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ハジⅩⅣ

 四月二十三日、火曜日、夕方。

 ハジ隊の四人はただひたすら走っていた。

 魔導学校の敷地は、高さ三メートルの塀で囲われている。そのすぐ内側は、塀に沿って作られた鍛錬用のランニングコースになっている。

 一周四キロメートル。平坦コースと、障害コースに別れていて、障害コースの途中には五メートルの壁や、ロープ渡り、果ては日の輪くぐりなどサーカスじみた物が、息つく間もなく設置されている。

 上下に激しく動く造りになっており、戦闘手アタッカーといえどもそれなりに体力を使う。

 四人は、障害コースを泥だらけになりながらひたすら走り回る。昼食後から約三時間、一周ごとにインターバルを取っていたが、ハジ以外の三人は肩でゼーゼーと息をしている。


「きゅ、休憩をください」

「しぬ〜〜」

「はぁ、はぁ」

「なんだなんだ、情けない」


 ドロッセルとニトラはともかく、身体能力が高いアナスタシアのスタミナが無いことに、ハジは意外に思えた。

 対してハジは、少しだけ息を荒くしているが、それほど疲れはなくケロっとしている。休ませてやりたいのは山々であったが、甘やかしては鍛錬にならない。


 ハジは心を鬼にして、

「ほらほら、もう一周行くぞ?」

「も、もうちょっとだけ、息を……」

「ヒェ〜、ハジのバカァ」

「鬼ッ、悪魔ッ」


 三人して恨めしそうに顔を歪めて罵るが、いかんせん迫力がとぼしい。

 すると、柔らかな声色がハジの背後から聞こえてきた。


「まあまあ、ちょっとくらい良いじゃないですか」


 声の主はリーリスであった。

 彼女は紙袋とヤカン、丸めた大きな布を抱えて立っていた。


 ニコりと微笑んだ彼女は、

「休憩にしましょう、捕食おやつも持ってきましたよ」

 リーリスは返答を待たずに布を拡げ、持ってきたものを広げ始める。


「やったッ、良いよね?!」

「まさか主計班の心遣いを無下にしませんよねッ?!」

 アナスタシアとドロッセルがキラキラとした笑顔でそう言った。


 ここで断るのは、テキパキと支度をしだしたリーリスに申し訳ないので、ハジは諦めた。


「分かったよ」


 そう言ってハジ隊の全員で敷物に腰を下ろした。

 ハジが濡れたタオルで手を拭いていると、リーリスが紙袋から弁当箱を取り出して開ける。中には白米のおにぎりが一杯だった。


 それを見たハジは、

「これ、グラディスは知ってるのか?」

「はい。と言うより、グラディスちゃんの発案です」

「あの人、結構金遣い荒いな」

「えっと、生き金と死に金がどうのこうの、とか言ってました」

「そんな事どうでも良いじゃないですかッ」

「食べて良いよねッ? てか食べるよッ」

 アナスタシアとドロッセルはハジの返事を待たず手を付けた。続けてハジとニトラもおにぎりに手を伸ばす。


「頂きます」


 口に入れると塩味が強かったが、疲れた身体にはちょうど良い、とハジは感じた。

 リーリスは金属のコップにヤカンの中身のアイスティーを注いで、ニトラ、アナスタシア、ドロッセルそして最後にハジに手渡す。

 ところが、ハジがコップを掴んだのにリーリスは手を離さない。


 不思議に思ったハジは、

「リーリス、どうした?」

「はいッ?! いえその、考え事を…… 大丈夫ですッ、気にしないで下さい」


 リーリスは慌てたようにパッと手を離す。

 彼女は顔を恥ずかしそうに真っ赤にしていたので、不思議に思ったが、本人に気にしないで言われたので、ハジは詮索しない事にする。


 ハジはふと、シャロンとドロッセルが実験をしている事を思い出し、

「そう言えばドロッセル、昨日はどうだった?」

「はい? なんかうまくいったようですよ」


 ドロッセルは塩むすびを頬張りながら、首を傾げてそう言った。彼女自身も実験の内容は理解していないのだろう。

 ハジ隊の四人で弁当箱の塩むすびをペロリと平らげると、アナスタシアとドロッセルはまるで気を失うような早さで眠ってしまい、それを見たリーリスまで一緒になって昼寝をし出す。


 ハジは三人の無防備な寝顔を見ながら、

「何なんだ、この三人」

「今日はお昼寝日和だからねえ」


 ニトラが空を見上げるのでハジもつられて顔を上げる。

 雲ひとつ無い快晴で、身体をポカポカとあたためる陽気は、確かに眠気を誘うだろう。

 少しくらいは良いか、と思ったハジは身体を反らして筋肉をほぐす。するとそれが視界の端に入った。

 饅頭のような形をした銀色の物体。

 銀色の仕業シルバリオンの流体金属である。

 ここ最近、ハジは毎日のようにこれを目にしていたが、変幻刀改トーネード・ツーより寒熱天衣サーマルハンドより、ずっと奇怪な魔術に見えた。

 ハジは手を伸ばして指先で流体金属に触れる。冷たいのだが、パン生地ような柔らかい感触で指先がズブズブと沈みこんでいく。感触が楽しいので、何度も出し入れする。


「面白いな、銀色の仕業シルバリオン

「ありがとう、褒められると嬉しいな」


 一度楽しくなると病み付きになり、今度は腕全体を沈みこませる。

 いい機会なので、ハジは色々聞いてみる事にした。


「ニトラって銀色の仕業シルバリオンで索敵してるだろ? 他の人ってどうしてるんだ?」

「うん? えっと、色々あり得るけど…… 一番多いのは魂捜基ピンガーかな?」

「ほほう? どんなのだ?」

「魔導協会製の魔術なんだけど…… ゴメン僕、魂捜基ピンガー使わないんだ。同じ事が銀色の仕業シルバリオンで出来るから。なんならこの後見に行く? 多分、直営店で試供品に触れるよ?」

「そうだなぁ……」

 そんな事より、銀色の仕業シルバリオンに夢中である。


 少し眉をひそめたニトラは語気を強めて、

「……ハジ、こっち向いて」

「なんだ?」


 腕を銀色の仕業シルバリオンから抜いたハジは、身体を反転させ真正面からニトラを見る。

 しかし何も起こらない。いつも通りのニトラの童顔がそこにあるだけだ。

 すると突然背後から、生々しい人の気配を感じた。

 驚いたハジはバッと飛び上がり、高虎ハイドラを掴んで抜く寸前までいったが、周囲を見渡しても怪しい人間は見当たらない。

 その気配の発信元が流体金属だと気付いたのは、ニトラのニヤけた目があった時だった。


「なんだ今の?」

「圧縮された魔導力エーテルの塊を込めただけだよ。魂魄エンジンと区別がつかないから、人の気配だと錯覚しちゃんだよ。これをうまく使うと敵を(あざ)けるんだ。ほら覚えてる? 僕がドロッセルちゃんと戦った時のアレだよ」


 ニトラの手には針金のように細く伸びた銀線が銀色の仕業シルバリオンの本体と繋がっていた。


「ああ、あったな」

「“魂魄エンジン探す系の索敵”も欺けるから結構便利なんだ。こうやって相手を欺くのも後衛の仕事だからね」

 ニトラは珍しく挑発的な笑みを浮かべてそう言った。


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