ニトラⅣ
ハジ隊の四人は昼寝の後、また障害物コースを散々走り、日が暮れる頃ようやく終了する。
アナスタシアとドロッセルはグロッキー状態だったので、リンドヴルム寮で休んでいる。
ニトラは、ハジが魔導協会に行こうとするので、重い身体を引きずって付いて行く事した。
魔導協会の直営店にやってくると、看板娘のユリンが出迎える。一見可愛らしい童女に見えるが、見ているエプロンには“三十四歳独身”と書かれている。
彼女は陽気なメロディに乗せて、
「いらっしゃ〜ぁい。おやおや? デートか何かですか?」
ニトラの容姿を見てそう判断したのだろう。
この手の勘違いはされ慣れているので、ニトラは淡々と、
「僕、男です」
「ああ、すみません」
ユリンはテンションを落として頭を下げた。
けったいなエプロンを身につけているあたり、容姿に対するコンプレックスは彼女にもあるのかもしれない、とニトラは思った。
店の奥には先客がいた。
彼女は魔導学校の正式制服で身を包み、腰には重そうな刀を下げていた。
黒髪を高い位置で結い、切れ長の眼が鋭くこちらを見定める。小柄なニトラと同じくらいの身長だが、痺れるような独特の存在感が彼女を大きく見える。
彼女はナルカミ・チドリ。ユニコーン・レギオンのマスターだ。
「こんにちはリトラ君と…… ハジ君」
落ち着いた女声には不思議と迫力があった。
ニトラは目を丸くして、
「名前、なんで」
「ん? 次の対戦相手の名前くらい把握しているさ。もっとも、私は出場しないがね」
すると、チドリはハジを見る。
ジッと一秒ほど、二人は視線を交わす。
ニトラの肌に電流が走った気がした。
視線を逸らしたチドリは、
「……それじゃあ私はこれで。グリュンベルンによろしく」
「はあ」
チドリは二人は横を通って店から出て行った。
彼女の姿が見えなくなると、ハジは長い溜息を吐いた。
「……ふうぅぅ。強いな、あいつ」
「それはそうだよ、試合の話聞いたでしょ? 一人で試合に勝ったって」
「話以上だよ、全然隙がなかった。剣技だけでも相当強い。あれで魔女とか反則だろ」
ハジの横顔は普段と大差ない筈なのに、なぜだか恐怖心が湧いてくる。彼は今にも高虎を抜いてしまいそうな雰囲気だ。心配になったニトラは、思わずハジの彼の服の袖を掴んだ。
「ハジ、大丈夫?」
「ああ、もう大丈夫。ああクッソ、冷や汗かいた」
襟元を掴んで扇ぐハジは、穏やかな調子に戻っていた。
その様子を不思議そうに見ていたユリンは、
「あのぅ、それで今日は何用で?」
「そうだった。魂捜基の実物ってあります? 試したいんですけど」
「ありますよーッ」
陽気に声を出したユリンは、番台の下から“試供品”と書かれた術式盤を取り出し、番台の上に置く。
ハジはそれを手にとって魔導力を流し込んで起動すると、透明な球体が現れた。
球体はサッカーボールくらいの大きさで、上下左右前後に線が幾つも走っていてマス目を作っている。中心に緑の光点があり、これが起動者の現在位置の様である。
魂捜機は魔導協会製の探知魔術である。
魔導力と魔導力と反発し合う。魔導力の精製を行う魂魄は特に、である。
魂捜基は瞬間的に魔導力を全方位に放ち、跳ね返ってきた反応を感じ取って魂魄や高密度の魔導力の在りかを調べる魔術だ。協会製らしく、起動させるだけなら比較的簡単なものであるが、使い手の技量次第で他の探知魔術と遜色無い成果を出せる。
「それじゃあ一発……」
「ちょっと待ッ」
ユリンの制止も虚しくハジは魂捜基を撃った。
大量に蓄積された魔導力は瞬間的に放出されると、すぐ近くにいたニトラは大量の魔導力を浴びることになった。
するとニトラの全身を、硬くて鋭くて冷たいモノが身体の中を走り回る。
ゾッとして身体を弄る。
痛みはない、血も出ていない。
錯覚なのだと気づくとホッと胸をなでおろした。
ユリンも同じような錯覚を感じたようで、青い顔をして身切れていないか確かめていた。
状況を分かっていないハジはポカンとした顔で、
「なになに、どうした」
「魔導力酔いしたんだよ」
「ああ、講義でそんな単語が出たなあ」
単語は思い出せても内容までは思い出せない様子のハジは、視線を遠くにやって考える。
すると額冷や汗をかいたユリンは、
「経験ないです? 近くに魂魄を回している人がいると、変な錯覚」
「あるな。シャロンとかアーニャとか。ああ、あれが魔導力酔いか」
魂捜基の欠点は起動時、近くに居るものに魔導力酔いを起こさせることである。
放出する魔導力の量が増えるほどより広い範囲、弱い魂魄を索敵できるが、その分敵に居場所を晒す危険が増える。おおよそ索敵半径の十分の一の距離にいる人間は魔導力酔いを引き起こす。
魂捜基唯一の欠点である。
「どんな感じだった?」
「うーん、ズタズタに斬られた感覚、かな?」
「ほう…… ユリンさんも?」
「いや〜死んだかと思った〜、です」
「ほほう…… 使えそうだな」
ハジは不敵に笑った。




