくなったのか、胸に手を当て肩で息をする。
「何これ? 魔術?」
「ただの私の魔導力に充てられているだけ、魔導能力が強い人間が撒き散らす公害みたいなものよ。ただの錯覚だから、意識して息をすれば大丈夫」
「分かった」
ハジが深呼吸して落ち着くのを確認すると、シャロンは腰のホルスターの中にある術式に魔導力を流し込んで魔術を起動した。
すると、ゴルフボール大の光球が幾つも現れ、リング状に展開しシャロンの身体を取り囲む。
「それを飛ばすのか?」
「ちょっと違うわ」
シャロンを囲む光球の内、シャロンの正面にあるものは、それぞれ一本の光の奔流を密集した人形に向かって射ち出した。光の奔流の太さはほとんど変わらず、一直線に進み先頭の人形に直撃する。人形は腕部を前に出し防御しようとするが、それを射抜いて体を貫通し、その背後の人形も壊す。
背中側の光球も光芒を射ち出した。ただ軌道が全く違った。一度空高く射ち上げられると、綺麗な弧を描いて集団中央に落ちる。軌道も違えば太さも違う。最初はゴルフボール大の光球から射ち出された奔流はすぐに直径が三メートルほども太くなり、複数の人形を飲み込み体表を砕き四散させる。
「おお、かっけ」
「どうも。ちなみにまっすぐなほうが集束煌、曲がったほうが歪曲煌って言うの」
真っ直ぐ進む集束煌も曲がりながら進む歪曲煌も軌道が違う以外は同じ魔術だ。
光の粒子を創り、それを定めた方向へ射ち出す。その際に集束率を上げればより遠く、射抜く様に。集束率を下げればより広く、飲み込む様に目標を加害できる。射ち出す際にそれらを一々制御しなければならないため、慣れが必要だが対応力のあるミリアストインダストリアル社開発の戦闘用魔術だ。
見る見る人形が減っていく。このペースで減り続けると、シャロンの立っているところまで来ることもできないだろう。
「俺居る意味ないな」
「そんなことないでしょう、多分そろそろ……」
敵が何か手を打ってくる。
そう言おうとすると、人形の集団の影からキラリと光るものが飛んでくる。
シャロンは分厚く大きな遊盾を出し、それを弾いた。シャロンの頭上を越えて宙を舞ったのは黒光りする投げ短剣だった。
「ハジくん、だいじょう……」
シャロンはハジの無事を確かめる為に視線を走らせると、自分のすぐ後ろに人の形をした黒い影がありゾッとする。
実際には真っ黒なロングコートを着こんだ人間だ。フードを目深に被り、更に口元を黒い布で隠しているため、息がかかるほどの距離なのに顔を伺うことはできなかった。
黒コートは短剣を持って、シャロンの胸めがけてそれを突き出した。
シャロンが刺される直前に、横から斬撃が割り込んできて、黒剣を弾き飛ばした。
ハジの高虎だ。
ハジは黒コートとシャロンの間に割って入って来る。
黒コートは、もう片方の手に持った短剣をハジに突き出す。ハジは両手で持った高虎を切り替えして迎え撃とうとする。すれ違うよう交錯すると、黒コートはフッとその場から消えた。
「ハジくんッ!」
ハジの抱える右肩は血が滲んでいる。それを抑えながら、止血液を起動した。
ハジは鋒に付いた血を見て、残念そうに、
「いい腕してやがる」
シャロンは本当は駆け寄ってハジに手当てをしたかったが、唇を噛んで堪える。ここで攻撃の手を緩めると目の前の人形の脚は止まらず、状況は悪化するだけなので、集束煌と歪曲煌を射ち続ける。
「見つけた」
素早く周囲を見回したハジは通り沿いの五十メートルくらい先の建物の上に、こちらを伺う黒い影を見つけた。
ハジは高虎を左手に持ち替えて、横薙ぎに振るう。
横に居たシャロンが関心するほど大量の魔導力が込められていた。
「大断ッ」
スーッと伸びる刀身が伸びたのは三十メートルほどで黒コートに届く事はなかった。
「意外と伸びないな」
人形の集団はまとまって進軍することを諦めたようで、蜘蛛の子を散らすようにバラバラに大通り沿いの路地に入っていく。
シャロンは攻撃をやめ、ハジに近く。
「ハジくん、奴は?」
「消えちった、煙みたいに」
ハジが見据えて先にはもう影も形もなくなっていた。
「なにあいつ?」
「さぁ、それより怪我は」
「浅い、と思う……」
ハジは額に脂汗を流し、顔色は青い。とても軽傷には見えない。
「抜け目無いな」
「毒か何かしら、とにかく横になって」
「大丈夫だよ、少しフラつくだけだ」
「いいからッ」
「……わかったよ」
シャロンは叱るようにいうと、ハジは観念したように両手を上げて、地面に腰を置き仰向けに寝る。シャロンも腰を落としてすぐ横に控え、ハンカチをポケットから取り出して額を拭う。
車を呼ぶために交信板を起動するとハジが口を開いた。
ハジは人形の来た方を指差して、
「シャロン、またなんか来る」
それを聞いて反射的に集束煌を起動しようとしたが、やってきたのは馬に乗った一団。彼らは帝国軍の軍服を着ていたので安心する。
彼らは隊長らしき人を残して人形が逃げていった路地に入って行く。
「憲兵隊のラッツ中尉だ。何があった?」
「レジスタンスがやってきたので交戦しました。一人手練れがいますので、注意してください。それより……」
シャロンはハジの額を撫でる。ハンカチに付く脂汗が不気味で仕方なかった。
「わかった、車を呼ぼう」
ラッツは交信板を起動し、一言二言発する。
「私は連中を追わんといかん、失礼する」
ラッツを乗せた馬は蹄鉄を鳴らし路地の中に入っていった。
「シャロン」
「しゃべらないで、すぐに病院に」
「お願いが、あるんだ」
「後でいくらでも聞いてあげるから」
ハジの戦争映画の人が死ぬシーンのような言い回しに、見た目以上に悪いのかと鳥肌が立つ。何かできることはないかと必死になって考える。
だがハジのセリフは思ってもないことだった。
「どうせなら、こう、膝枕をしてくれると、嬉しい。スカート越しじゃなくて、直で」
「……このッ」
シャロンは指を弾きハジの額を叩く。
もちろん膝枕はしない。




